第4話 GMCの学び舎

小さいころの夢を見た。どこかお父さんとお母さんとで花畑とか公園にピクニックか何かに出かけたときのそんな夢。そんなロケーション、私が以前住んでいたコロニーには無かったけど、多分子供の時に見たカートゥーンの記憶と混ざっているのだろう。お姫様とか沢山の動物とかが出てくるようなそんな奴。

多少細部が違ってはいるが、時々昔の両親との...楽しくて幸せな夢を見るのだ。


しかし目が覚める直前の、結末は決まってる。


そこが花畑だろうが、動物園だろうが、自分の慣れ親しんだコロニーであったとしても。“そいつ”が現れ、神のように、天使のようにすべてを焼き尽くしていくのだ。

ああ、あの巨人、黒く巨大で虹色の粉をまき散らす恐るべき力の権化が。母も、そして恐らく父をも奪ったあの怪物が―――――


「ハッ!?」

そこまで見せられて、ガタンと音を立てながらいつものように私は飛び起きた。しかし今は他人の目が痛い。なぜならここは私の住むコロニー、“ランカスター”にあるGMC第三高等専門学校の講義室———それも今この瞬間も講義中の、だからだ。

紺色のブレザーを着た生徒たちの目がこちらに集中する中、

「おや、レアロイドさん。随分と意欲的な学習態度だな?それならばここの部分、“ハイディ・クライスラー・グループ”の創設者の名前も分かるだろう?」

教授が意地悪気に質問してくる。

「あっ、はい!車で有名です!」

社名から連想されるイメージを反射的に言った結果、素っ頓狂な答えに周りの生徒たちは楽しげに笑ったのであった。

「はあ、HCGは確かに車で有名だがなぁ...」

ため息をつき頭を抱えながらそう呟く教授だが、ため息つくくらいならなにも居眠りしていた私も悪いとは言ったって見せしめみたいにしなくても良いじゃないかと恥をかかされたソフィアは苛立たしく思い、フンっと顔をタブレットで隠した。


「よう、散々だなソフィア。」

「黙ってマーカス。」

隣の席からソフィアと同じくタブレットで顔を隠しながらからかおうと話しかけてきたマーカスをぶっきらぼうにあしらおうとする。

「んなツレないこと言うなよな。俺とお前の中だろ~?」

そうじっさいこのやけに馴れ馴れしいこの男、“マーカス・マクグリフ”とは実際非常に付き合いが長く、GMCのアイギス・パイロット養成訓練所からの腐れ縁と言ってもいい。

「別に、昨日の仕事で遅くまでこってり絞られたから、疲れてるだけよ。」

「あー、だからいなかったのか。全く優秀な奴は引く手あまたで羨ましいね。まったく俺なんて最近仕事の依頼全く入らないんだぜ?だから昨日も夜遅くまでコミック呼んでたから、フワアァ~。眠たくってよ。」

あくびをしながらそんなことを言うマーカスは、とてもそうは見えないが私と同じくアイギスのパイロットなのだ。しかし、彼はどうも今一つ業績が振るわずGMCの外様の雇われの座に甘んじ、さらには顔がどこか幼げだが整っていてまあまあイケてるのだが、趣味が幼稚だとか言ってあまりモテない...そんな冴えない奴なのだ。

だとしても、私の数少ない男友達であることには変わりない。


「...であるからして、十年前の戦争は領土拡大と資源獲得を目的として、連合派、共和国派、帝国派の三大勢力に分かれてこの戦いは始まったわけだ。このことから、例の戦争は“三界戦争”と名付けられた。」

「でよ、昨日新しく見つけたサブスクで二百年前の映画を発掘したのよ!」

マーカスがくだらない話を続ける間も世にも珍しいであるからしてと言う教授の授業は進んでいく。

「そしてこの三大勢力を支えたのが、八つのメガコングロマリットで、そうだな28番カミール・ホルンこの八つの企業の名前を答えろ。」

「はい、あー確か、GMC、HCG、ダム・デュ・ラック、“オブシディアン”、“フラマトムエレクトロニクス”、“ジゼル&アルブレヒト”、“ルスル・エナジー”、それと“ディートヘルム”です。」

「ん、素晴らしい良く学習しているようだな。そして八つの内、帝国派の企業であったオブシディアンとディートヘルム社は帝国派の敗戦後、に連合、共和国派の企業によって解体、吸収されていった。それ以外にもこれら企業の遍歴はややこしい所なので今日はこれくらいで良いだろう。」

「んで前から欲しかったヒーロームービーとかコミックがめっちゃ安く売ってる穴場を見つけたんだよ!それでさ――」

退屈で長く、教科書通りの授業とマーカスのアホ話に挟まれてソフィアは再び夢の世界に旅立ちそうになるのをこらえ欠伸をした。

「とにかく、企業の持つ絶大な力を背景に始まった三界戦争であったが、それは人類の想像以上に長く続く戦争となってしまった。その一因としては“企業間通商活性化条約”によって企業の商売にそこまで影響しなかったこともあり、戦争が常態化してしまったという点もある。しかし一番の原因は戦争も十年目に入ろうかという時にFSAPUが現れ常時大規模武装に正当性が生まれたことだろう。

結果戦争は長引き、貧困と敵対する派閥への憎悪が醸成されていき戦争が加速度的に過激化した。」

この部分は私がGMCで習ったことと比較して随分と穏当になっている。実際は戦争が長引いたこともあったけど企業への悪感情を弾圧しプロパガンダで敵対勢力に向けることでいよいよ蹴落とそうとして意図的に加速化させたのだ。

