27 ヴァルナス皇太子視点

 結婚式を3日後に控え、俺は上機嫌だった。なにしろ俺の可愛いステフはなにをしていても可愛いし、なにを着ても可愛いし、なにを話しても可愛い! いかん、可愛いという単語しかでてこないほど、俺の気持ちはステフに傾倒している。でもこれが恋というものだ。


「殿下、もうずーっと顔がにやけっぱなしだな」

「あぁ、あの厳しい精悍なお顔が蕩けそうな笑顔で、周りの侍女やメイド達に被害がでている。これ、しばらく続くのかな。実際のところ、昨日は3人のメイドが殿下の笑顔の流れ弾に当たり気絶したぞ」


「流れ弾? なんて恐ろしいんだ・・・・・・女でなくて良かった」


 近衛騎士達がわけのわからん会話をしながら迷惑そうに俺をじと目で見るが、俺の笑顔はすべてステフに向けられたものだ。勝手に気絶するほうが悪いだろう。


 なにしろ最愛をやっと妻に迎えることができるのだぞ。これが微笑まずにいられるか? 言葉で表すとしたら、そう、るんるんだ。異世界の辞典にあった『るんるん』、これはとても可愛い言葉で俺のステフに使うのにぴったりだ。


「はぁー、俺のステフが尊すぎてるんるんがとまらない・・・・・・」


 ラヴァーンはもう慣れっこで素知らぬふりだが、その下の弟リッキーは、俺のステフへの愛に戸惑いを隠せないでいる。


「幼い頃から憧れていたヴァルナス兄上が、あのような不可思議な言葉をつぶやき、にやけっぱなしとは・・・・・・番とは恐ろしい・・・・・・あ、いや、素晴らしいものですね。ですが、わたしは出会いたくないです。自制心がなくなって恥ずかしい生き物になりそうです」


 ここにも不敬なことを言う奴がいる。


「いいか? リッキー。これはとても尊い素晴らしい幸運なのだ。お前も番に出会ってみればわかる。この世のすべてがこの為に存在していたのかと気づくほどの感動だ」


 リッキーは首を傾げて、ため息をついた。こいつの髪は俺と同じブロンドで、瞳はラヴァーンと同じアメジストの色合いだった。リッキーは俺達とはあまり似ていない。文官達を束ねる皇室文総という職に就いている。理屈っぽくて頭脳明晰、相手を敵認定したら徹底的に理詰めで攻撃していく性格だ。妹のチェリーナはステファニーに会った途端、懐いてしまい今もべったりとくっついている。


「私、お姉様がずっと欲しかったのです。だからこのように綺麗で優しくて、それに緑の精霊王様に愛されていらっしゃるなんて最高ですわ。自慢のヴァルナスお兄様にステファニー様はぴったりだと思います」


 そう言いながらステフの行くところにどこでもついて行こうする。微笑ましくもあるが、少し二人っきりにしてほしいとも思う。そんなわけで俺の弟妹とステフの関係は良好だった。


 もちろん俺の父上も母上もステフを大歓迎した。緑の奇跡をおこす不思議な存在、俺の番でなくともこの帝国の妃に迎えたいのは当然なのだった。



❁.。.:*:.。.✽.



「ヴァルナス皇太子殿下、ステファニー様のご両親が到着いたしました」


 ステファニーの両親は満面の笑みで俺に臣下の礼をとった。婚礼の三日前に来るように伝えておいて良かったと思う。ステフの嬉しそうな顔を見ればもっと早くこちらに呼ぶべきだったとも思うが。

 宮殿の中には多くのサロンがあり、用途別に使い分けている。もちろん、家族用のプライベートサロンでジュベール侯爵達をもてなした。


「ステフも義父上達が帝国にいたほうが心強いでしょう。こちらで叙爵しますのでどうぞ帝国に住んでいただきたい」

 俺は叙爵しようと提案したのだが、きっぱりと断られた。


「帝国になんの貢献もしていないわたし達が、皇太子妃の親ということだけで爵位をいただくのは心苦しいです。ルコント王国にある財産はすべて金に替え、私達はこの国に平民として住み、娘の顔をたまに見ることができれば充分です」


 ジュベール侯爵の意見は立派なのだが、皇太子妃の両親が平民に混じって暮らすというのも考えものだった。するとリッキーが妥協案を出す。


「特別に一代限りの侯爵の叙爵はいかがでしょう? 領地もなく貴族の称号のみとなりますが、王太子妃の実家としてそれ相応の屋敷を構えていただきましょう。ステファニー様は荒れ地を沃地に変え、緑の恵みをくださいました。その奇跡を生んだ方々の叙爵は妥当です」


 俺は義父上達を父上達(現皇帝)にも引き合わせた。ステフは両親の間でにこやかに微笑み、感謝の眼差しで俺を見上げる。ステフとジュベール侯爵達の抱き合い喜ぶ様子が俺には嬉しかった。ステフの喜びは俺の喜びだからな。



❁.。.:*:.。.✽.



 結婚式前日、いよいよ俺の楽しみがやって来た。あのルコント王国の愚か者達がやって来たのだ。俺は謁見の間で待ち構える。父上に母上、俺にステフ。弟のラヴァーンやリッキーも同席した。妹のチェリーナはステフからバーバラ王太子妃のことを聞いていたので、不機嫌に顔を歪めながらもなにか言ってやろうと、意気込んでいるようだった。


 そうして謁見の間にやって来たこの小国のまぬけどもは、ありきたりの挨拶を述べていく。バーバラ王太子妃がカーテシーをすると、チェリーナが予想どおりに嫌味を口にした。


「あら、びっくりしますわね。王太子妃ともあろう方がカーテシーもまともにできませんの? それに挨拶のお声がこちらまで聞こえませんわ。発音も少し変、公用語をまともに話すこともできませんの? はっきりとステファニーお義姉様の前で頭をお下げなさい」


 チェリーナはバーバラ王太子妃を冷たく見下したのだった。ステフははらはらした面持ちで俺の隣に座っていたが、俺が軽くその手を握ってやる。


「大丈夫。殺したりしないから、安心して」


 俺は密やかな声でステフにささやいた。そう、殺したりしないさ。簡単にはな・・・・・・

 

 


 

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