第17話


 シーとキイが話している間にハンバーガーを食べていた俺は、取り出したスマホに何の通知も入っていないのを見て首を振った。


「いや。俺も何度かやってるが未読のままだ」


 不安そうな顔になったキイも、自分のスマホをテーブルに置いてみるが肩を落とす。


「駄目。私もやってるけれど通知来てない。直接家行ってみた方がいいかな? 昨日まで元気だったのに、急に休むとかある?」


 俺もモトの返事にすぐ気付けるよう、スマホをトレイの脇に置いた。


「まあ、無いとは言い切れねえけどな。盲腸だったら即手術で入院とかあるらしいし」


 ハンバーガーを齧ろうとしたシーが手を止めて俺を見た。


「それは急性虫垂炎。盲腸とは大腸の一部の名称。病名じゃない」


 俺は眉がハの字になる。


「どっちでもいいだろ細かい奴だな」


「細かくない。盲腸が病気だったら、全ての人間は生まれながらにして病を抱えてる事になって」


「早く食べなさい一番進んでないのお前なんだから」


 俺を見たままちびりとハンバーガーを齧るシー。先程より一口が小さい気がするが抗議の意思表示だろうか。


 ……ここでモトがいたなら、「別にゆっくりでもいいもんなあ~? 俺も食うのおっせえし」って、シーに同調してる所なんだけどな。それに俺がうるせえよって返して、キイがまあまあって宥めるように笑う。


 キイも同じ事を考えてたんだろうか。操作を終えたスマホをトレイの脇に置きながら、寂しそうに笑う。


「ちょっと静かだね。モトくんがいないと」


「……だな」


 平然とした振りで返すつもりが、つい口数が少なくなった。シー程じゃあないが、冗談は余り得意じゃない。 


 ハンバーガーを食べているシーは俺とキイに一瞥を向けると、コーラを流し込んで口を開く。


「今日行ってみてもいいよ。調べ物が終わってからになるから夜になるけれど」


 キイは手を振って苦笑した。


「いやいやシーちゃんは悪いよ。この辺が地元だからここからモトくんって遠いし。私がバイト終わったら行こうかなって思ってるけれど」


 確かにモトとキイは最寄駅が同じだが、家まで近いという訳では無い。


「それでもバイト終わりじゃ遅くなるだろ。改めて明日にするか、俺が行こうか?」


「もうユウくんまで。ユウくんだって近いって訳じゃ……。あれ? ユウくんって家どこだったっけ」


 つい吹き出す。


「何を根拠に遠慮しようとしてたんだよ。風邪で寝てるだけかもしれねえし、そう焦らなくてもいいと思うぜ。バイト終わるの二十二時だろ? そうだな、二十時まで待って返事来なかったら、俺がモトん行ってみるよ。もしそれまでに連絡あったらお前とシーに知らせる。お前らも、もしモトから連絡あったら教えてくれ」


「そのいつまでも経っても買い替える気無いオンボロスマホに?」


 キイは幾分元気を取り戻した笑顔で言うと、俺のスマホを指した。対するキイのスマホは最新型って訳では無いが、ここ二、三年以内に発売されたものだろう洗練されたデザインをしていて、ただでさえ年季の入っている俺のスマホに並ばれるともう新型機と旧型機と言うより、文明の利器と化石ってぐらい懸け離れて見える。


 キイは身を乗り出すと不思議そうに俺のスマホを見た。


「よく動くよねえいつ対応されなくなってもおかしくないぐらい古い型なのに。ボディめっちゃ分厚いのに画面は小っちゃいし。もう動かないアプリとかあるでしょ普通に?」


 俺は得意げになってスマホを取ると顔の横で振ってみせる。


「残念。まだまだ現役だ」


「ウッソォ絶対使えないやつあるって。私見た事無いよそんな古いスマホ。ホームボタンとかあるし。絶対発売から十年は経ってるね」


「どうだろうな。まあお下がりだからそんなもんだとは思うぜ」


「お下がりぃ? 誰の? ユウくん兄弟いたっけ?」


「キイ。何時ぐらいの電車に乗るの? バイト先って家の近くだから、一時間ぐらいかかるよね?」


 黙々と食べていたシーが不意に言い、キイはスマホを手にすると時間を確かめた。


「んー……。もうこんな時間。あと一時間後のやつ乗るよ。二人はおきつね様と軽音部の幽霊、どうやって調べるの?」


 俺は顎に手をやる。


「そうだな……。軽音部の幽霊の噂については、部員にメッセ送ればすぐに情報集まると思うぜ。おきつね様は……」


 シーが俺の言葉を継ぐように切り出した。


「図書館の郷土資料を漁ってみる。もしこの辺の土着信仰だったら何か引っかかる筈」


 おお、流石は図書室の大凡の本を読破した読書家。


 キイは感心して目を丸くする。


「成る程その手が。足立の家はどの辺か守谷ちゃんにいてみよっか。足立の地元での噂かもしれないし。いや、家は別に近くないけど、私と最寄り駅一緒だって前守谷ちゃん言ってたかな……?」


「キイからメッセ送ってみてくれる? 私にはコンビニで別れてから何も来てないから、キイとなら話しやすい気分なのかも」


 キイはすぐさまスマホを操作し出した。


「おっけ。あーでも、今から図書館は往復だけで電車の時間になっちゃうし、私は一緒に行けないかな……。何か今の内に、私に出来る事ある?」


「お前の友達にも軽音部の幽霊の噂についていてみてくれねえか? 部員じゃ知らない話もあるかもしれねえし」


「分かった。まあでも返事来るまでやっぱ暇だけれど……」


 キイは歯痒そうに言いながら操作を終えると、ハンバーガーを齧ろうとした手を止めて立ち上がる。


「そうだ! モトくんが元気になった時のお祝いの為に、何かプレゼント買いに行こう!」


 勢いよく立ち上がったものだからひっくり返りそうになったキイのトレイを咄嗟に支えていた俺は目を丸くした。


「今からか?」


「そうだよ! 私がバイトに遅れないよう一時間以内で! ほら二人とも早く食べて食べて! 電車は待ってくれないよ!」



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