まあ、企業スポンサーの学校で滅多なこと教えられないし仕方ないのかもしれない。


「だが、この戦争は終止符を打たれた。革新的な超兵器、アイギスによって。」

そう一区切りをつけると教授はスクリーンを操作し、初期製造のアイギス、そのうちいくつかのCG画像を表示していく。

そのうちの一つには私の愛機である”St.マルタ”のベース機、“ソリッドフォックス”の先代“アードヴァーク”もあった。

「"パーシウス先進開発局"によって生み出されたアイギスは、このように重要拠点のピンポイントレイドとに代表される新たな戦術、戦略、そして戦争の形を作り、三界戦争を終わらせるに至ったのだ。」

そう言うと、教授は再びスクリーンを操作し、映像を表示する。

男子生徒たちが、マーカスも含めて...おおと歓声を上げこの講義で初めてスクリーンを食い入るように見つめる。

それは、世界一有名なディートヘルムの初の実用アイギス、"ニーグラビス"が初めて実戦投入されて共和国派の前線基地を単機で壊滅させるというものだ。

この映像はディートヘルムのプロパガンダとして広く拡散され今でもこうして使われている。特徴的な戦闘機を無理やり人にしたようなシルエットと黒いボディはGMCには無い奇抜なもので、この大戦果もあってひどく目を引いたのだ。

「すっげぇなあ...」

「男って言うのはいくつになってもこういうのが好きなのかねぇ?」

感心したように見入るマーカスを横目に呆れる。お前はあれと同じ種別の兵器に乗って戦ってるはずであれ位できるはずなのだからそんな他の学生にみたいに素直に見入らなくても...と思わなくもない。

とはいえ、この映像のパイロットの鮮やかさと手際の良さはマーカスにも、私にだって真似できやしない。何故ならこの映像のパイロットはトップランクの腕前を持ち、帝国派の死神と呼ばれ恐れられた“レーヴェンハルト”その人だからだ。

当然彼以外にもアイギス初期世代パイロットの多くは凄腕揃いであり今でも軍事教練などでは当然のように彼らの名前が挙がってくるのだから。

そしてGMCにも初期世代の凄腕パイロットはいた。今でも聖女と目され神聖視される“リリー・フォンティーヌ”や私の養父などだ。

今はもう初期世代のパイロットは殆どが死亡している。“英雄殺し”と呼ばれたある傭兵によって、終戦に向かって急速に突き進む戦争の最後の半年間で彼によって28人のアイギスパイロットが殺害された。この戦果の半分ほどが、帝国派のトップパイロットだという。

GMCは彼を味方につけられたが故に戦いに勝利することが出来たと言われるほどに、大暴れしたのだ。

とにもかくにも、初期世代のパイロットはその多くがマーカスやソフィアといった現役世代よりも腕が立つのだから、ある種マーカスが彼らに憧れて他の生徒たち同様に集中して見つめてもおかしくはないのだが...なんだか変な気がする。


周囲を見渡すと、スクリーンを食い入るように見つめる生徒が多いのだが、中には画面のニーグラビスが敵を撃墜するたびに目を逸らすような子もいるそりゃまあ、当然かこれは実際の戦いでの映像だし一機撃墜するたびに確かにパイロットは死んでいるのだからそういう物か。

「と、通常の兵器では太刀打ちできない圧倒的な力によって無理やり三界戦争は終結した。かくいう私も昔はGMCの企業兵士としてアイギスを見たこともあったが...あれは——恐ろしかった。どれだけの兵器、兵士を用意したとして止まることのない悪夢の超兵器...しかし、あれがあった故に戦争は終結した。」

そう噛みしめるように、言い終わると教授はスクリーンの映像を教科書と同じものに戻した。マーカスも乗り出していた体を元の場所に戻した。

「だが、戦争は確かに終結したが、多くの社会問題を世界に残した。宇宙空間を今だ漂う大量の宇宙ゴミ、大量破壊兵器などが引き起こした環境汚染や戦火によって廃棄されてテロリストや犯罪組織の根城にされた旧植民地惑星や、貧富の格差の断絶とも言うべき広がりによって発生した大勢の貧困層はもはやありとあらゆる...《ユートピア特別隔離区》を除くコロニー中にいる。

そう、君たちはとても運がいい。こうして今も教育を受けることが出来るのだからな。今やこの世界の大半の子供が君たちのように教育を受けられる立場にはない。だからこそ、今こうしていられることが非常に特別で特権的なことだということを正しく認識して、これらの問題を君たち若い世代が解決していかねばならぬのだと...分かったか、マーカス・マクグリフ?」

「えっ、俺?グワーッ!?」

先ほどの映像が終わるや否や机に突っ伏してぼーっとしていたマーカスに突如として言葉が投げかけられ驚いて咄嗟に体を起こしたところで教授が高速で投げたチョークが額に直撃し、後ろに席ごとぶっ倒れた。

「なっ、何するんスかっ!?俺なんもしてない!」

「なーにが何もしていないだ?さっきまで随分と授業を賑やかにしてくれた割に、せっかく講義に乗り気になったと思ったらすぐに寝ようとして、これだから最近の若いのは!」

まあ、この場で誰が悪いと言ったらマーカスが悪い。いくら退屈だからっておしゃべりに熱中して教授なりに生徒の気を引こうと用意した資料の時だけひとしきり楽しんだ後に興味を失い私とも話疲れて眠りに付こうとしたらまあ、怒るのも分かる。

とはいえ、教科書通りの話しかしない教授にも問題が...

「ソフィア・レアロイド!貴様もだ。お前たち二人とは後でたっぷりと話す必要がありそうだな?」

え、私まで?と言う前に取り付く島もない教授はスクリーンに向き直り授業は再開されてしまった。

うげ、面倒なことになったと思いながら、ぶっ倒れたついでに手からすっぽ抜けて飛んで行ったタブレットをよたよたと拾いに行くマーカスを一目見て深いため息をついた。


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