第3話 人助けに見返りを求めるべきでない

「あーーつっかれたー!!」

 それで、C12での任務終了から二十二時間後、長い事後処理を終えてようやく家に帰りついて、ベッドに身を投げ出した。

 私の住居は以前人類がホームとしていた地球に非常によく似た環境を持つ星、C4“テルス”にあるGMC社が管理するコロニー、“ランカスター”にある。

 養父の名義で借りた高層マンションの上階の方に住んでいて、家賃が払えるのもひとえに傭兵の仕事で稼いだ報酬ありきだ。

ちなみに当の養父はC1に出張中なのでいない。


 しかし、今回の仕事でかなり派手に“St.マルタ”を酷使したため、損傷がかなり酷くなってしまった。

 無茶な攻撃によってかなり被弾したためあちこちの装甲を全交換しなければならなくなり、想定されていないブースト機動でブースターの寿命を大幅に縮めてそれも交換、右腕に至ってはフレームごと破壊され一緒に落っことしたライフルもメーカーから新品が送られることになり、弾薬代も機体に積んでいたミサイルコンテナ含めて盛大に撃ちまくったせいで、ほぼ使い切ったため、とんでもないことになっていて、機体の修理費は目も当てられないことになった。

「もー、あんなに怒ることないのに!」

 反面、“オルフェンド”の方にはほとんど損害が無かったこともあって少しは新入りを見習えと、こめかみに青筋浮かべた整備班長に物凄く怒られて、本社に提出する報告書にもかなり時間をかけることになってしまった。

 確かに無茶をして機体を壊したのは私だけど、そんなに怒ることも無いのではないかと愚痴を言わずにはいられない。

 とはいえ、こんなこと他機との協働任務となると必要以上に前に出てしまい、かなり被弾してしまうので、しょっちゅうあることなのだけど...

「はあー...私もまだまだだな...」

 そうまだまだ。私がもっと養父ほど強ければ、こんなに“St.マルタ”を破壊することも無かったし、あそこまで“オルフェンド”を危険にさらすことは無かった。

 まあ、それだと“オルフェンド”の実力を見極めることは出来ないので、この程度の中堅程の実力だからこそ、今回の任務を任されたともいえる。

 最強の兵器たるアイギスを駆っているのにもかかわらず、軽く見られている現状には腹立たしいが私の力不足が所以なのだから仕方ない。

「もっと、もっと強くならないと...」

 ポケットに入れたままの形見の十字架のネックレスを取り出し、見つめながら独り言ちる。

 もういなくなってしまった両親はこんな生き方、望んでいないだろうなと心のどこかで思いながら、皆を守るためにも、私ののためにもこんな程度ではやっていけないのだ。

 そう言う訳で現時刻は午後九時、もうかなり遅くなってしまった明日の学校のためにも決意を新たに眠りに付こうとして、ふと気づく。

 お腹減ったな...

 空腹に耐えきれず、ベッドから体を起こして食べ物を探すも、冷蔵庫にはろくなものがない。こんな時間だしピザでもデリバリーしてもらうことも考えたが、輸送用のドローンが誰かのいたずらで落っことされてしまったらしく、現在サービス停止中とのことだ。本当についていない。

 明日は学校があるわけだし、なんだったらこのまま寝てしまおうとも思ったが、それには空腹が過ぎた。

 仕方がないので、何か買ってきてそれを食べることにした。



“ランカスター”は以前の大戦争よりも前に作られたコロニーで、重要な設備などが周囲に無かったことから、一時はテロリストによって占拠されるなどしていたが、それでも、大規模な戦闘に巻き込まれることも無く終戦を迎え、大半が無傷だったため、再整備され、今は“テルス”にあるGMC社に管理されているコロニーの中では最大級の規模を誇っている。

 が、戦争によってコロニーの減少した現在は、他にある現存したコロニーの例にもれず数少ない居住可能地域として人口が集中し、過密状態と化し当初にGMCが想定した先進的な未来都市とは違い、広大なスラム地帯すら存在する超過密都市となってしまったのだ。


 そんな“ランカスター”の商業地区を私は歩いていた。

 ショーウィンドウには流行りものと思しき服が整然と並び、奥には飲食店や食料品店と言った店と共に怪しげな風俗店やバーなどの飲み屋が一緒に立ち並んでいる。

 何とも統一感のない猥雑さが過剰なまでに設置されたネオンサインや街灯に照らされ独特な雰囲気を醸し出している。

地球に人類がいた頃から想像されてきたサイバーパンクと言うのはこういうものなのだろうかと思わせる。

 大きな道路を挟んだ反対側もそんな感じなんだろうけど、道路を渋滞を起こし埋め尽くす大量の電気自動車で見えなくなっている。

(タクシー使わなくて良かった~。絶対渋滞巻き込まれてたもん...)

