第5話 魔獣

 一週間後


 「ねぇ、そろそろ魔獣と戦ってみない?」


 魔獣とは、元の世界で例えるなら、熊が突然変異を起こして狂暴で巨大な姿になったとか。兎が人を殺すように狂暴化したとか。そういう存在のことだ。この世界では獣と呼ばれる存在が魔に染まり、狂暴化したそれを魔獣と呼んでいるそうだ。

 俺も、初めて聞いた時は驚いたが魔獣は通常の獣の数倍の身体能力を発揮するらしい。元の世界で熊がかなり速く動けると聞いたことがあるが、それの三倍と考えただけでも、恐ろしいということが分かると思う。


 他には、魔物、魔人、魔族という存在についても師匠は教えてくれた。


 魔物――ゴブリン、オークといった知性を持っている人間に敵対的な存在のこと。

 魔人――人型で知性があり魔王国の民のこと。

 魔族――魔王国などにいる魔人の上位存在で魔法を扱うことに長けている存在のこと。


 基本的に魔獣と魔物は、ランクと呼ばれるもので区別されるらしく冒険者などと呼ばれている人達に討伐されているとのことだ。よくラノベでも読むが、この世界にもそれに似た冒険者という存在はあるらしい。将来は、冒険者になるのも悪くないかも。


 「ケント?あなた、何をそんなに考えているのよ」


 「す、すいません。師匠、少し考え事をしていて」


 「ほんとに、そういうところは変わらないわね。"戦場で、考え事なんてしてたら命取りになる"わよ」


 「そ、そうですね...」


 「それで、どうするの?魔獣の討伐は行く?」


 「は、はい。行きます」


 「よし、それじゃ朝食を食べたらトゥラースの森へ向かうわよ」


 「分かりました」


 トゥラースの森は、今いるポーラ帝国の辺境中の辺境であるフォーラ墓地より北にある神聖連合と魔王国との国境沿いに広がる広大な森のことだ。

 このフォーラ墓地からは、歩いて二時間ほどで着く場所にある。


 そんなところまで行くのだから、準備は必要。ということで、朝食を美味しく頂いた後に師匠から魔道具の魔収納鞄マジック・バックをいただいた。

 魔道具は、魔法や魔術とは違う魔石という魔力の結晶体を用いて、魔法や魔術では出来ないことを補うのに使うらしい。例を出すと、魔杖マジックウェポン魔収納鞄マジック・バックだ。

 魔杖マジックウェポンは、魔法の威力を上げてくれたり、魔法や魔術を事前にストックしておくことが出来るようになるらしい。それに、魔収納鞄マジック・バックは師匠がこの小屋で行っているように空間拡張機能を備えているから多くの荷物を入れておくことができる。それに、軽い。

 この話を聞いてから気づいたけど、師匠は魔石に魔力を注いでこの広い小屋の空間を生み出しているらしい。


 「それじゃ、行くわよ」


 「はい!師匠」


 *


 「ここから、深い森に入ることになるわ」


 「ここが、トゥラースの森....」


 「あら、怖くなったの?」


 「いえ、何というか神秘的というか」


 「神秘的な森ね....」


 「あ、神聖樹林のことではないですよ」


 神聖樹林とは、ポーラ帝国の西にある聖王国の中央に位置する森で聖王国の王がいる王都にもなっている場所だ。師匠は、聖王国から逃げてきたと言っていて恐らくは聖王国に良い思い出がない。だから、敏感なのだろう、と思いしっかりと否定するとこは否定しないと勘違いされるかもだし。

 

 「大丈夫、分かってるわ。ただ、この森に入った後はそんなこと言えなくなるわよ」


 「え...、それってどういう....」


 「入ったら、分かるって言ったでしょ?」


 師匠の目は、笑っていない。おかしい、笑顔なのに笑顔ではないような。なぜか、寒気がする。


 「先を急ぎましょ。野宿は、嫌なのよ」


 「そうですね、急ぎましょう。師匠」


 

 この森に来たのは、魔獣と戦うためだ。師匠は、基礎的なこと以外は実践で練習したほうが早いと言って魔獣の特徴や弱点などを一通り説明してさっさと実践に移ろうと急かしていた。俺も実践が良いって言うのには、賛成なんだが魔法を使えるようになったとはいっても、まだ一週間しか経っておらず鎖剣チェーンソードをはじめの時より上手く扱えるようになったぐらいだ。

 流石に、魔獣に勝てるビジョンが浮かばないんだよな。と、そんなこと言っても、師匠は危なかったら私が助けるの一点張り。間違ってはないけど、師匠が戦うのは違うんだよな。何かあったら大変じゃないか。


 まぁ、そうは言っても実践以外ではこれ以上実力が上がることはないと俺も感じてきた。だから、今日は行くことにしたのだ。


 *

 

 ん?何かが近づいてきてる?


 「ケント、あなたも気配を感じたのね。やったわね、ゲオルグベアーよ、ランクは上級魔獣で当たりね」


 「上級!?当たりじゃないですよ、俺じゃ勝てないですって外れも外れ。大外れですよ!」


 「そんなこと言わないの、あなたは自分自身が思っている以上に強いんだから。それに何かあれば私が――っ!う、嘘でしょ、なんでこんなとこに最上級魔獣グリフィンがいるのよ..」


 「師匠!?」

 

 俺の後ろに居た師匠に対して不意打ちを食らわしたのは、鷹のように美しい翼をもち、ライオンのように力強い下半身を持つ神級の一歩手前の魔獣であるグリフィンだった。って、おいおい...なんでこんなとこにいるんだよ。

 グリフィンは、ここよりも北の神聖連合の領内と魔王国の領内を跨る巨大なフェッド山脈にしか生息していなんじゃ。


 それに、グリフィンは最上級魔獣の中でもトップレベルの魔獣だ。魔法を扱うと聞いたこともある、流石の師匠でもそう簡単に相手にできる相手じゃない。


 「ケント!逃げなさい、ここは私に任せて!」


 「師匠、グリフィンはダメだ。師匠でも、グリフィンとゲオルグベアーの二体を相手にするなんて!それに、この森は危険なんだろ!?師匠が言ってたじゃないか、血の匂いがすれば次々に魔獣や魔物が寄ってくるって」


 「ケント!どうして、そんなに私の心配をするのよ。私たちは、まだ会ってから一週間しか経ってないじゃない。あなたが私のことを――」


 俺は師匠の言葉を遮って、言いたいことを全力で吐き出した。

 

 「一週間も経ってるんだよ!俺にとったら、一週間も過ごしてたら家族だよ。だから、ゲオルグベアーは俺が倒すから。師匠は、グリフィンに集中して!」


 「でも――」


 「"戦場で、考え事なんてしてたら命取りになる"でしょ?だから、俺のことを考えずに自分の心配してくれよ、師匠」


 「……っ」


 ごめん、師匠。俺だって、こんなとこで死ぬのは嫌だよ。逃げたいぐらいだけど、ただの高校生の俺は前世じゃ人を助けるために死んだ男だ。師匠を見捨てて逃げるなんて、出来るわけないよ。

 『戦場で、考え事なんてしてたら命取りになるわよ』そうだね、師匠。だから、俺は師匠を信じるから師匠も俺を信じてください。


 「ゲオルグベアー、俺が相手をしてやるよ。鎖剣チェーンソード!」


 俺の周りには、自由自在に空を切る存在である鎖剣チェーンソードが舞っている。俺の、成長した魔法を使って絶対に勝つ。

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