第2話 鋼鉄の巨人は害虫を打ち払う

今回の作戦領域となった廃墟のコロニーは、この星に入植したときに当時の支配者が可能な限り多くの人間を一つの場所に詰め込めるよう、ほとんどの住居が高層建築であり、すぐ近くにある彼らの職場たる資源採掘場や工場にすぐに向かうことができるように、交通インフラも整備されて発展していたが、もうずっと前にあの大戦争のさなかに工場地帯を巡る戦いに巻き込まれ、次第に荒廃し、人々は逃げ出した結果今や建物の黒焦げて煤けた廃墟や瓦礫の山以外は何もない。

このようなコロニーはこの星以外の場所にも多くあり、わりとありふれた光景でもあるのだ。

そんな人類の罪業の証ともいえる場所ではあるが、私のような射撃戦特化の重量機には好都合ともいえる地形だ。巨大な遮蔽物は隠れ蓑や縦にもなり、整備されていた街路は機体を迅速に移動させるのに役に立つ。不意打ちもできるし、機動戦特化機にも場合によっては有利を取ることも出来る絶好の場所だ。

それでも廃墟群のさらに上空からトップアタックを仕掛けてくる“ロリロック”には分が悪いかもしれないが...


今更ミッションに文句言ってもしょうがないわけだし、諜報部のヘマについては思うところがあるが、それの追及を今してもどうしようもないし細かいことを考えるのは苦手だし、とりあえずは依頼を完遂させるしかない。

その点では大助かりの場所である。

間近に迫る“ロリロック”級を無視し、2キロメートル先の脳裏にある敵の群れの姿を思い描きそれに対し、扇状に布をかけるさまをイメージする。

(行けっ!!)

勢いよく操縦桿のトリガーを引くと両肩と両背部に装備されたミサイルコンテナから、総数40発のミサイルが発射され、それらはイメージ通り扇状に広がり、上から覆いかぶさるようにFSAPUの群れにミサイル群が殺到し、炸裂すると百体近くの敵をごっそり減らした。


「こちら、“St.マルタ”作戦を開始するわ。」

先制攻撃を成功させるとそう宣言し、操縦桿を前に倒し敵に向かって“St.マルタ”を前進させる。

「細かいことを考えるのは性に合わないから、正面から行かせてもらうわ。」

『おい、待て!』と何か言いたそうな“オルフェンド”のオペレーターにかぶせるように一方的にそう言い放つと、今度は“ロリロック”級に狙いをつける。

『また無茶を...別にわざわざ先行しなくてもよかったんじゃないかしら?』

「良いのよ別に。背中押してでもやらせなきゃアイツの実力なんて分からないでしょ?それに装甲はこっちの方が上なんだし、盾にでも何にでもなってやるわ。ま、これで私を囮に尻尾を巻いて逃げるようならその程度の奴だしね。」

呆れたように秘匿回線で言ってくるナタリアさんにそう答えながら、“ロリロック”を網でとらえるイメージで広く狙いをつける。

『ま、貴方がそれで良いというなら、私も構わないけどほどほどにね。』

「うん、分かってる。心配してくれてありがと。」

ナタリアさんとの会話を終えて敵に向けてミサイルを発射しようとしている間に、“オルフェンド”側にも動きがあった。

『えいクソ面倒な......ぼさっとするなお前も行け!!』

罵声同然なオペレーターの前進指示に従い、“オルフェンド”が地を蹴りながらブースターを全開にして“ロリロック”級に飛び掛かるのと同時に“St.マルタ”がミサイルを発射する。


“ロリロック”級は避けづらいように迫ってくる高速ミサイルの群れをどうやってか女性らしい滑らかさのある半透明の体を空中で滑るように動かし、軽々と避ける。

が、そのうちの一体の進路を塞ぐように、“オルフェンドが廃ビルの壁を蹴りながら、ブーストを全開にして高速で飛び掛かり、その手に握られているAKライフルにも似た形状の機動戦用ライフルから吐き出される36ミリ徹甲弾が3メートル程度のサイズしかないそいつの体を打ち据える。


態勢を崩し、滑るような動きを乱され、軽く傷つき青い粘着質な血を流すが、撃墜には至らない。

“ロリロック”級が他のFSAPUと違い、突出して厄介なのは飛行が出来るという事と、このように小型のサイズにも関わらず体表面に薄いバリアのようなものを展開することで、高威力な攻撃にも耐えることが出来る上に...