 私は、車やバイクを持っていないので、もっぱら移動は公共交通機関を使用するのだが、近場のスーパーマーケットに行くだけだから、それらを使うことは出来ないし、タクシーを使えば、あのクラクションとヘッドライトの光の川に巻き込まれてかなり家に帰るのは遅れたことは想像に難くない。

 とはいえ、街路側も人だらけで進むのに難儀することに変わりはないけど。


「くそったれ~...あの騎士ヤローめ!......。俺達よりランクが上らからって~雑魚だの、ヘタレだの、アイギスから降いろだの、好き放題言いやらってー!ウイ~ヒック。もしあいつを殺せって言われたら......ただでも喜んで穴だらけにしれやるのに!~」

「気にふるなよロック......俺達は俺達のやり方でのし上がって~あいつにぎゃふんと言わせてやろーぜ...んじゃ~次いこーぜ次!!」

「あ、お姉さん可愛いね!どう俺いい店知ってるけど、一晩どう?学生さん、だったら奢るからさ、それにしても胸凄いね!でも俺なら満足させらグォッ!?」

 酔っ払いの愚痴を聞き流して、なれなれしくナンパしてきた奴を軽く殴ってあしらいながら人ごみの中を進んでいく。


 そうしてしばらく雑踏の中を何とか進んでいると、ふと騒音とは別の声が聞こえてきた。

『...の...ガキが...に...らねえ...よ。』

『な...てん...ねえ...この...が!』

 何かこう、治安の悪い感じの声が聞こえる。すぐそこの路地裏から。

 皆は何も聞こえていないみたいに足早にその場を通り過ぎている。路地裏で何者かに絡まれているであろう誰かは皆から完全に無視されていて助けは期待できない。

 正直、助けに入ってもろくなことは無さそうだが、それでも見捨てるというのは気が引ける。

 さてどうするべきか悩んでいると、いつの間にかポケットの十字架を握りしめていることに気付いた。

 ふとお父さんもお母さんも、助けようとするだろうかという考えが胸によぎり...


 結局、急いで食べ物買って帰るつもりが、声のする方へ私は向かってしまった。戦場で人助け何てバカげたことをしようとしていながら、日常の中にいる困っている人を助けないというのもおかしな話だと思ったから。


「このクソガキが!てめえみたいなのが道を平然と歩いてると街の雰囲気が悪くなんだよ!」

「痛い目に会いたくなきゃあ、さっさと迷惑料を払いやがれ!!」

 薄汚れた路地裏の少し開けた場所で、ピアスをつけたタトゥーだらけのガラの悪い大柄な男が二人が小柄な十代半ばくらいのアラビア系らしい浅黒い肌をした少年の胸倉をつかんで恐喝じみたことをしている。

 絡まれている少年は左手に商品を沢山いれたレジ袋を持ち、黒いジャンパーと黒いジーパンと何やらアラビア語で文字の書かれたTシャツというラフな...こういっては何だが、安っぽい格好をしていながら、首から目を引く綺麗な青い石をあしらったネックレスを身に着けている。

 だが、一際目を引くのがからっぽで力なく垂れ下がっている右腕の袖、本来そこにあるべき腕がないのだ。

 片腕のない、綺麗なアクセサリーを身に着けた小柄な子供、この手の乱暴者にはいいかもだと思われたのだろう。

「アンタたち何してんの!その人から手を放しなさい!警察を呼ぶわよ!」

 助けに入ろうと声を張り上げて暴漢二人を脅かすと、二人は手を放してこちらを睨みつける。

「なんだ?ネエチャン、邪魔すんじゃねえよ。それともなんだ?ネエチャンがこのガキの代わりに俺達の相手をしてくれるってのか?」

 嫌らしく笑いながら、二人の男が大股で私に迫ってくる。

「ええ、そうよ。お相手してあげるわ、おサルさん」

 私は身構えながら、男たちを挑発すると、二人は鼻息を荒くして腕に力を籠める。

 私もとりあえず股間でも蹴っ飛ばしてやろうかと足を振りかぶったところで...


 ドゴッと言う鈍い音と共に男のうち一人が倒れる。

 何事かとみてみると、少年が中身の商品ごと大きく振りかぶったレジ袋で男の後頭部を殴りつけていた。

「てめえ!!」

 と立っている方の男が吠えながらポケットからナイフを取り出し、突き出す。

「......!」

 その手を一息にひねり、激痛に手の力が抜けた一瞬でナイフを奪い取り、返す形で男の太ももと脇腹に突き刺した。

「ちょ、ちょっと「このクソガキが!!死にやがれ!!」

 私が言葉を発す前に、最初に殴られて倒れていた男が立ち上がり、ズボンの中に雑に突っ込んでいたと思しき拳銃を抜いて少年に向けようとする前に、咄嗟に私は男に体当たりして銃の狙いを逸らす。

「このアバズレが!!」

「きゃっ!?」

 すぐに力づくで押しのけられ、体を強打し地面に倒れこむ。

 それからすぐにパンと爆竹のような乾いた音が鳴り響いた。

 反射的に目をつぶってしまたっが、私か、少年の方が撃たれたわけではない...

