第16話


「お前もモトの為って、友達を案じる気持ちで動いてんのに?」


 頬杖を突いて聞いていた俺は、ストローをくわえたシーへニヤニヤと返した。


 シーはストローを銜えたまま、僅かにだか確かに目を丸くして俺を見る。途端微かに赤くなった顔をそれは嫌そうに歪めながらストローを離し、キイが座っている方とは逆側へ目を逸らしてボソッと言った。


「……悪い?」


「別に? 可愛いなって思っただけ」


 シーは酷く癪に障ったように眉間に皴を刻み込むと、紙コップを置いた手でキイの腕をつねる。


「イギャー何で私ッ!?」


「こら」


 ポテトを摘まみながらシーを窘めた。


「は?」


 ドスの効いた声と共に睨み返される。普段あれだけ周りからミステリアスと持て囃されている態度が嘘のようだ。


 つまりこいつとは、何て疑い深い奴なんだと顰蹙ひんしゅくを買うような言葉が口癖のくせに、この通り普通の感覚も持っている奇妙な奴なのである。


 人心を信じるとは神や幽霊を信じる事と同義なのではないのか。つまり、多くが否定しているオカルトを肯定する行いを、自覚もせずさも当然のように日々繰り返している我々こそ現実が見えていない愚者であり、オカルトと現実の間には境界なんて、本当は存在していないんじゃないか。自分の物差しでは理解出来ないものが現れると厄介だから、オカルトという言葉で括って軽視し遠ざけているだけで。そもそも人間とは嘘という、自己防衛の為に過ぎない事実に反する言葉を、誰に習うでも無く使いこなしているじゃないか。子供の頃から死ぬまでずっと。つまり人間が真に重んじたいのは事実や誠実さでは無く、それが嘘や未知で出来ていようとも、自分に都合のいい状況なのでは無いだろうか。


 なんて風に、初めてこの口癖を使われた時に補足された。毎日って程聞きはしないが、映画を観た後とか、誰かが噂話を話題に挙げた時には、必ずってぐらい口にする言葉。


 慣れない内はぎょっとしたもんだが、こいつとしては事実が知りたい欲求が強烈なだけに過ぎなくて、悪意があって他者や物事へ疑念を抱いているんじゃない。世の中の物事ほぼ全てへ、何故その姿で存在しているのだろうという問いと、なるべくその理由を自分で考えたいというこだわりが凄まじいだけなのだ。故に守谷という親友にも、遠慮無く疑問を投げたりする。まあでもこんな事、こうやって学外でも過ごすぐらいに親しくならないと決して気付けないし、そもそもクールと言うのか何を考えているのか掴み辛い無表情が常の上に、決してお喋りでは無いという近寄り難い印象である。クラスや学年、部内でも怖い人という印象を抱かれがちな訳だ。確かにそうだが、親しい間柄の一人である俺に言わせると、普通の女の子である。友達の為に行動を起こしたり、こうして弱い所を突かれると、あっさり取り乱すように。


 堪らず笑いながら言った。


「悪かったって。謝るよ」


 シーは照れ隠しにイライラと切り出した。


「軽音部の幽霊の噂については幾らでも確かめられるけれど、おきつね様について二人は何か知ってるの? 私は初耳なんだけど」


「いや……。俺も初めて聞いた。お稲荷さんか何かな? 稲荷神社なんてどこにでもあるけれど」


 つねられた報復にとシーのポテトを盗み食いしていたキイは、怪訝そうに眉を曲げる。


「んー……。足立がその辺のお稲荷さんにいたずらしたとか?」


 キイの盗み食いに気付いたシーは、キイが取りやすいようにだろうポテトの容器を掴むと逆様にしトレイへぶちまけ、空になった容器をトレイの端へ置きながら言った。


「お稲荷さんは狐じゃないよ」


「えっ?」


 俺は思わず目を丸くする。


「むっ!?」


 早速シーのポテトを食べたキイも酷く驚いて続いた。


 いつもの無表情を取り戻していたシーは、トレイの外へ転がっていた一本のポテトを摘まむと食べながら返す。


「狐はお稲荷さんっていう神の使者。もしあの狐が祀られている神そのものだったら、わざわざ建てられてる社殿には誰もいない事になる」


 ……言われてみれば確かにそうだ。


「成る程な。社殿に祀られてる神の為にあるのが神社だもんな。お稲荷さんが祀られてるから稲荷神社なのに、狐が本体じゃ狐神社になる」


「そう。稲荷神社と言えば狐がいるって強過ぎるイメージに引っ張られて、本来の意味を考える事すら忘れてる」


 ふんふんと頷きながら俺とシーの遣り取りを聞いていたキイは、盗み食いに使っていた手をハンバーガーへ戻しながら言う。


「なら、おきつね様と稲荷神社をイコールにするのはちょっとズレがあるって事? 確かにお稲荷さんとは言うけれどおきつね様とは言わないし、神様そっちのけで狐の方が重要っぽい扱いに聞こえるよね? もし世間で勘違いされがちみたいにお稲荷さんと狐の使者をごっちゃに考えてるなら、わざわざおきつね様って言わないでお稲荷さんって言う筈だし」


 シーがコーラへ手を伸ばしながら答えた。


「そう。お稲荷さんや稲荷神社とは、明確に異なる何かを指してる意図を感じる」


「つまり、お稲荷さんとはまた別の狐の噂話に沿った誰かが、守谷ちゃんや村山にああいう態度を取らせたって事? いや、守谷ちゃんは足立からおきつね様の話を聞いたから、やっぱり足立が原因? シーちゃんを誘って行こうとした肝試しだって、足立が言い出しっぺかもしれないし」


 コーラを一口飲んだシーは、カップを置いた手でスマホを取り出す。


「嘘をついた理由を尋ねるのも兼ねて、井ノ元達に改めて話を聞こう。村山の様子もおかしくなったし、足立が言ってたおきつね様の話を聞かせれば、いい加減不誠実な態度を取ろうとは思わない筈。モトとも話がしたいんだけれど、誰か連絡付いた? 何度かメッセ送ってるんだけれど既読も付かなくて」



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