#033 親の心子知らず
あれからパソコンを持ち帰り、お詫びと言うほどでは無いが委員長から電話があって、菊本家やウイお姉さんについて軽く事情を教えてくれた。
その話によると、貧乏ではあるが悲観的な状態ではないとの事。とくにお姉さんが成人してからは、お酒を提供するお店(たぶんアレだとは思うが追及はしなかった)で働き始めたこともあり家に入るお金も増え、安定しているそうだ。大らかな性格で、大学も中退してしまったが…………それでも悪人では無いし、家にもお金を入れてくれている。そういう部分は委員長も感謝しているし、尊敬もしているそうだ。
お姉さんのような性格の人を軽蔑する人は多い。もちろん"良い事"ではないのだろうが『本人が良いと思っていて、周囲に迷惑をかけていないなら個性であり、自由の範疇だ』と思う。
「しかし、よくここまで……」
それはさておき、僕はミッチリ埃のつまったパソコンを見て、軽く現実逃避していた。このパソコンはもちろん、回収したお姉さんのもの。タバコのヤニや油汚れがついていないのは救いだが、それにしたってここまで放置すれば壊れるのも当然だ。
「こういうのって、分からないものなんだよな。機械モノが得意じゃない人は……」
玄関でパソコンを大まかに分解し、100円のミニ箒と掃除機で次々と埃を吸い取っていく。簡単そうに見える作業だが、高速で回転するファンに絡みついた埃や、分解できない(できればしたくない)隙間に入り込んだ埃は、なかなかどうして厄介だ。
「――――ピロンピロン、ピロンピロン―――― あぁ、部長か」
部長から連絡が来た。僕はすかさずWi-Fiの受信状況を確認したうえでスピーカーモードで通話する。
『やっほ~、たっ君、パソコン、受け取ったんだって?』
「あぁ、はい。今、ざっくり中を掃除し終わったところです」
状況はすでに伝わっていたようだ。妹さんの事もあるし、できるだけ早く状況を確認して、改造プランを組まなくては。
ひとまず掃除は切り上げ、パソコンを部屋に運び込む。
『それでさ~、ママが、たっ君をまた連れて来いって。いつのまにママを口説いの?』
「え? いや、そんな事は……」
『あはは、冗談だよ。ママ、男の子も欲しかったみたいで…………たっ君が息子になってくれたらな~って言うの』
「はぁ……」
そういえば『男は会話に結論を、女は会話に同調を求める生き物だ』と聞いた事がある。この会話も意味や結論が必要なのではなく、話自体が目的で、ようするに『会話が弾めばそれでいい』のだろう。
まぁ、それが分かったところで模範解答はまったく思いつかないが。
『あぁ…………うん。神楽が、パソコンのこと、気になるみたい』
「えっと、今のところは最低限の交換だけでいけそうです。出来れば保険で、交換したいところはありますけど」
今のところハード面で目立った破損は無いので、流用予定だったパーツはフルで使えるだろう。しかしながら性能に直結しない、あるいは緊急性がなくとも念のため交換しておきたいパーツはいくつかある。たとえば壊れると連鎖的に不具合を起こす電源、あとは(BTOなのでマシではあるが)拡張性に難があるので、そのあたりも改善したい。
『液タブだっけ? やっぱり欲しいみたいで、どうなんだろうね??』
「まぁ、そのへんは安物で我慢してもらうしか。性能はアレですけど、入門モデルとしては"アリ"だと思いますよ」
パソコンで一番お金のかかる(性能に直結する)パーツはグラフィックボードであり、イラストだけなら(2Dの静止画なので)比較的安物でもいける。(そもそも高価なグラフィックボードは拡張性の問題で搭載できない)しかし高価なモニターやタブレットも、こだわるとすぐに数十万クラスに突入してしまうので、やはり妥協は必要だ。
『あぁ、あと何だっけ? Webカメラとか会議するヤツもあったほうが良いんじゃないかって』
「それはまぁ、スマホとリンクー(通話アプリ)で事足りる気もしますが」
『ひとりで作業するとダラけちゃって身にならないだろうって、パパがさ』
女性の考えはわからない事ばかりだが、父親の考えならなんとなく予測できる。買うからには活用してほしいし、成果もあげてほしい。おまけに"同性の"友達と仲良くやっていけたら、なお安心だ。
「なるほど、それならそっちも調べておきますね。あぁ、あと…………委員長を紹介したり、"2人で"ってところを強調すると良いと思いますよ。間違っても、僕は出さないように」
『えっ?? まぁ、たっ君がそういうのなら』
その後、僕のアドバイスが功を奏した…………のかは知らないが、予想よりも多めに予算がおり、委員長と妹さんのパソコンは、ひとまず問題無い性能のものが用意できることとなった。
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