古書をめぐる旅

第25回 そうだ、古本を買おう!①

 第18回で、近所の図書館を通じてThe Mirror Crack’d from Side To Sideの1962年初版を所蔵している他図書館に貸し出しまたは複写を依頼していた件。こちら、お盆休みに入る前に担当司書さんから「複写なら可」というご返事を電話でいただきました。


 うそぉ……ほんとにぃ


 さっそく複写の希望箇所を伝えねばならず、電話ではどうにも伝え辛いため、図書館のメルアドを教えてもらって添付画像として送ることにしました。例えばわたしがコピーしてほしいのは、初版で以下の箇所を含むページです:


 ‘But I,’ said Miss Marple to herself, ‘although I may be old, am not a mentally afflicted child.’

(8頁)


 Kindle Cloud Readerというのを使うと、PC画面でページ番号付のKindle本を見開きで読むことができます。しかし、これが初版本のページ数と一致しているとは限らないため、単にページ数や段落を伝えればよいというものではありません。どうしたものかと考えた末、該当ページをスクショして、複写希望箇所を赤枠で囲い、さらにその部分が含まれるChapter数を調べて、「Ch 18」のように画像に書き加えました。そうして準備した画像が計6枚。基本アナログ人間には、これが限界です。


 コピー1枚につき80円と言われましたが、あちらの司書さんが英語が苦手だった場合、通常の3倍ぐらいの労力を要する作業になるのかも。なんだか申し訳ないです。これで論文を書くとか何かを研究しているわけでもないのに。


 でも、どうしても知りたいのです。


 一応、コピーを取る作業で本が傷むのは極力避けたいので、枚数はできるだけ抑えたのですが、でもせっかくの初版なんで! カバーの表と裏、表題紙、Copyrightページ、さらに献辞の複写もリクエストしてしまいました。えーと、これで複写11枚ぐらいになるでしょうか。


 献辞(Dedication)は、白黒映画でミス・マープルを演じた女優マーガレット・ラザフォードに贈られた非常に短いもの。わたしが古本でゲットしたミス・マープルの伝記The Life and Times of Miss Jane Marpleの表紙がラザフォード演じるミス・マープルです。書影は近況ノートでご覧いただけます:


https://kakuyomu.jp/users/shunday_oa/news/16817330660126973507


 動いているラザフォード版ミス・マープルを見てみたければ、YouTubeに女優ラザフォードの人生を追ったドキュメンタリー番組が公開されています(英語です):


Truly Miss Marple, the Curious Case of Margaret Rutherford - True Story

(参照先:https://www.youtube.com/watch?v=Btwljs9QN3Y&t=1654s)


元気いっぱいの下町のお婆ちゃんといった風情のミス・マープルをてっとりばやく見てみたいなら、26:19あたりからどうぞ(冒頭部分にもちらちら出てきますが)。

 生前のクリスティーが是非ミス・マープルを演じてもらいたいと願った女優さんはBBC版でミス・マープルを演じているジョーン・ヒクソンだったそうです。実際に彼女がミス・マープルになるのは1985年、クリスティーの没後です。上品、知的、物静か、まさしく、イメージにぴったり。しかし、このイメージを胸にラザフォード版ミス・マープルを見ると……


 原作と違い過ぎないか?


そんな疑問を禁じ得ません。当時はクリスティーさんご存命だったので、一体どういう心境だったのかと心配していると、このドキュメンタリーに登場するアガサ・クリスティーの専門家が解説をしてくれました。最初は(やっぱり)イメージと違うと思っていたクリスティーでしたが、それでもラザフォードの才能を称えて、Mirror Crack’d出版の際にはラザフォードへ献辞を捧げた、と。


 ミス・マープルの伝記を読んだ後に、最初に読むミス・マープルものをMirror Crack’dにしたのは、このドキュメンタリーを見たからです。そもそも、このドキュメンタリーに行き当たったのは、伝記の表紙のミス・マープルに興味を持ったからでした。30歳過ぎてから演劇の世界に飛び込んで、ハリウッド進出まで果たした奇想天外な人生の晩年は非常に寂しいものだったようです。出生からして波乱万丈で、とても面白いドキュメンタリーです。

 そのうち、ラザフォード版ミス・マープルをフルで見てみたいものです。


 自分の英語のリスニング能力だと、ドキュメンタリーに登場する様々な人によっては英語が聞き取り辛いと感じるのですが、ラザフォードと交流があった後輩女優さん、かなりのお年なのに声に深みがありとても明瞭な発音で、さすが俳優だと感服します。