「やっば!!」

“オルフェンド”が狙ったのとは別のもう一体が”ロリロック”級に共通して背中に二対十二個ある縦に長い正双四角錐の物体が組み合わさって出来上がっている翼状の物体が展開し、その頂点がそれぞれ六つずつ私と“オルフェンド”に向けられ、光り輝くと、その頂点から私たちに向けて青い白いレーザーが放たれる。

「このヤロ...!」

咄嗟にバックブースターを全開で吹かし、レーザーを回避しようと試みる。いくつかをのレーザーを回避するが、二本ほど“St.マルタ”のエネルギーシールドを掠め、それを減衰させる。

さらにもう六つは“オルフェンド”に追われ反撃もままならないもう一体の“ロリロック”をカバーするように行われる。

『.........!!』

進路を塞ぐように放たれるレーザーを事前に察知していた“オルフェンド”はバックブースターを使い、寸でのところでレーザーの射線から逃れる。

しかし、このカバーで追撃を逃れることが出来た“ロリロック”が反撃の機会を得て背部の翼を展開し、十二のレーザー射撃ユニットの頂点すべてが後退する“オルフェンド”に向けられる。

それらの攻撃から逃れるようにベース機たる“モルドレッド”の物とは違う機体各所にあるルドウィーク社製の高出力ブースター群による《ラピッド・アクセラレーション》と呼ばれる通常のブースト機動と違い、瞬間的にブースターの出力を上昇させ、爆発的な推力を得るTOCSによって制御されるアイギスにのみ許された緩急の付いた音速機動によって直撃を避けつつ、右背部に装備されたマイクロミサイルポッドから小型ミサイルを乱射しつつ廃墟を盾にして後退する。


「ちっ、もう面倒くさいな!!」

私も廃墟群の上空を飛ぶ“ロリロック”の猛攻を重量機ゆえに飛ぶことが苦手な“St.マルタ”で地上から建物を遮蔽物にして、これでも食らえと両手の無反動砲と長砲身ライフルを撃ち散らし迎え撃つ。

足裏のローラーダッシュ、ブースターとラピッド・アクセラレーションを駆使して敵の攻撃を何とか回避しているが、じわじわとエネルギーシールドが削られていくことに苛立ちを募らせる。

さらには“ロリロック”以外のFSAPUもこの廃墟群に近づいてきているのを制御コンピュータが頭に知らせてくる。


「あーもう!!」

このままではジリ貧だし、今“ロリロック”二体が健在な状況から“ルクソールホテル”含むFSAPUに襲われれば、かなりまずいことになるのは目に見えている。

「ねえ、オルフェンド聞こえてる?」

『...?』

一旦、後退して一際大きな建物の廃墟に身を隠して“オルフェンド”のパイロットに声をかける。

私の通信に、少し間をおいてから“オルフェンド”のパイロットから聞き返すような反応があった。

「二人で分散して一体ずつ相手していたらきりがないわ。とりあえず手負いの奴を協力して仕留めましょう?」

『......』

うなずいたような気がしたので、そのまま話を続ける。

「私が弾幕貼って敵を引き付けるから、アナタが仕留めて。できる?」

『それは良いが、お前の方は囮なんてできるのか?』

今度は“オルフェンド”パイロットの方ではなく、オペレーターの方が反応する。私が積極的に囮を買って出たことに対し怪訝な反応を返す。

「まあ、多少のリスクはあるけど、問題ないわ。アナタが囮をやるよりは適任だと思うけど?」

暗に“オルフェンド”の方をこそ囮にして自分だけ逃げるつもりではないかと言われたのを無視して、“オルフェンド”にただできるとだけ伝える。

『......』

それを聞いて“オルフェンド”の方は私を一先ずは信じてくれたようで、ローラーダッシュとブーストを使って、比較的ゆっくりと地上から有利な位置に移動していく。

『あ、おいお前!...。ったく、しょうがない奴め。』

その行動に対し、まだ難色を示す“オルフェンド”のオペレーターの言葉を聞きながら、再びミサイルコンテナを開き、今度は傘のイメージで二体の“ロリロック”に狙いをつける。

