第30話 歌人である僕と名探偵の彼との会話

 名探偵ってどうして推理小説にしか登場しないんでしょうね。というふとした疑問からこれを書き始めた。十年来の友に電話して、おまえを出していいかと尋ねたところ、「格好良く書いてくれよ」と言われたので「やだ」と断った。

「やだ。それじゃ駄目なんだよ。それはぼくの書きたいもんじゃない」

 ふふんと向こうは笑って、だろうねと続けた。

「君にそんな文才はないよ」

 げぎょん。

 こ、こやつ。

 しかし向こうにはそもそも大事件をきらびやかに綴る作家が既にあるのだし、そうやって作家つき探偵というこの世の栄耀栄華栄光をどぱどぱ浴びているのがこの男であって、いまさら歌人のぼくがぬるぬる賛美したところで追っつかない。

 名探偵は勝手にぼくの語録を蓄えていて、今度はどんなおもろい言葉が飛び出すのかを待ち構えている。

「ボラみたいな笑顔」「たぷたぷ。それでいてつるつる」「バーコードになった気分」「愛がない」「ぬるち」

 彼の好きなのはこのあたりで、ぼくは何の気なしにぽうっと吐いた言葉をいついつまでも他人に覚えられているというのは、なんだか恥ずかしいことなんだなあと思う。幼い頃にサンタさんを本気で信じていたのを、お母さんに言われるような心持ち。

 まったく困る。

 僕は名探偵の食生活について物語を書き始める。ふだんは歌ばかり作っているせいで、だらだらんと文章を綴るのに慣れていない。金田一耕助が朝は洋食じゃないとやる気が出なかったように、僕の友人の名探偵はクロワッサンだのフレンチトーストだのを好む。

 彼の朝は遅い。

 のんびり起きて、ブランチをとる。そのくせ昼過ぎにはがっつりとカツ丼やら牛丼やらもしっかり食べるのだ。夜は夜で酒を飲みに探偵バーへ赴く。そこには探偵と作家が集まっている。作家つき探偵は意外と多いのだ。コンビニぐらい多い。このバーは相当儲かっているんだろうなあと、僕はどうでもいいことを思う。

 

 

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