鼻血が出た日

カビ

第1話 鼻血が出た日

「グハァぁぁ!」

昔のバトル漫画の雑魚キャラみたいな声が出た。

\



4時限目の体育は、バレーボールだった。


やったことはなかったけど、謎の自信があり、友達に「セッターなら任せなさい」と強キャラっぽいことを言った10分後、バレー部の杏奈の強烈なサーブが顔に当たった。


一瞬の静寂の後。


「桜、鼻血!」「桜が鼻血!?」「鼻血が桜!?」「すごい量だ!」「鼻血って、あの鼻血!?」「女子高生が鼻血!」

と、周囲が騒ぎ始めてから、鼻から液体がジュクジュク垂れていることに気づいた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!ごめーん!」


サーブを打った杏奈が駆け寄ってくる。


ポケットティッシュを何枚か渡してくれた。

お。鼻セレブ。

鼻に当ててみるが、すぐに赤く染まる。


「保健室行くよ!」

おんぶの体勢をとる杏奈。


「え。いや、大袈裟・・・それに、杏奈も血で汚れちゃう‥‥‥」

「鼻血を舐めるな!鼻血でも出血多量で死ぬんだよ!」

「そんな怖いこと言わないでよ〜」


ふと、ジャージを見ると血で汚れた青色のジャージが紫になっている。

それを見ていたら、なんだか心細くなってきたので、お言葉に甘えることにした。


「桜、気を大きく持って!絶対助かるって!」

「後で着替え持って行くね」

「一丁前にレシーブの姿勢とってたのにこれってウケるわー」

「今日のカツサンド争奪戦はウチの独壇場だね!」


好き勝手言っているクラスメイト(1人を除く)を睨みつけながら体育館を後にした。

\



鼻血を出すというのは、どうしてここまで恥ずかしいんだろう。


切り傷や肉離れよりは痛みはないけど、恥ずかしさではダントツだ。


鼻水を垂らすのが恥ずかしいのと同じ路線にいるのだろうか。


そんなどうでもいいことを考えている間も、杏奈は謝り続けていた。


死んでも体重を言うつもりはないが、そこそこの重さであろう私を軽々とおんぶできる杏奈のサーブをとれると思った数十分前の私を殴りたい。


演劇部が調子に乗りすぎだ。


文字通り、私の鼻をへし折った杏奈は、「ごめんねぇ、ごめんねぇ」と、しきりに謝ってくる。


そんなに謝らせている上に背中に鼻血をベッタリつけているのだから、私の方こそ謝るべきだったけど、鼻を押さえていたので謝れなかった。


「着いたよ!」


保健室のドアを足で開く杏奈。お行儀悪いけど、私というお荷物を背負っているから仕方がない。


「先生!鼻血が1人です!」


他に言い方なかったのかな。


保険の先生は、20代後半の女性だったから、さすがに鼻血に大きなリアクションを取ることはなかったけど、「おー」と、何故か感心していた。


「とりあえず、周りを綺麗にしよう」


水道で顔全体に広がっていた血を洗い流す。

さらに、鼻に改めてティッシュを詰め込む。

鼻セレブは使い切ってしまったので、ゴワゴワとした保健室のティッシュだ。


ひとまずの応急処置は済んだので、ベッドへ向かっていると、杏奈に「ダメ!座ってなさい!」と怒られた。

謎の体育会系ルールかと身構えたが、ものすごくちゃんとした理由だった。


「鼻血が出た時に仰向けに寝ると、血液が脳にいっちゃうの。だから、俯いて座って止まるのを待った方がいい」


ホントかよと思ったが、保険の先生が頷いているので、マジ情報らしいと判断し、言う通りにしてみた。


私の姿勢をジーッと見ていたが、間違ってはいなかったようで、「よし!じゃあ、私授業に戻るね」と言って出ていった。


「‥‥‥」


この姿勢だと暇つぶしもできないし、寝れもしない。

保険の先生との気まずい時間の始まりだった。

\



「おーい。鼻血大丈夫かい?」

「うーん。もうちょっとで止まると思う」


昼休みに入っても完全には止まらなかった。

暇な時間を壊してくれる友達登場。


「早く止まってくれないとごはん食べる時間が無くなっちゃうよ〜」

「ふっふっふ。その状態でも食べれそうなものを買ってきてあげたよ」


この芝居じみた喋り方をするのは、クラスも部活も同じ成海。


演劇部の役者であり、映画や小説が大好きな影響から、こんな喋り方になってしまった。


顔は良いから、これさえ無ければモテるのに。


「へー。なになに?」

そんな変な子でも、食料を持ってきてくれるのはありがたい。


「じゃーん!エビパン!」

「‥‥‥」


パン。

パンは良いんだ。食べやすい。

けど、これって、それなりに固くなかったっけ?