『毎度のことだから分かってると思うけど、わざわざ協働のたびに一時的に共闘しているだけの相手のために、損な役割を請け負う必要はないのよ?』

私がこういう無茶をしようとするたびに、ナタリアさんは私を気遣うように言葉をかけてくれる。

いつもながらかなり迷惑をかけているのに、それでも付き合ってくれてる彼女の気づかいを無視するのは心苦しいが...

「うん、そんなの分かってる。けど、私がやりたいの。だってろくに知りあうことなくても死なれるのは嫌だから。」

私にはそれが全てだ。どうせなら一緒に戦場から帰還したい。次に会う時は敵同士かもしれなくとも。

『はあ、危なくなったら撤退するのよ。』


私はそれに対し返事をしないで、ミサイルの斉射と共に遮蔽物を飛び出し、ライフルと無反動砲を乱射する。

“ロリロック”の方は上から降り注いでくる大量のミサイルをレーザーユニットで迎撃しようとするが、上から降り注ぐそれとライフル弾とロケット弾の群れを嫌がり廃墟群に急速に下降しつつ私に猛反撃を食らわせてくる。

それによってあっという間にエネルギーシールドを削り切られ、ついには本体の装甲にまで傷がつけられる。

「ぐっ、熱い...」

機体のダメージがTOCSを通じて体に伝わり、熱と鋭い痛みを感じる。

次々と傷の増えていく愛機の姿に舌打ちしつつ、それでも引き付けるために回避に徹して後退する。

その様子に、一気にケリをつけようと未だにほぼ無傷の方の“ロリロック”が傷ついている方を置いて突出する。

『機体がダメージを受けてるわ!回避して!』

ソフィアさんの切迫した声が戦闘時の緊張で若干遠くから聞こえるような気がする。

確かにかなりまずい状況だが、それこそこちらの望んでいた展開だ。


突出した“ロリロック”に向かって、横合いから最大充填された超高熱のレーザービーム砲のマグマのような光線が撃ち込まれる。

それを間一髪で回避したそいつはそのまま、後退する...。手負いのもう一体を置いて。


慌てて逃げようとするもう一体の“ロリロック”の退路を塞ぐように再びレーザビームを撃ちながら、横合いから“オルフェンド”が飛び出してきた。

咄嗟に“オルフェンド”目掛けてレーザーユニットから光線を滅茶苦茶に撃ち散らす“ロリロック”をあざ笑うかのように、“オルフェンド”は地面を蹴りながらラピッド・アクセラレーションを行い、攻撃を振り払う。

そのまま反転しつつ跳び上がり、“ロリロック”と同じ高度に到達するとマイクロミサイルポッドから小型のミサイルを放ちながら右手の機動戦用ライフルで攻撃を加える。

衝撃でふらつく“ロリロック”を尻目に地面に着地し、そのまま反転して地面を蹴りながらラピッド・アクセラレーションを行い攻撃を加える。

同様の手順を獲物を囲うように地面を、廃ビルを蹴飛ばしながら目にもとまらぬ速さで行い少しずつ傷をつけていく。

その様子はさながら、灰色の獰猛な狼が獲物を追い詰め狩ろうとしているようだった。

猛攻を受け手足がもげて攻撃すらできず、それでもふらふらと上昇して廃墟群から抜け出そうとする。

しかし、そんな見え透いた遅すぎる動きを“オルフェンド”が見逃すはずもなく、左手のレーザーブレード発振器を起動し、弱った獲物に牙を突き立てようとするように飛び掛かる。

