第57話


「うぐいす旅館の幽霊がいるって分かってたのに、キイを置いて行こうとした。ろくな目に遭わないって分かってたのに。心霊スポットという言葉で分かるように、うぐいす旅館の幽霊はうぐいす旅館でしか存在出来ないのに、自分の居場所を壊す訳が無い。なのに地図上とは全然違う場所に現れたり、私達がいるタイミングで半壊したのは、きっとあんたがやったからだ。何度言い聞かせても逃げようとしない私を、諦めさせる為に。うぐいす旅館の幽霊はあの場所から動かないから、立ち入った人間にしか関与出来ない。それでも肝試しに参加していないキイが突然あの場所に現れたのは、あんたが仕組んだ事なんじゃないの。私を意地でも、他の怪奇に奪われないよう利用する為に。井ノ元が飛び降りる直前、私の前で立ち止まって、『ほんとうにすませんでした』と言った意味もずっと考えてた。あれはあんたに言ってたんだ。部室に忍び込んで、私を怒らせるような事をしたから。そしてあの飛び降りも、忍び込んだ井ノ元達への報復という意味と、その光景を見せ付ける事で私を怯えさせて、調査を諦めさせようという狙いであんたが用意した見世物だ。他の怪奇はあんたを恐れて、あんたが関与している状況下では何もしてないんだから。図書館近くのコンビニの黒電話は元々あの店にいる怪奇なんだろうけれど、うぐいす旅館で鳴ってた電話は、私を脅かす為にあんたがやったんじゃない? ネットでうぐいす旅館についてのブログや記事を何本も読んだけれど、もし黒電話が鳴る噂も書かれてたら、うぐいす旅館に向かう道中であんたにも話してる。図書館で調べ物をしていた辺りから、私が誰に連絡しても、急に皆の返信が滞ったのもあんたの仕業でしょ? 幾ら説得しても聞かないから、せめて勘付かれるきっかけを与えまいと妨害してなかった? うぐいす旅館から飛び出した途端電話が繋がったのもきっと、これでこの事件は解決だから、もう何も考えなくていいって雰囲気を作る為だ。あんなの出来過ぎてる。うぐいす旅館に向かって林を歩いていた時は、あんなに変なタイミングで電波が届かなくなったのに。それに部室の廊下の黒い奴。あんたを一番恐れてるあいつが昨日に限って現れたのも、あんたが普段、それは丁重に扱ってる私を陥れようとしているのを見て、なら自分も現れてもいいだろうと判断したからじゃない? 藤宮さんが昨日まであいつに気付かなかったのも、私に近しい関係だったからあんたの気遣いの範囲内だったからで、私もあんたも、きっと彼女自身も、藤宮さんとは霊感があると知らなかったんだ。だから私も取り乱したし、あんたも慌ててあの場所から離れた。用意していた井ノ元達での見せしめで私を怯えさせつつ、藤宮さんに自分も怪奇だと覚られない内に」


「うぐいす旅館で一時いっとき様子がおかしくなってたの、演技だったろ」


「気付いたのは今話してる内にでしょ。私はずっと正気だった。考えれば考える程あんたが疑わしくなって来たから、うぐいす旅館であんたが犯人なのか試す賭けに出た。あんたが最も嫌がるのは、私が危険に晒される事。もしうぐいす旅館で本当に幽霊が出たら、あんたは何があっても私を守ろうとする筈。出なかったとしても気が触れた振りをすれば、あんたがどう出るか確かめられる。怯えてるモトの為に、モトを心配してるキイの為に真相を追い続けるか、私の為に全てを放棄するか。まさかキイが出て来るなんて夢にも思ってなかったけれど、ならキイの無事を最優先に、あんたを挑発する事にした。首吊りに使われたような格好で変に揺れ続けてるコードもあったから、うぐいす旅館の幽霊もいたんだろうね。でもあの時あのコードに向かって放った言葉は、あんた達怪奇全員に向けたものだったよ。あんた達が何をしようと何であろうと、私は人を傷付ける奴に屈したりしないし困ってる人を見殺しにもしない。キイは私が連れて帰る。あんた達がそう在るように、私もそう在るって決めたんだって!」


 篠突しのつく雨に、怒りを爆発させたシーの叫びが鳴り渡る。それでも校舎の窓から誰も覗いて来ないのは、確かに俺が気を利かせているからだった。


 幽霊ってのはどいつもこいつも自分が都合のいい時にしか現れず、だから誰にも信じて貰えない。まあ、幽霊というこの表現すら、俺にとってもピンと来ない不確かなものなんだが。


 それでもその固く握りしめたままのビニール傘に、つい笑ってしまう。


「まあな。お前の言う通り、俺はお前を諦めさせる為に村山をおかしくして、井ノ元達を飛び降りさせ、キイを殺そうとした。でもお前は諦めなかった。俺の負けだ。お前に人間じゃないと明確に意識されちまった以上、もうここにはいられねえ。気付いたら綺麗サッパリいなくなってるだろうよ。この世のどこからも」


「それすらあんたにも約束出来ないんでしょ」


「バレたのはお前が初めてだからなあ。まさかここまで頭が切れる、疑い深い奴とは思わなかったが。それに並ぶぐらいのお人好しだからその傘で俺を殴らねえし、さっさと失せろとも言わねえんだろ? 一人ぼっちは可哀相だって、どうしても考えちまうから」


「考えてない」


 殺すような怒気で吐き捨てられたのに、言い聞かせているような調子に聞こえた。


「そうかもな。心なんて目に見えねえ」


「あんたなんか存在しない。この世のどこにも」


 その即答が更に、俺では無く自分に向けているような言葉に聞こえる。


 それに雨で冷えた所為なのか、微かに身体が震えて見えた。目が潤んでいるようにも見えるが、この雨じゃ分からない。


 シーは俺を許さない。何があっても。分かっていたから俺も正体を隠していた。でももし最初から、俺とは幽霊と表すのが一番ピンと来る曖昧な存在なんだと明かしていたら、こいつは俺を認めてくれただろうか。


 そうか、不信感を向けていたのはお互い様だったのか。俺だって最初から、誰も信じちゃいなかったから支配しようとした。だって分からないんだから。他者が何を考えているかなんて。


 人も神も幽霊も変わらない。同じだけ不確か。こいつの口癖の意味が、やっと分かった気がする。だってこいつはさっきから、実在する生身の人間へ向けるものと全く同じ感情を、俺にぶつけているじゃないか。


 どうやらこんなにムキにならずとも、こいつに俺という存在を植え付ける願いとは、最初から果たされていたらしい。何でも疑うとは言い換えれば、全てへ同じ目線で接するという事だ。人の心という目に見えないものを信じるとは、神や幽霊を信じる事と同じ。なら人間を信じるのなら、神も幽霊も信じなければ筋が通らない。


 己の愚かさに微塵も気付いていない聖人は、それでも決別すべく悲壮に告げる。


「……いつの間にか当たり前になってたから、ちゃんと意識しないと忘れそうになる。キイ、モト、シー、ユウ。この渾名あだなで呼び合おうと決めたのもあんただった。でもこれは親愛の証じゃなくて、名前で呼び合ったら自分という生徒は存在していないとバレるから、それを避ける為に過ぎなかったんでしょ。木元きもとしゅう



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