「さぁ、どうぞ」

すごく良い笑顔だ。

マズイな。断れない雰囲気だ。


私も笑顔でエビパンを受け取り、食べ始めるが、やっぱり口と鼻への負担が大きい。

それでも無理して食べていると、成海は「もしかして、食べづらい?」と聞いてきた。

「少しだけ」と答えると、成海がエビパンをひったくった。

袋に戻すのかと思ったら、小さく千切って「あーん」とか言ってきた。


うわー。

古からある定番イベントだけど、初めてだ。

ぶっちゃけ、恥ずかしい。

でも、善意100%でやられてしまうと、かわすことは困難だった。


「あ、あーん」

本当に私は雰囲気に流されやすい。

\



エビパンを完食した。

長い戦いだったぜ。


鼻を近づけなくてはいけないのと同時に、「あーん」の羞恥にも耐えなければならない、龍と虎を同時に相手している気分だった。


エビパンを食べ終わったことを確認した成海は、教室へ帰っていった。


「‥‥‥」


再び、俯いた姿勢での暇な時間に戻る。


「桜ちゃん。制服持ってきたよ」


30秒もしない内に新たなお客様がいらっしゃった。

私の制服を大事そうに抱えているその子の名前は、麻耶ちゃんという。


私が鼻血を出して杏奈におんぶされている時に、唯一、シンプルに心配してくれた子だ。


制服をどこに置こうかウロウロしていたが、保険の先生にベッドに置いて良いと言われて、小さい声で「はい‥‥‥」と返す。


人見知りだけど、優しい子なのだ。


「桜ちゃん。鼻血の止め方上手だね」


杏奈に教えてもらった方法だが、「そうでしょー」とドヤ顔をしてみる。鼻にティッシュを入れた間抜け面で。


「うん。さすが」

この子は私に甘い。

私のやることなすこと褒めてくれるのだ。

そんな大したことはしていないけど、褒められるのは、やっぱり嬉しい。


「あ、じゃあ、長居したら悪いから教室帰るね」

こんな気遣いができるのは、ウチのクラスではこの子だけだよ。

「ありがとー」

\



それから、1分ごとにクラスメイトが私の様子を見にきた。


「なんだ、もう止まったのか。つまらない」

「セッター目指して、これから特訓だ!」

「あんたのいた場所、殺害現場みたいになってたよ」


次々と現れて勝手なことを言ってくるクラスメイトに雑な対応をして、俯くポーズに戻ることを繰り返していると、保険の先生が笑い出した。


「ナンスカ?」


馬鹿にされたと思い、感じが悪くなってしまう。


「いや、ゴメンゴメン。あなた、人気者なんだなぁって思って」

「‥‥‥そうですか〜?」


からかわれてるだけだろう。


「イヤイヤ。こんな短い間に10人以上見舞いがきたのは、あなたが初めてよ」

「‥‥‥」


「わざわざ嫌いな人の見舞いに行く人はいないもの。こういう時に、本当の意味での好感度が分かるんだよ。あなたは、とても愛されているのね」


本日最高潮の恥ずかしさだ。

でも、これは茶化してはいけない台詞だということは分かる。これでも一応は演劇部の作家先生なんでね。


「どうも」


軽く感謝した瞬間に、チャイムがなる。5時限目が始まる5分前の合図だ。

「‥‥‥お」

ついでに、鼻血も止まった。

\



「あ!帰ってきた!」

「桜ちゃん。おかえり」

「鼻血ブッシュ大統領だ」

保険の先生が言うには、私のことが好きらしいみんなに、私は言う。

「ただいま!」




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