第15話


「村山は演技。瞬きの回数を意図的に減らす事は誰でも出来る。数年前テレビの生放送で、女優が四分以上瞬きを我慢するシーンもあった。事故も車道に飛び出したらしい村山の不注意。守谷がボーっとしてたのも、彼氏が病院に運ばれたショックによる憔悴」


 俺とキイは返事が出来なくて、居心地の悪い沈黙が流れる。


 確かに正論ではある。その女優だって色んなドラマやCMで見かける国民的な人気者だし、同世代ならまず知ってる有名な話だ。村山にしたって、校門で突っ立っていたポーズも変なだけでやろうと思えば誰でも出来るし、走って来た時のフォームもとんでもなく不気味ではあるものの不気味なだけで、あいつにしか出来ないって訳じゃない。でも村山が走って来た様子を直接目にしている俺としては説得力が無いし、キイも同じ気持ちだから黙ってしまっていると思う。


 もしシーがこちらへ突っ込んで来る村山を見ていたら、今と同じ仮説を立てようと思えただろうか。かと言って俺もキイも、村山のあの様について理由を説明してみろと言われたら、何も話せなくなってしまうけれど。だが、おきつね様だの心霊写真よりも遥かに現実味のあるシーの説明に、キイも俺もどうしても同意する気になれない。


 だが村山は病院だ。検証出来ない疑問は一旦頭の隅に置いて、今確かめられる問いをぶつけてみる。


「……なら、足立が言ってたらしいおきつね様はどう思う?」


 ハンバーガーに手を伸ばす所だったシーは答えた。


「あくまで守谷伝手づてだから、足立が当時本当にその単語を発していたかは分からない」


「えっ、お前あの時守谷を疑ってたのかよ?」


「そう。守谷がああいう筋の通らない事を言うのは珍しかったから驚いた。珍しいっていうか、初めてだったから。だからコンビニではつい、守谷がああいう言動を取る理由は何だろうって考え込んでたから喋れなかった」


 シーはハンバーガーの包みを剥がす手を止めない。


「やめたけどね。そもそも守谷が電話越しで聞いたっていう足立の情報が、事実あったものなのか未確認の状態で真に受けるべき理由は無いって気付いて」


 シーはそう言うと、ハンバーガーを齧った。酷く小さい一口だが、味が好みじゃないからでは無く、そもそも大口を開けて食べるという振る舞いをする奴じゃないから。


 冬の清流のような話し口だ。冷たくて淀み無い。いつもの事とは言え、圧倒されると言うのか、素直に薄情だと口にしてしまうべきか。整合性を優先して親友だろうが徹底的に疑うのは。


 キイは遠慮がちにシーへ尋ねる。


「……でもそれじゃあ、結局どうして守谷ちゃんと村山がああなったかの説明になってなくない? 村山は演技だって言われても、まあ不可能じゃないけどさ。相当な理由が無いとあんな事しないよ。目え真っ赤になるまで瞬きしないんだよ? 守谷ちゃんだってショックでボーッとしてただけだとしても、世の中色んな言葉がある中でおきつね様っていう謎チョイスだし。それに幾ら混乱してるからって、彼氏を苗字呼びって変じゃない? ちゃんとした場所で話す時は誰だってかしこまった言い方するけどさ、友達同士の会話でそういうのって起きないと思うし、やっぱり何か訳があっての事だと思う。偶然で片付けるにしても、どっちも強烈な意図を感じるし」


「うん。何の説明にもなってないし、理屈を並べるなんて誰にでも出来る事をするよりも、おきつね様と軽音部の幽霊について調べる方がこの事件を解明するに当たって最も効率的だし、私はこれを食べ終わったらそれをする。でもおきつね様と軽音部の幽霊っていうこの二つ単語も、守谷や村山の豹変に並ぶぐらい非現実な印象だからどちらにしても、この二つがこの件の原因だなんて思えないし、調べた所で何かに繋がるとも思えないっていう不気味さも胡散臭さも拭えない。ならもう、いかに現実味があるかで割り切ってしまって、この一件とは奇妙な偶然の連続に過ぎなかったと片付けるか、守谷と村山に異様な振る舞いを強要させた何者かという人間の意志により起きたっていう、今の所手がかりは無いまた別視点からの事情を探す方がまだ現実的。そう考えるのも分かるけれど、つまりは何もかもが疑わしい状況で、親しいからっていう理由だけで守谷を信じるのは危険。普段は名前で呼び合ってる恋人を苗字呼びなんて明らかに意図的なのに、覚えてないって言った人間の話を鵜呑みにするのも合理的じゃない。つまりこの件の調査に当たって何を信じるかの判断は、全てを調べ終えた時まで下しちゃいけない。その点について、二人にも意識して欲しかっただけ。それにそもそも」


 シーはそこで一旦言葉を切るとハンバーガーから片手を離し、自分のトレイに立つコーラが入った紙コップへ伸ばす。


「人の心っていう目に見えないものを信じるって、神や幽霊を信じる事とどう違うの」



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