第28回 And Then There Were . . . Seven
前回のAnd Then There Were Noneのタイトルの変遷やその背景について訂正と追加情報があります。
まず訂正ですが、この作品1939年の英国での初版時はTen Little Niggers というタイトルでした。そして翌年1940年米国での初刊行時にNiggersが差別的だとして改題された。で、その改題がAnd Then There Were Noneだと前回書きましたが、もうしわけありません、これは、Ten Little Indiansの誤りでした。
以下は図書館から借りてきたハヤカワ・ミステリ文庫・清水俊二訳『そして誰もいなくなった』(1976年発行、2000年88刷)の巻末の解説です:
『そして誰もいなくなった』(イギリス原題名『
(各務三郎「童謡殺人」273頁より。ルビも傍点も原文のまま)
読めば読むほど気が滅入ります。さらっとアイヌ差別まで言及してしまう無自覚。
そしてこの無自覚さは、現在の自分にも当てはまることに気が付きます。
戦争!
うすうすおかしいと思ってはいました。無知な自分でも、アメリカ南部では特に人種差別がひどかったこと、それを題材にした小説も読んでいたのだから、1940年時点で黒人に対する配慮で小説のタイトルが変更になるなんて、にわかに信じ難いと。
当然に裏がありました。
1939年、1940年という刊行年から、思い当たるべきだったのに、歴史の授業中も寝ていたツケですね。お恥ずかしい。学校の勉強というのは、役に立つかどうかはさておき真面目にやっておくべきだったと改めて痛感します。
そして、アメリカを二度目の世界大戦に引き込んだのが他でもない日本であったことも、無視するわけにはいきません。この国の負の歴史も、他国に負けず劣らずひどいですから。
間接的に――いや直接的に?――我が国もかかわっていた、And Then There Were Noneの改題・改訂の歴史、ややこしいので、時系列に沿ってまとめてみましょう:
1939年、英国にてTen Little Niggers というタイトルで出版。
1940年、米国にてTen Little Indiansに改題され出版。これに伴い物語の舞台も Nigger Island から Indian Islandに変更されたものと思われる。
1985年、英国にてFontana Paperbacks発売時にAnd Then There Were Noneに改題されたが、舞台はNigger Islandのまま。少なくとも1988年45刷時点ではそのままである。
(「ペーパーバックには『童謡殺人』題名のもある」?)
今現在わかっているのはこれだけ。アメリカ版のタイトルがAnd Then There Were Noneに改題されたのは、いったいいつのことなのでしょう。少なくとも表面的には、黒人と同様、先住民差別もしてはならないことだと自覚したのは。
また、英国版でIndian Islandが採用されたことはあるのでしょうか。
そして、英国および米国において、Soldier Islandに変更されたのはいつか。果たして同時期なのか時差があるのか。
そして、わが国の邦訳版について。
なぜ最近原書で読み終えたばかりの小説――すでに日本語でも最低2回は読んでいるのに――の邦訳を図書館から借りてきたのかと言えば、クリスティーの古書をネットで物色していると、一緒に邦訳の情報もあがってきて、英米におけるタイトルやそれにともなう内容の修正が邦訳にどのように反映されているのかということが少々気になりまして。
とはいえ、邦訳の古書収集にまで手を出すのはためらわれ、ひとまず図書館の蔵書をあたってみたわけです。
で、あらたなカオスに遭遇した、と。
上記で参照したハヤカワ文庫、表紙に小さく記された原題はTEN LITTLE NIGGERS(大文字)ですが、本文に登場するのは「インディアン島」。
タイトルがTen Little Indiansで作中にNigger Islandが登場するカオスなエディションが存在していて、それを底本として翻訳したのでしょうか(そんなばかな)。
残念ながら、この文庫本には翻訳者によるあとがきはなく、底本情報は不明です。
カバーデザインに見覚えがあるので、この清水俊二訳「インディアン島」バージョンの文庫本が、自分が若い頃に読んだ『そして誰もいなくなった』なのだと思います。しかし当時は英語サッパリわからん状態だったので、原題には気を配っていませんでした。
同じ表紙デザインを踏襲した新訳版『そして誰もいなくなった』(青木久惠訳)では、表紙の原題はAnd Then There Were Noneに改められ、物語の舞台も「兵隊島」に変わっています。