ついに、その動きを完全にとらえられた“ロリロック”は太く短い光の刃の直撃を受け、切り裂かれるというよりも光に飲み込まれるかのように体を溶解させられ絶命した。

「すごい...あんな動き初めて......」

その間十数秒、あっという間に“ロリロック”一体を仕留めるそのスピードと攻撃の正確性、そしてスピードと正確さを併せ持つ高い技術力に、私は我知らず感嘆とも戦慄ともとれる言葉を漏らす。

が、

『敵、高エネルギー反応。砲撃来るぞ!!』

突然割って入った“オルフェンド”のオペレーターのその言葉に反射的に“St.マルタ”をその場から跳び退かせる。

次の瞬間先ほどまでいたその場を、“ロリロック”の物とは比べ物にならないくらい太く高威力なレーザービームが破壊した。

『FSAPUの群れが市街の郊外に到達。“ルクソールホテル”級もこちらを認識して砲撃を開始したわ!』

統合制御コンピューターからも敵の大群が接近しているという報告と攻撃を受けていると知らせる警報がひっきりなしに鳴り響いている。

こうなったら仕方がない!

「ええい、オルフェンド!大群の方は私が相手するから最後の一体やっといてくれない!?」

言いながら、FSAPUの大群が進行してきている方向に機体を反転させる。

『正気か?この状況で二手に分かれるのは得策じゃない。お前が群れにやられたらこっちは単機で大群を相手にすることになるんだぞ!』

『ええ、それについては同意するわ。各個撃破されたら目も当てられないのよ。』

二人のオペレーターがすかさず反論する。

その意見には確かに納得できるし、リスクは大きい。

「でも、同時に全部相手するのだって十分リスキーよ。それだったら、邪魔なのを先に片づけて残りを二人で相手にすればいいわ。それに私が粘って、オルフェンドが早く敵を片付ければいいだけよ。」

正直言って“ロリロック”の相手もしながら、数百のFSAPUを相手するよりも大分良い案だと思えてくる。

『ああ全く、なんだってこんな事になったんだか.....よし、さっさと最後の目障りな羽虫を叩き落としてやれ!それと報酬の上乗せを忘れるなよ!!』

“オルフェンド”のオペレーターはしばらく思い悩んだ後、悪態をつきながら、攻撃の指示を出した。

「そっちは任したから、こっちは任せて。」

“ロリロック”に向き合う“オルフェンド”のパイロットに対してそう言うと、“オルフェンド”はこちらをちらりと一瞥すると、オペレーターに『早く行け!』とせっつかれてブースターを吹かして去っていった。



「さーて、やりますか!」

たびたび撃ち込まれるレーザーを回避しながらようやく郊外にいるFSAPUの大群のすぐ近くまで接近することができた私は、搭載火器を全門開いて、気合を入れ直す。

『言いたいことは、さっき言ったからしつこくは言わないけど、できる限りのサポートはするから、気を付けてね。』

「うん。」

ナタリアさんに短くうなずき返してから、ミサイルを群れにぶち込んだ。

それによって私を認識した奴らは爆炎に半透明の体を不気味に照らされながら蠢いてこちらに向かってくる。


FSAPUの群れのほとんどを形成しているのが戦闘能力の低い、何らかの方法で加速させた物質を弾丸として口から放ち攻撃してくる四メートル程度サイズにの足六つの縦に長い“グラント”級でこの群れも五百体の群れの内、三百体近くがこの“グラント”級、次に多いのが八メートルもの大きさを持つカマキリに近い見た目をしている近接戦に特化した大きな鎌を手からはやした“ファーマー”級。

他にはカメに近い見た目の頑丈な甲羅とそこから突き出た弾丸を放つことのできる口吻を持つ“バウザー”級、サソリとカブトムシを合体させたような見た目を持つ“ユーロピギ”級がいる。

そして最後に高威力のレーザーをバンバン撃ってくる巨大な“ルクソールホテル”級、現状では一番危険な相手だが、“グラント”以外の個体の攻撃も十分に脅威であるため、かなり慎重に行動するべきだが...

