第58話


「まあな。でも親愛もあったぜ? 椎名文乃ふみの。モトは本居大吾のモトで、キイは喜井小春のキイ。名前だってちゃんと覚えてるさ。渾名あだなを繋げると俺のフルネームになるのもお茶目だろ? まるで全部が実在しない偽物みたいで」


「名前で呼ばないで鬱陶しい」


「いいだろ最後ぐらい。はなむけに、この二日間をネタに小説書いてくれよ」


「読みたくないものなんか書きたくない」


「読まなくていいさ。ネットに載せて放置してくれ。俺がいたって証としてな。勿論二度と現れるつもりはえしフィクションでいい。登場人物や設定でいじって、あくまで娯楽として、ホラー小説の体でやってくれればいい。そうだ俺の名前で書けば誰も本当の話だなんて思う訳無いぜ。作者が実話だと語る話程胡散うさん臭いものはえ」


「そんなもの書かないし誰も読まない」


「誰か読むさ。それにお前は必ず書く。明日からとは言えねえ。大人になって、ふと思い出して書くかもしれねえ。お前は俺を忘れないさ。その馬鹿な性格してる限り永遠な」


「有り得ない。何であんたがまた現れるかもしれないきっかけを作るなんて事」


「幾ら考えてもそれらしい理由が付けられない疑問が一つ残ってねえか? お前が足元に捨ててる俺のスマホが、何でこの高校の行方不明になった先輩と同型なのか気になってるだろ? 俺がその女をさらって殺して奪ったって言えばそれらしく聞こえて来ねえか? 俺はいつからかずーっとこの学校にいるし、十年経ってもその女は誰にも見つけて貰ってないままなんだからよ。この俺という不確かな存在は、こうしてお前に認識されてるのに。お前はこの矛盾を、何もせずに納得出来るか? 警察に話したって相手にされるもんか、俺は消える。お前の書いた小説というテキストになる。消えるも何もそもそも存在してるのかすら怪しいんだ、さあとっとと虚実織り交ぜた娯楽にしてみろ何か分かるかもしれねえぞ!? ああまずは、根拠もえのに幽霊はいねえって信じ切ってる馬鹿共の認識から改めさせねえといけえねえか! どっちにしたってこの話をネタに書いちまえば多少は考え直すきっかけになる! 人の心っていう目に見えないものを信じるとは、神や幽霊を信じる事とどう違うんだ説明してみろってな! 真に恐れるべきは俺達じゃなく、全てを都合よく解釈してるに過ぎないお前ら自身の脳味噌だって事にいつ気付く!? ああそもそもこの話自体が既にお前の書いてる小説だったか!? どうせ真実なんて誰にも分かりゃしないさ、そもそも完璧な認識機能を人間は持っちゃいない! 聞き間違いも見間違いもした事無いって言えねえだろ!? お前も世間も、今これを読んでるそこのお前も! 俺達の目には最初から、誰も何も映っちゃいない! 全てはバグ塗れの脳と俺達自身の思い込みが見せている、その通りに実在しているのか確かめる術もあるか分かりゃしない幻さ!」


 化け物と出会ったように青ざめたシーが、俺へビニール傘を振るった。


 当然何の手応えも無い。何なら既に俺という存在は消えてるかもしれない。だがそれを、シーがどう書くかは分からない。どっちにしたって俺はいない。これは虚構で、どうせ事実であったとしても、怪奇も幽霊も定義出来る奴なんていないんだから。


 いや、いるんだったか? 俺とはこのフィクション上でなら存在している怪奇? それとも誰かの思い出には実在しているいつかの出来事? まあいいさ。『木元きもとしゅう』の怪奇定義を見せて貰おう。


 なあ。これを読んでるそこのお前。こいつを読んでて一度でもビビったか? なら恐れる相手を間違えるなよ。お前が真に恐れてるのは、お前が生まれた時からお前の頭ん中にずーっと居座ってて死ぬまでお前を支配する、脳という名の怪奇なんだぜ。



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