 Mirror Crack’dのラザフォードへの献辞は、原書、邦訳共にKindle試し読みで見られます。非常に短いんですけど……和訳版、もう少し敬意をきちんと表した感じにできなかったのかと疑問に思います(端に寄り過ぎで、バランスが悪い)。


 自分がMirror Crack’dを選んだきっかけなので、初版本の複写依頼に含めてしまいました。


 この複写希望箇所を画像でメール送信したのがお盆休み前です。あちらの図書館はお盆休み中ということで、もうしばらく待つことになります。こちらとしては急ぐ理由はないので問題ありません。当然ながら、複写を送ってもらう郵送代もこちらが負担します。先に初版の所蔵図書館から料金と振込先を提示され、こちらからの入金後に郵送してもらえるそうです。


 わーなんか楽しみー。


 初版なんて、自分なんかは(たとえ白黒コピーでも)滅多にお目にかかれませんからね。

 

 といっても、アガサ・クリスティーの初版本を入手するのは、それほど難しくないかもしれません。まあ、あくまでも簡単ということですが。何故なら彼女は、生前から超売れっ子で、死後50年近く経過した現在も世界一のベストセラー作家として君臨しているからです。つまり、生前出版された初版の部数も相当なものだろうし、死後も絶版になることなく新版が出続けています。


 入手がより困難で初版の価値が高くなるのは、H・P・ラヴクラフトみたいに生前はまったく人気がなく、死後に人気が出たような場合。あるいは、根強いファンがいるものの長らく絶版状態で現在古書でしか入手できない場合は、初版でなくても高値になるでしょう。


 買うあてもない古書情報をSNSで眺めるのが趣味の自分、先日、ロンドンのアンティーク古書店――かつてのMarks & Coのような――のCrime Fictionの古書カタログに遭遇しまして:


https://blackwells.co.uk/rarebooks/catalogues/Crime2023.pdf


上記PDFファイルの出どころは、ロンドンにあるアンティーク古書店Blackwell's Rare BooksのSNSです。この呟きのView the stock list here:というリンクが上記のPDFカタログです:


https://twitter.com/blackwellrare/status/1690356513661976576?s=20


カタログの7ページ25番からズラズラーっとクリスティーの初版! 本の状態コンディションは主にテキストによる説明ですが、書影(正面)はカラーで見ることができ、眺めているだけで楽しい。

 あ、8ページの30番はA Pocket Full of Ryeですね! Mirror Crack’dの次はこれにしようって考えていたやつです。検閲修正疑惑のためにKindle版は断念せざるを得ませんでしたが、初版ならもちろん検閲の心配はないですよね:


30. Christie (Agatha) A Pocket Full of Rye. The Crime Club by Collins, 1953, FIRST

EDITION, half-title spotted, pp.191, crown 8vo, original orange cloth, backstrip lettered in black, edges spotted, a few tiny spots to flyleaf, dustjacket a little chipped, the rear panel spotted with a couple of waterspots and a little creasing at foot, good £185


若干の染みや皺があるけど状態は「良(good)」で185ポンド、crown 8voとはどういう意味でしょう。現在のレートだと、約34,440円。まあ、4千円の古書を買いあぐねる自分には手の出ない値段ですが、眼福眼福。


 ちなみに、このThe Crime Club by Collinsというのは、にっくきHarperCollinsのCollins(英出版社)がHarper(米出版社)と合併する前のクライム小説出版部門、でしょうか。


 おっ、Mirror Crack’dの初版もあります! カタログの10頁です! 


39. Christie (Agatha) The Mirror Crack’d from Side to Side. The Crime Club by Collins, 1962, FIRST EDITION, pp. 256, crown 8vo, original red boards, backstrip lettered in black, edges lightly spotted, small hole to top corner of flyleaf due to mystifyingly vigorous erasure of previous ownership inscription, dustjacket with a few faint spots to white areas, a larger chip at foot of lower joint-fold, shallow chipping elsewhere, good £150


150ポンド=27,924円。はいっ、無理! 他図書館様から複写が送られてくるのを大人しく待つとしましょう。



=====

謎ワードcrown 8voは、

crown octavo(クラウン・オクタボー)、本のサイズのことで、5×7.5インチだそうです。インチで書かれてもわからないんですが!


1インチは2.54cmです。

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