敵を“オルフェンド”のところまで行かせないようにするためには、大胆に気を引く必要がある。

私はさっき削られた粒子エネルギーシールドが完全に回復したことを確認してから、機体を敵の真正面に晒し、ライフルを乱れ撃ち前衛の“グラント”を撃破しながら前進する。

大きな鎌を振りかぶって飛び掛かってきた“ファーマー”の胴体にカウンターの要領で無反動砲をぶち込む。

そうして前進を続けていると、二体の“ルクソールホテル”の外殻中心にある立方体が光り輝くと、レーザービームが飛んでくる。

それをラピッド・アクセラレーションでジグザグに回避し、返す刀でミサイルを撃ち返す。

それを“ルクソールホテル”はどうやってかレーザーを拡散させて迎撃する。

それでもいくつかのミサイルが迎撃を避けて直撃するが、“ルクソールホテル”の分厚い外殻には大して傷をつけられていない。

「しっかし、きっついなー...でもまだまだ!!」

すっかり打ち尽くした両肩のミサイルコンテナを切り離しつつ気体の状態を確認する。機体ダメージも増加しつつあり、弾薬もそろそろ打ち止めが近い。

それでも、未だに“ロリロック”と単機で戦っているはずの“オルフェンド”のためにも、もう少し耐えるしかない。


「っ!何!?」

だが、そう次の手を考えている内に、小型の“グラント”や“ファーマー”が私の進路を塞ごうとしてくる。

更には、身動きがとりづらくなった私を踏みつぶそうと“バウザー”級が甲羅部分から砲弾を撃ち出しながら突進してくる。

「くっ、纏わりつくな!!」

それらを振り払うために、ブースターの出力を最大にして上昇する。

それを狙って“ユーロピギ”級が角のような砲身から弾丸を撃ち出しサソリの毒針じみた部分からレーザーを放って攻撃を仕掛ける。

何とかそれらをラピッド・アクセラレーションを駆使して回避するも数発被弾し、さらには結果として、重量級の“St.マルタ”にとっては不得意な空中に放り出されることとなってしまった。

『機体のダメージが増大!機体の防御能力が50パーセント低下——危険よ、退避して!』

ナタリアさんの切迫した声が機体の状態を知らせる。機体の警報もひっきりなしに鳴り響いている。

かなりまずい状況だが、さらに追い打ちをかけるように

“ルクソールホテル”の攻撃は、後方にいる“ルクソールホテル”が収束した高威力のレーザーの直撃を狙い、それより前にいる方が拡散させてレーザーを撃ち行動を制限する。違う方法でそれぞれ攻撃してくる二体の攻撃は激しさを増し、回避は困難を極める。

何とか着地したいが、地面には未だ数多く残る敵が待ち構えている。

そうこうしている内に、ついに拡散して放たれたうちの一つが“St.マルタ”を掠め、バランスを大きく崩した。

それを待ってましたとばかりに後方に陣取る一体が高威力のレーザーを直撃させようと狙いすます。

このままでは直撃を避けることは不可能化に思われたが、

「舐めるなっ!!」

吼え、機体のリミッターを一瞬強制的に解除し、右肩のサイドブースターでラピッド・アクセラレーションを行う。リミッターを解除した状態で行われたラピッド・アクセラレーションは、通常のそれを上回る速度をだし、強引に射線からそれ、紙一重で攻撃の回避に成功する。

