目覚めたクレマンス

その後、クレマンスは目覚めることなく、虚しく時間だけが過ぎていった。国民のほとんどが、その胸を痛め、クレマンスに同情し、王族の悲しみを傷んだ。


マティスは、ひたすら、毎日、毎日、眠り続けるクレマンスの手を握りしめ、涙を流し、覚醒を待った。


きっと、きっと、クレマンスならば、諦めはしない。この国に繁栄をもたらす為、子孫を残す、それだけが国の繁栄ではない、と確信したクレマンスが出すを、ひたすら待ち続けた。





そして、時は流れ――……。



―クレマンス三十一歳の誕生日―


「ロワイヨーム・ソルシエール」には、長い、長い、年月が流れていた。国民の大体が、クレマンスの事を、忘れかけていた時だった。中には、クレマンスは死んだ、と聴いたと吹くものまで現れた。段々、クレマンスの居場所が、失われてゆく。


だが、マティスとマティルドゥとリュカは違った。年月をかけても、どんなに時間がかかっても、クレマンスが、頭の中でこの国に繁栄をもたらす何かを見つけてくれる。そう、信じていた。


そして、クレマンスの部屋で、マティスとマティルドゥ、そしてリュカが、クレマンスの誕生日を祝う為、無理矢理作った笑顔と、わざとらしい花々で華やかに大いに部屋を飾り、喉を通らない食事を口に運んでいた。



――……と、その時だった。


「『リ…スヴェ…ジリオ』」


「「「!!??」」」


本当に本当に、小さな声ではあったが、その声は、間違いなく、クレマンスの声だった。


「「「クレマンス!!」」」


ナイフとフォークが宙を飛ぶ。慌てて三人はクレマンスが横たわるベッドに駆け寄った。


「リュカ! 今のは、なんという魔法だ!?」


「『覚醒』の魔法に相違ありません!!」




そう。とうとう、この日、クレマンスが覚醒し、目を覚ましたのだ。


「……マティス……、マティルドゥ様……、リュカ様……、お久しゅうございます……」


「クレマンス……」


マティスの瞳からは、ボロボロと涙が滝のように流れた。


「泣かないでください。マティス。私は……眠りながら、ずっと……ずーっと、考えておりました……。この王国の為に、子を残せないわたくしに、一体、何が出来るのか……と……」


「良いのだ……少し、休みなさい。俺は、ここにこうして、今夜は一晩中、クレマンスの手を握ろう」


「ふふふ……。嘘はいけません……、マティス。貴方は、この数年、ずーっと手を握っていてくれていたではありませんか」


「……知っていたのか?」


「いいえ。わかるのです。マティスの温かい手が、毎晩毎晩、一晩中、わたくしの手を温めてくださっていた事が……」


「クレマンス……」


「マティルドゥ様……。長い間、答えを中々生み出せず、申し訳ございませんでした……。ですが、わたくしは、やっと、見つける事が出来ました……。この王国に、子を宿す以外、わたくしに何が出来るのか……が」


「申しなさい」


「はい。……わたくしは……『魔法使博士』になろうと思います」


「「「『魔法使い博士』?」」」


三人は、思わず同じ言葉を口にした。


そして、クレマンスは、何年も眠っていたとは思えない、そして、絶望の淵に立たされたとは思えない、満面の笑みで、そういったのだ。


一番に口を開いたのは、マティルドゥだった。


「『魔法博士』とは違うのですか?」


「はい。『魔法博士』は、魔法を覚えさせるだけ。それを実際に使った事のあるものはいません。勿論、授業以外で、ですが」


「それと、何が違うのだ?」


今度、口を開いたのは、マティスだ。


「私は、この国の国民、全てに、魔法使いになってもらおう、と考えているのです」


「……しかし、クレマンス、『魔法博士』になるだけでも、相当な学力と才が無ければ……」


リュカが、顔を曇らせる。


「思ったのでございます。リュカ様。この王国が、侵攻、侵略、戦争などになった際、国民すべてが魔法使いならば、この国は、絶体、滅びる事はないでしょう。それを、継承し、国を守ってゆく事、それが、わたくしに出来る、国の繁栄、栄光に繋がる、唯一の事ではないか、と」


「とはいえ、実際、どう教養をどう身に着けさせると言うのだ?」


「わたくしは、三歳の時から、もう、七つの魔法を教えるべきかと」


「な! それは無理だ! クレマンス! あのような高度な魔法、幼き子供が操れるとは到底思えん。それに、遊びでその魔法を使い、誰かを傷つけたりしたらどうなる!? 罪を犯さない、という保証は何処にもない。この国にも、勿論、犯罪者はいるのだからな」


「犯罪者にしないためでございます。リュカ様。わたくしとて、その事は数年間、眠りの中、考えに考えた結果、出した答えなのです」


「……とにかく、詳しく説明しなさい。クレマンス」


マティルドゥが、優しく、その案を、クレマンスに問うた。


「はい。マティルドゥ様。まず、三歳になったら、七つの魔法を教えます。そして、自分で、『コーレ・プーロ』をかけられるように、教育するのです」


「そんな事が可能なのか!?」


リュカが、目を丸くして、信じがたい、という顔でクレマンスに尋ねた。


「それを可能にするのが、『魔法使い博士』なのです。そこに加え、『パッフェ』と言う魔法を生み出そうと思っています」


「『パッフェ』? それは、一体どんな魔法で、一体どんな可能性と効果があるのだ?」


「それを覚え、使うにあたり、もう一つ、国民全員に必ず習得していただくべき魔法がございます。それが、『エレディタ』です。『パッフェ・エレディタ』、これは、『完全な継承』の魔法です。わたくしが、マティスから、マティスの中に流れる血を、この国の民に、『魔法使い』として、受け継がせるのです」


「しかし、そう簡単には……」


リュカも、マティスも、マティルドゥも、どこか不安げだ。


それでも、眠りの中で、ずっと、鬱の状態のクレマンスが、考えて、考えて、やっと、出した、自分が生きる価値だ。この国にいる、価値なのだ――……。

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