#032 初②

「まぁ、狭いし汚い家だけど、あがっていって」

「その、お邪魔します」


 やってきたのは委員長の自宅。なのだが…………失礼な話、ボロい。一言で言えば貧乏なのだろう。一応二階建て一軒家だが、格安の借家か訳アリ物件か、明らかに耐震基準を満たしていない昭和感漂うトタンだっけ? 今時なかなか見ない鉄板性の壁に覆われた家だった。


「その、このことは……」

「別に隠す事じゃないと思うけど…………言いふらしたりとかはしないよ」


 小さい頃にバカにされたとかはありそうだけど、貧乏をバカにする趣味は無いし、家庭の事情にも興味はない。虐待とか、犯罪チックな話でなければ。


「まぁ、見ての通り貧乏だけど、今は落ち着いているから心配しなくていいよ」

「その、顔に出ていましたか?」

「純君、見るからにお人好しっぽいからね」

「そんな」


 一時は浮ついたダラしない人に見えたお姉さんだが、今はなんだか『貧乏だけど明るく元気な肝っ玉母ちゃん』に見えてきた。


「ホントに、心配されるような事は無いから。(家の)見た目はこんなだけど」

「そう言えばお姉さん、大学にも行っていたんですよね」

「あはは、結局、肌に合わなくて中退しちゃったけどね」

「「…………」」


 本気で経済的に行き詰っているのなら大学やパソコンは買えないはず。適当な予想だが、障害や母子家庭かなにかで生活保護を受けているのだろう。たしか生活保護は、車を持てないとか住む場所に制限があったはずだ。


「私の部屋はこっちだから……」

「ちょ! 姉さん、パソコンは自分で持ってきてよ」

「えぇ~、でも、配線とか、よくわからないし~」

「ぐぬぬ……」

「もしかして、同じ部屋……」

「うるさい!」

「す、すいません」


 なんで謝っているのか分からないが、これ以上の詮索はやめ、2階へと案内される。


「それで、コレなんだけど、まだ使えそう?」

「どうでしょう。少なくとも生きている部品はあると思うので…………その、最初についていた付属品とかって」

「あぁ、全部捨てちゃった」

「ですよね~」


 ちなみに部屋は、過度な装飾こそないものの女の子の部屋なのがよく分かる。畳張りの部屋にはロフトベッド(二段ベッドの一段目が収納やデスクになっているもの)が左右に配置され…………使用者の性格を雄弁に語りかけてくる。


「やっぱり箱とか無いと、価値が下がっちゃうのかな?」

「それは大丈夫ですけど…………まぁ、BTOなら付属品は期待できないか」

「「????」」


 せっかく電源が繋がっているので、軽くパソコンの状態を確認する。基本的に国産メーカーのパソコンは、リカバリーディスクなどの重要な付属品がついているものだが…………ショップが販売しているBTOパソコンは市販品の組み合わせで、そもそもOS(のインストールディスク)やリカバリーディスクが付属していないパターンも多い。


 つまり自分で『バックアップをとって、もしもの時はそこから復旧してください』ってスタイルなのだ。そしてこの様子だと、バックアップはとっていないだろうし、ショップのサポート期限も切れているはずだ。


「ん~、動いてはいるけど…………OSは起きないか」

「何回かに1回は動いてくれるんだけど、どんどん成功率が落ちちゃって」

「それならOSデータの破損が濃厚ですね。たぶん、機械的には結構無事なはずです」

「そうなの?」


 パソコンはOSの起動前の段階で止まってしまう。いちおう、接続パーツは認識しているので、まず間違いなくソフト的な破損だろう。


「まぁ、幾つか交換は必要ですけど、ひとまず主要部分は無事っぽいです」

「それならいいんだけど。神楽ちゃんに渡すものだし、その、お願いね」

「あぁ、うん」


 救いというか、嬉しい点は幾つかあった。まずは(スペック的には低いが)比較的新しいモデルなので現行生産されているパーツがけっこう使えるところ。あとは内部的な拡張性も高そうなので、ケースやUSBポートなどの増設も省けそうだ。


「そろそろ終わりそう?」

「あぁ、はい。だいたい見終わったので、もう大丈夫です」

「それなら……」

「って! 何しているの!!」


 片付けに入ったタイミングで、お姉さんがすかさず上着を脱ぎはじめ、それを委員長が慌てて止める。


「いや、お礼くらいはしないと。まさか操、純君にタダで全部やってもらうつもりじゃないわよね?」

「いや、それは…………って! だから脱ぐな!!」


 まぁ実際、業者に頼んだら余裕で数万の仕事量だけど…………クラスメイトの手前、ここでお姉さんのお世話になるのは避けたい。


「えっと、ウイお姉さん。今ここでそういう事をしてしまうと、僕の学生生活が終わってしまうので…………出来ればまたの機会にお願いしたいのですが」

「え~~。まぁ、純君がそこまで言うのなら」

「またの機会って何よ! 未来永劫、絶対にダメなんだからね!!」




 その後は委員長の怒号を背に、なかば追い出されるかたちでパソコンを持ち帰ることとなった。

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