 ガチャンという音がして目を開けると、男が手に持っていた拳銃を落として肩を抑えている。

 服には血がにじんでいるように見える。

 少年の方を見ると、彼の手にはプラスチックの小さい拳銃が見えた。撃ったのは彼だ。

「失せろ。」

 少年は男に銃を油断なく向けたまま言い放つと、肩を撃たれた男はナイフで刺された男を起こして、こちらを恨みがましい目で見ながら立ち去って行った。


「余計なお世話だったな。」

 少年が拳銃をジャンパーの下にしまいながら、私に声をかける。

「アンタねぇ余計なお世話って...」

「別におれ一人でもあんなチンピラどうとでも対処できた。お前のせいで状況がこじれたじゃないか...立てるか?」

 確かに余計なお世話だったかもしれないが、お節介心を無碍にされた怒りでワナワナと震えていると、ずいと座り込んでいる私の鼻先に、左腕を差し出してくる。

 急なやさしさに何も言えずにおずおずとその差し出された腕を握って立ち上がる。


 その腕は意外と力強く、そして何だか年齢不相応にごつごつとしていた。酷使されていると思われる関節と手のひらのタコのせいだ。

 そしてその腕は力強さとは裏腹に乱暴ではなく、むしろ優しさを感じさせるほどだった。

 ゆっくりと慎重に立ち上がらされ、ようやく安定して立ち上がれた頃には自然と向かい合う形となった少し私より背の小さい彼はよくよく見ると筋肉質でかなり精悍な顔つきをしていた。

 目つきが獰猛な猟犬かと思うほど鋭いのと思いっきり不機嫌そうな顔のせいで台無しになっている気もしなくはないが...

「何だ?おれの顔に何かついてるか?」

 私に顔をまじまじと見られるのが気に食わないらしく、私の顔を睨みながらそういう。

「いや、何も...その、ありがと...」

 思わず感謝の言葉を口にする。ほぼ至近距離に存在する見上げてくる私と同じ青い瞳と、手のひらから伝わる高い体温に我知らずドギマギする。


 そういえば、こうして男の人に手を握られるというのは昔から男性と言うものに苦手意識のあった上に私の知り合いの男と言うのは大体がGMCの社員で、すなわち私にとっては大分年の離れたお兄さんと言うかおじさんと言うか...中にはお爺さんくらいの人がほとんどで、同年代と言うのは腐れ縁のアイツくらいしかいなかった。

 あとは、ガラの悪いろくでなしか、好色そうな太ったお偉いさんくらいなもんで、そういった人は養父が実害が出る前に追っ払ってくれたし、

 学校でも、いろいろあって精神的に早熟にならざるを得なかった私にとっては同級生はおろか先輩ですらも子供っぽく見えて全然そういう対象としては見られなかった。

 そう言う訳で、年の近い男の子の手を握るなんてことはそうそうなかった私は、こうしているだけで自然と顔が赤くなり...

「じゃなくって!!一応助けてあげたのにその態度は無くない!?」

 照れ隠し半分に手を振り払って少年に詰め寄る。

「知ったことか。勝手に割って入ったのはお前だし、勝手にこけたのもお前だ。」

 隻腕の少年は不愛想な顔で冷然とそう言い放つと踵を返し、ワインか何か入っていたのかそれらが男の後頭部を殴りつけた衝撃で割れたのか赤黒くずぶ濡れになったレジ袋を拾い上げ、

「ちっ、買いなおさないとマリアにどやされるな...」

 と舌打ちと共に何やらどこかで聞いたような名前を呟いてから、こちらを去り際に一瞥し、

「ふん、まあいないよりかは早く片付いたぞ。」

 と、言い残し足早に立ち去って行った。


 そして一人暴漢の血で汚れた路地裏に残された私は呆然と立ち尽くしていると、だんだんと怒りが込み上げてきた。

「な、なんだったんだアイツは...」

 そりゃ勝手に突っ込んでいったのも私だし、感謝されたかったわけでもないが、あんな態度をとられるとは思わなかった。

 最近の若者と言うのは皆こうなのかと、年寄りじみた考えが心によぎる。

「ホンッとに、腹立つな!...」

 怒りに任せてその場のコンクリートでできた建物の壁を、ドンと蹴っ飛ばす。

 しかし、その怒りのこもった音は隻腕の少年に届くことは無く、代わりに一部始終を覗いていたドブネズミが驚いて逃げ去り、足の痛みが残っただけだった。

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