第54話


 シーの全身から、腹の底へ押し込めていた怒りが滲んだ。足元に捨てていたビニール傘を拾い上げ、ネームバンドで身を絞るように細く留める。槍のようになったビニール傘を固く握り、刃物のような光を放つ双眸そうぼうで俺を見据えた。


 昨日のコンビニの駐車場での宣言通り、ぶん殴る気満々らしい。ちょっとはビビれよお前。


 つい小さく笑ってしまってしまいながら、肩を竦めた。


「……あくまで俺が全ての元凶だって言い切らないのも流石だな。おきつね様が気になるからか?」


「写真とうぐいす旅館、部室の廊下で出た黒い奴も、あんたがやった井ノ元達への報復にしては度を越してる。自分が幽霊だってバレるかもしれないリスクを冒してまでやりたい事とは思えない」


「そう。あれは予想外だったんだよ。きつねも黒い奴も、俺とは何の関係もえ。写真とうぐいす旅館もだ。でもこの二つは、うぐいす旅館の幽霊だろうよ。俺がやったのは、井ノ元達への部室に忍び込んだ事に関する報復で、それはお前が井ノ元のスマホで確認済みのイタ電だ。モト以外の奴には全員、部室に侵入した日から一昨日まで無言電話をかけ続けてた。それで終わりにするつもりだったよ。かけ直しても使われてない番号だから、しっかりビビってたしな。軽音部の幽霊だって本気で信じてたみたいだし、一番詳しいだろう部員に解決策をきたくても、自分達の行いを白状しなきゃいけない事が後ろめたくて黙ってたよ」


「どのタイミングで侵入を知ったの? 部員に気付かれてると分かってるなら実行しなかった筈だけれど」


「お前がさっき言ってた通りだよ。俺は存在感が薄いんだ。それでも認識してくれる勘のいい奴の側にいないと、真後ろに立とうが気付かれねえよ」


「……私に固執するのは、私がその勘のいい奴に当てはまってるから?」


「ああ。便宜的に、霊感があるってやつだ。霊感だの幽霊だのの定義って何だよって話になるけどな。だからお前も今まで言わなかったんだろ? 自分が普段当たり前のように目にしてるものの中に、幽霊がいるなんて思わず過ごして来たんだから。だから考えるまで俺にも気付かなかった。そうして定義しかねるから言語化に困っているように、どう言えば分からないだけでお前は、ずっと昔からそういうのを目にして来てた筈だ。でもお前は、それらに特別興味も無かったんだろ。常識で捉え切れないものがあったとしても、どれだけ不思議であろうと不自然では無いって感性なんだから。その常識という物差しを作っている人間の能力とは、そもそも完璧では無いからってよ。まあ話を戻すが、俺は普段学校にいるんだ。特に軽音の部室が気に入ってる。どうしてあの部室にこだわってて、いつからいるのかも覚えてねえが。俺だって幽霊かって問われたら、知らねえよって答える。幽霊の定義なんて知らねえ。ありふれた説に沿った、生前の恨みが原因で、死後も魂だけの存在となり彷徨さまよっているとか、それらしい説明も出来ねえよ。なら今度は魂の定義とは何だってなるし、思い残しの無い人生なんて送れる奴の方が少ないんだから、もっと俺みたいな奴がぞろぞろ歩き回ってねえと辻褄が合わなくなる。ただこの姿で、気付いたらいた。そうとしか言えねえ。誰だって覚えてないだろ? 自分が発生した日の事なんて」


「辛うじてそれらしい事を言えるとしたら、自分とは行方不明の先輩の持ち物を所持しているから、その先輩の無念の形かもしれないとか?」


「辛うじてな。あのポスターの先輩は女だから、結局辻褄は合わないが。普通行方不明になったままの娘のスマホを、契約解除する親もいねえだろうし」


「まあね。幽霊と呼べそうな特徴があるから、幽霊の仕業って便利な言葉で片付けようとしてるだけで、どっちにしろ説明不可能な事態が起きてる事に変わりは無いよ。ここであんたに嘘をつかれても、私にはそれを確かめる方法は無い。ただ、理屈が通る部分を使って問い詰めたら白状し出したから、その人いわくそうらしいって受け止めるだけ。どうせ、常識では説明が付かない事が起きてるのは事実なんだし」


「可愛くねえな」


「顔はいいよ」


「うるせえ馬鹿」


「それで、無言電話で十分ビビらせて満足してた所に、モトがあの写真を持って来たの?」


「ああ。俺じゃねえ。部室に忍び込んでねえモトには何もしてねえし、余り事を大きくしたらお前に知られて厄介になる。モトが井ノ元達に付き合わされたのはうぐいす旅館だけから、あの写真はうぐいす旅館の幽霊の仕業だろうよ。肝試しから一週間後に寄越して来た理由は分かんねえが……」


「あれは多分おきつね様」


「何か説明が付くのか?」


「昨日の夜あんたに電話をかけた後、キイと一緒に調べに行ったの。コンビニ店員さんに教えて貰ったすずり駅で降りて、おきつね様の噂について町の人に聞き回った。電話に、支度しようと布団出て行く音入ってなかった?」



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