Day11 飴色

 私は、泣きたいくらい痛くても泣けない。悲しくても泣けない。

 小学生の頃、初めてテストで0点を取った時も。

 登った木から転げ落ちて膝を5針縫った時も。

 親友と言って良いくらい仲の良かった友達が引っ越した時も。

 生まれた時から一緒にいた、猫のたらこちゃんが死んじゃった時も。

 現実がすりガラスの向こうにあるような浮遊感と彩度が落ちたような視界に閉ざされるだけで、涙は一滴も出なかった。

 涙腺が詰まってるんじゃないかと思ったけど、あくびをすればきちんと涙が出てくる。故に機能が無い訳ではないようだ。

 ちゃんと泣けない人は冷たいと思われるらしい。

 曰く人の心が無いのだと。悲しみが共有できない人間は異常なのだと。

 だから、私は玉ねぎを切る。みじん切りにする。フードプロセッサーに負けないくらい刻む。細かくなった玉ねぎを電子レンジで温めてからフライパンで炒める。飴色になるまで炒める。

 今日は上司に解雇宣告をされた。人員整理とか言っていたけれど、真面目に仕事をしたのが仇になったのだろう。上司のお気に入りだけど何にもできない子は切られなかったから。

 特別好きな職場だったわけではない。でも、自分の存在を軽く見られた事が悲しくて辛くて悔しかった。

 泣けないのはダメな事。だから「家でめっちゃ泣きました」と言えるように玉ねぎを刻む。作りすぎたら冷凍しておこう。飴色状態なら何にでもできるはずだ。

 そういえば飴色の由来は麦芽糖水飴だっけな、なんて思い出しながら、私はひたすら玉ねぎを刻み続けた。

 あは、前がよく見えないや。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る