英米以上に人種に対する差別に鈍感だったのが我が国日本だと思います(アパルトヘイトで名誉白人などと呼ばれても侮辱だと怒りださないぐらい)。
こういう忘れてはならない歴史を、HarperCollinsは21世紀の検閲修正によって消し去ろうとしているわけです。そんなことを許していいとは、わたしには思えません。
やっぱり邦訳も集めてやろうかしらん。
それはさておき、原書蒐集のほうは、好調です。いささか好調すぎるぐらい。
これまでに入手したのは以下の通り(カッコ内は初版年):
1
And Then There Were None (1939, under the title Ten Little Niggers)
First issued in Fontana Paperbacks 1963
Forty-fifth impression January 1988
2
4.50 from Paddington (1957)
First issued in Fontana Paperbacks 1960
Twenty-sixth impression February 1989
3
The Big Four (1927)
First issued in Fontana Books 1965
Second Impression March 1972
4
The Sittaford Mystery (1931)
First issued in Fontana Books 1961
Second Impression March 1971
5
The Mystery of the Blue Train (1928)
First issued in Fontana Books 1958
Second Impression in Fontana Books July 1959
6
The Man in the Brown Suit (1924)
This edition published 1953 by Pan Books Ltd.
6th Printing 1959
7
The ABC Murders (1936) HarperCollins Publishers
This Agatha Christie Signature Edition published 2001
10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
え、もう7冊も……?
クリスティーの古書を漁り始めたのは、8月に入ってからですが、探せばそれなりに見つかるものなんですよね、千円以下で、1980年代かそれ以前の、年代物のペーパーバック。意図的に米国版を避けて英国の出版社のものを選んでいるのですが。
古いペーパーバックって、薄くて好きなんですよね。
値段が安かったのでつい買ってしまった2001年出版のABC Murders、これだけが既に今風で、活字がでかくて無駄に分厚いのがとても武骨に見えてしまいます。そのうえ、宿敵HarperCollins……もしかするとこれ、既に検閲修正が入っているのかも。
でも本に罪はないので、一回はちゃんと読むことにしましょう。20年以上前の古本とは思えない美品です。商品紹介で表示していた書影とは別のデザインの本を寄越すような出品者だったので、ここからは二度と買わないと誓いましたけど。
しかし、秒読みしてるみたいな数字(10 9 8 7 6 5 4 3 2 1)は一体どういう意味なのでしょうか。1月にこの署名版の第1刷を出して、その後毎月10月まで増刷を続けた? まじでわからん……
出版情報っていうのは、明確に包み隠さず記すものなんですよ、改竄……否、加筆修正なんかのことも当然。誠実な出版社だったらね!
Pan Booksなんて、2nd Printingから順に6thまで全部書いてありますから(わたしが横着して途中を端折ったけど)。
4.50 from Paddingtonは、とてもよいコンディションなのに、裏表紙に値札を剥がした時に表面が剥がれてしまったと思われる傷があるために非常に良心的な価格で。通読に問題がなければOKの自分にとっては大変理想的です。こういうの、もっとないかな~。
とはいえ最終目標が76冊であることを思えば、もうすこしペースを落としたいところです。だいたい、買ってすぐ読むわけではないので。
クリスティーを読むのにふさわしい気分というのがあります。郵送されてきた封筒から取り出したAnd Then There Were Noneを手にした時はやはりテンションがあがってしまい、速攻で読み始めましたが、残りはもう少し先までとっておきましょう。
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