第5話 リベンジ・マッチ

 小学校へは子どもの足で小一時間かかった。その村で生まれ育った子どもにとってこの程度のことは朝飯前なのだが、悲しいかな、耕太郎には野性味というものがない。日ごろの言動もあまりに頼りないので、母と祖母が相談して、近所に住む上級生に毎朝学校まで連れていってくれるように頭を下げてきた。だが、あいにくそれが姉妹だったから、その後をうつむいて金魚の糞ようについて歩く耕太郎を口さがない連中は

「男のくせに」と指を差して笑ったものだった。


 畑の真ん中にあるのどかな木造の小学校は「北分校」と呼ばれ、生徒数は学年で三十人足らずと取り立てて少ないわけでもないが、広さも設備も十分ではなかった。だから、高学年に上がると、さらに遠方の「本校」に籍を移して学ぶことになっていた。分校にはプールもないから、耕太郎ら下級生も夏になると、体育の時間は歩いて本校へと出向いた。耕太郎はその本校が大嫌いだった。


 巨大な団地群の真ん中に立つ本校は県下随一のマンモス校だった。5階建ての鉄筋校舎は正門を見張るかのようにコの字型にそびえるように立っていた。耕太郎らの一行が校門にさしかかると、校舎の窓という窓からいかにも意地の悪そうな洟垂れが一斉に顔を出し、謂れのない悪口を浴びせかける。なかでもいきり立ったのがこれだ。左右の人差し指を口の両端に突っ込んで両脇へぐいっと押し広げる。そして声を限りに叫ぶ。


「分校!」


 すると、「分校」が「うんこ~」になった。

 うんこ呼ばわりされて黙っていては名が廃るとばかり、


「うるせえ、バカッ!」


 数名の男子児童がそう声を張り上げて応戦したが、焼け石に水、というより火に油だった。耕太郎はいつも列の後ろでその様子をぼんやり眺めていた。


 二年のとき、本校のドッジボール大会への参加が決まり、分校チームの結束力はそれまでになく固いものとなった。朝、放課後はもとより、授業の合間のわずかな時間も練習に汗を流した。誰もが「いつもの借りを返す」なのだ。


 敵地で迎えたトーナメント戦の初戦で、分校チームは一つのアウトも出すことなく試合は進み、終了を告げるホイッスルが響き渡った瞬間、耕太郎らは手に手を取って歓喜し、ガックリと肩を落とす本校チームを得意満面で見回した。

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