しかし、その結果通常を上回るGが体にかかり、さらには無理な体勢でそれを行ったせいでバランスを崩す。

右側面の装甲が地面を掠め火花を散らし、二転三転して“St.マルタ”が制止する。

再び何とかして機体を立て直すが、その間に経過した数秒は戦場においては致命的なまでの隙となった。


“ルクソールホテル”が再び攻撃の体勢に入ったのを見て、世界が無限に引き延ばされているように感じられた。

ナタリアさんの悲痛な声が遠くに聞こえる。これがよく聞く死を目前にした兵士によく起こるアドレナリンとやらの過剰分泌なのかと考える。

しかし、身構えているのに中々攻撃が来ない。

ふと、二体の“ルクソールホテル”の気が明らかに私からそれていように思える。

それから数瞬ののち、思い出したかのようにレーザーを放つが、私から大幅に狙いがそれている。

「何?まさか...」

すぐさまレーダーを確認しようとすると、機体のすぐ横を灰色の機体が猛スピードで飛び去って行く。

『オルフェンド!?いつの間に...』

ナタリアさんが私の内心を代弁してくれている内に、ようやく機体を立て直し、ブースターでその場から飛び去る。


その間にも、“オルフェンド”はシールドに使われる分の粒子エネルギーをも推進力に転嫁し、群れの頭上すれすれを突っ切っていく。

同士討ちを恐れたのか、ピタリと攻撃をやめた“ルクソールホテル”にぐんぐんと迫っていく。

このまま遮るものも何もないまま接近できるかと思いきや、一体の“ファーマー”級が背中にしまわれている羽を広げ、群れを飛び出して鎌を振りかぶり、“オルフェンド”を切り裂かんとする。

本能のままに動く生き物の破れかぶれの攻撃に思えて、その狙いもタイミングも完璧、敵ながら舌を巻くレベルの神業、回避することは不可能に思われたが...

それがアイギスとそのパイロットが相手なら話は別だ。

「......!」

左側のサイドブースターでラピッド・アクセラレーションを行い、右側に機体の軌道をわずかに逸らすことで、攻撃を空振りさせた。

さらに左腕のレーザーブレードを起動し、前へ進む勢いのままに“ファーマー”をその鎌ごと切り裂いた。

一秒にも満たない目にもとまらぬ攻防を制した“オルフェンド”はついに“ルクソールホテル”の懐に潜り込み、獣じみた動きで足元の“グラント”を踏みつけ、ブーストし跳び上がり、レーザーブレードを起動し一閃すると、私がどれほどミサイルを撃ち込んでも傷つかなかった外殻をバターのように溶断し、深い傷をつける。

さらにその傷口を抉るように背部のビームレーザー砲を突き付けて高熱のレーザーを叩き込む。

そして外殻を蹴飛ばし、“ルクソールホテル”から離れながら小型ミサイルを撃ちこんだ。

この一連の流れで“ルクソールホテル”の外殻に大きな穴が開くが、しかし仕留めるには至らない。

それに気づいた“オルフェンド”が再度レーザービームを撃とうとするのを、阻止せんと“ルクソールホテル”が半狂乱になったかのように滅茶苦茶にレーザーを撃ちまくりながら、足を動かして逃げようとするが、当然ながら“オルフェンド”には通用しない。

ついには限界まで臨界、圧縮されたレーザービームの光条にエネルギーコアを貫かれ“ルクソールホテル”が動きを止めた。

しかも、それだけに留まらず莫大なエネルギーを蓄えている“ルクソールホテル”のコアは破壊されたことで暴走、爆発し爆炎と大量の残骸をまき散らした。


『“ルクソールホテル”一体目の撃破を確認。周辺の敵生命体への被害大!!』

『よし!一体始末したぞ!!さっさと始末して追加報酬を頂くぞ!』

二人のオペレーターが戦況を報告する中、即座に転進しもう一体の方にすぐさま向かおうとする。

しかし、先ほどの惨事を見て認識を改めたのか、最後の“ルクソールホテル”は味方を巻き込むことも厭わずレーザーを撃ち弾幕を貼る。

さらには他の個体も味方の攻撃を恐れず、果敢に“オルフェンド”に立ち向かう。

『......!!』

若干の焦りが見える息遣いと共に、ラピッド・アクセラレーションを駆使してジグザグに攻撃を回避しながら、少しずつ距離を詰めていくが私の“St.マルタ”と比較して装甲の薄い“オルフェンド”は攻撃の直撃は命取りとなってしまう。

