第3話 あこがれのヒーロー

「ほら、ライオン丸だぞ。握手してもらってこい。」


 後ずさりする息子に父はやさしく声をかけた。


 いよいよあこがれのヒーローとの対面の時を迎えようとしていた。人だかりのなかをかき分けかき分け、歩いてくる白いライオン丸の姿を遠くから見つけた。


 たしかに画面越しのヒーローはいかにも颯爽としていて格好がよかった。死をも恐れず敵に立ち向かっていく姿は尊敬にすら値した。ところが、いざ目の当たりにするとそんな感慨は一瞬で消し飛んだ。幼い子どもの目からすると天を衝くほど背の高い、白い雄ライオンが二足歩行で近づいてくる。しかも作りが精巧だからかなり気味が悪い。耕太郎は立ちすくんだ。すると、はじめ父は照れているものと勘違いして強引に手を取ってこちらから歩み寄っていこうとする。耕太郎は耕太郎で、とっさにしゃがみ込んでてこでも動かないと死に物狂いで抵抗した。ライオン丸はすぐ目と鼻の先に迫っていた。


「やだ!怖い。」


 いよいよ耕太郎が泣き出したことで、父は俄然興に乗った。半狂乱のように暴れる息子を笑いながら羽交い締めにしてさらにライオン丸の前へと突き出したのだ。魔物に前と後ろから挟み撃ちになった耕太郎にすでになす術はすべはなかった。あまりの恐怖に耕太郎にはその後の記憶がない。

 そしてしばらくの間、悪夢にうなされるようになった。夢の中のありきたりの日常は何の脈絡もなく現れるライオン丸によって掻き乱された。真夜中に度々悲鳴を上げ、ひきつけのように激しく泣きじゃくった。夜寝ることがすっかり怖くなり、どうしたら寝ずに済むかを真剣に考えた。セロテープで瞼を吊ったり、マッチをつっかえ棒にして目が閉じないようにしてみたが、どれも効果がなかった。

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