「待ってて!今援護するから!!」

呼びかけながら、背部のミサイルポッドの残り少ない弾数をすべて“ルクソールホテル”と適当にロックした標的にに撃ち込み、それをパージして重量を軽くしてから、シールドのエネルギーをブースターのエネルギーに変換し高速で飛び出す。

“オルフェンド”に集中していた攻撃が私にも向けられ、弾幕の密度が薄く広くなる。

反撃がてら、右腕のライフルを“ルクソールホテル”の外殻の一か所に集中して撃ち込んでいく。

それを嫌がる“ルクソールホテル”の攻撃が右腕に直撃しライフルごと脱落してしまう

痛みにうめくが、機体の動作に問題は無い。

むしろ軽くなって丁度いい位だ。


そうして、苛烈な砲火を潜り抜けて至近距離に到達する。

だが、何とか振り払おうと私に狙いをつけるが、小型のミサイルと太く赤熱したレーザーがその行動を阻む。

当然ながら私のしたことでは無い。

(オルフェンド...援護してくれたの?)

そのまま私同様に攻撃を回避しながら懐に潜り込んだ“オルフェンド”がレーザーブレードで“ルクソールホテル”を支える巨大な足を数本溶断し、バランスを崩壊させて迫りくる砲弾やレーザーといった攻撃を振り切り、その場から離脱する。

どうやら今度の止めは私に譲ってくれるつもりらしい。

「だったら遠慮なく!!」

先ほどライフル弾を撃ち込んで損傷させた箇所に、最後に残った武器たる大口径の無反動砲を突き付け、接射する。

一発、二発、三発...と撃ち込まれ、ついにコアを打ち砕く。

完全に力を失った“ルクソールホテル”が崩れ落ちていく。


『よし、厄介なのは全滅させた!あとは雑魚を始末すれば終わりだ!!』

自分のオペレーターの言葉を聞いた“オルフェンド”が残ったFSAPUを片付けるために息つく間もなくブーストを吹かし、一気に地上に向かって突っ込んでいった。

既に倒されたものに興味などないとそう言わんとばかりに...

それから十数秒後、無反動砲を引き抜きようやく粒子エネルギーシールドも回復したと言うころにはレーダーに敵を表す赤い光点はすべて消え去っていた。


『FSAPU群の全滅を確認...はぁ何とかなったわね。お疲れさまソフィア。』

ナタリアさんの報告を聞きながら、ほっと一息をつく。

今回の戦いは本当にハードだった。何度も死ぬかと思うほどには...

しかし、この“オルフェンド”のパイロット

“ロリロック”や“ルクソールホテル”を私が多少気を引いていたとはいえ、ほぼ単機でそれらを排除し、獣じみた動きで地を蹴って敵を翻弄する様子は圧倒的だった。

それに機動性に優れた“オルフェンド”と私の鈍重だが、分厚い装甲と射撃戦に優れた“St.マルタ”と互い違いの機体同士で、正確に私の意図を読み取った動きは協働の任務だって初めての新人の傭兵だとは思えない程だ。

「......ふふっ、相性が良いみたいねアナタとは――」

ついつい笑みがこぼれる。

私の戦闘スタイルは主に、味方の支援と言う形で行われる。そのため、他のアイギスと協働した経験はそこいらの傭兵とは比較にならないだろう。

だが、その協働した中には味方の事などうでも良いと捨て駒扱いするものは残念ながら多い。

そんな中で咄嗟に味方のカバーに回れるパイロットは数少ない。もしかしたら、すぐにでも、トップランカーの傭兵に並ぶかもしれない。

それに何だか、変なことを言うようだけど、“オルフェンド”との協働は他のアイギスと協働した時とは違う。こう、息が合うような不思議な感じがした。

FSAPUの残骸に囲まれ、つい先ほどの暴れっぷりが嘘のように静かに佇む灰色の機体に“St.マルタ”を向ける。

結局最後まで一言も発さなかった彼、もしくは彼女がどんな人間なのかは分からないけど

「任務完了お疲れ様。もしまた機会があったら次も味方で会いましょう」

これは心からの言葉だった。

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