第9話 実直ちゃんがサキュバスである根拠

 疑問。

 矢走さんってサキュバスっぽくないのでは?


 だってサキュバスは悪魔。忌み嫌われる存在。夜な夜な男のベッドにもぐりこみ、同意もなしに性行為に及び、一説には命まで奪うと言われている。


 明確な合意がないと肌が触れ合うことすら自重しそうな喜律さんとは正反対の存在じゃないか?


 そんな率直な疑問を投げかけると、なんと本人も同意する。


「おっしゃる通り。私もそう思います」

「自分で言うんだ……」

「たしかに私はサキュバスですけど、伝承上の夢魔のように男性に対するいかがわしい行為を望んでいるわけではありませんので」

「そうなのか?」

「もちろんですとも。私は極めて健全な精神の持ち主。本人の同意なしに男女のゴニョゴニョといいましょうか……生命の神秘に関する重大儀式といいましょうか……とにかく! ……を行うわけがありません!」

「主語が抜け落ちるほど苦手なんだね。その類の話」


 すげえ初心な反応。顔も真っ赤になってるし。

 高校生にもなって情事から目を逸らすなんて淫魔どころか一般的高校生よりもピュアピュア星人じゃないか。


「しかしお母さんに言われたのです。あなたはサキュバスの精神を持っていると」

「母親に?」


 喜律さんはうなずくと、そのいきさつを長々と語ってくれた。


「今でもはっきり覚えています。小学生のとき、習い事のバレーボールの大会でのこと。その日、私はケガでベンチに入っていたのですが、キャプテンである私を欠いたチームは劣勢に立たされてしまいます。ミスが続き、気落ちしてしまい、またミスが出る。負のスパイラル。気づけば大差のマッチポイント。このままではいけない。責任を感じた私は監督に『出させてください!』とジカソしたのです」


 ジカソは初めて聞いた。そこはチョクソだろ。


「そしてコートに立った私はチームメイトに声を掛けました。絶対にあきらめてはならない、どんな逆境でも乗り越えられる、と。言葉だけではありません。どんなボールにもしぶとく食らいつく姿勢。ベストプレーの連発。気づけばチームは一体感を取り戻し、大逆襲。こうして奇跡の逆転勝利を収めたのです。あまり自画自賛はよくありませんが、この日ばかりは面目焼くぞの活躍でした」

「焼くな」

「その日の帰りでのことでした。お母さんに『あなたはサキュバスの精神を持っている』と告げられたのは」

「本当に唐突だな……」


 関連性がよくわからない。なぜ自分の娘が活躍した日にそんなことを言ったのだろう。


「軽い冗談だったんじゃないの?」

「それはないと思います。お母さんは私が最も尊敬する人物。人を騙して笑うような人ではありません」


 まあ喜律さんを生んだ人だしな。納得。


「というわけで、私がサキュバスであることに間違いないのです」


 自覚はないけど生みの親に言われたからには受け入れざるを得ないと。


「本当は誰にも言いたくなかったのですが、万が一私の内なるサキュバスの精神が暴走した時、真っ先に被害を受けるのは付き合っている男性の方。ですので成仁さんに黙ったままというのは納得がいきませんでしたので、昨日告白させていただいた次第です」


 そういう律儀なところも実に喜律さんらしい。


「もし恐怖心を抱いてしまい、私とは一緒にいたくないという場合は申し出てください。一か月デートの契約はなかったことにしますので」

「いやいや! 大丈夫。むしろ喜律さんに襲われて死ぬなら本望だから」

「それはダメです! 行為を強要するだけでも著しく品位に欠けるというのに、命を奪うまでに継続的な搾取を行うなどコンゴ横断!」

「コンゴ民主共和国は広いぞー」

「もし私が正気を失って成仁さんを襲うようなことがあれば、遠慮なく反撃してください。正当防衛ですので。ぜひよろしくお願いします!」

「わ、わかったよ。絶対何とかする」


 両手を握られ、頷くしかなかった。


「それよりも。本題はここからなんだ」


 長話が過ぎた。そろそろ土志田さんの話題に移らないと昼休みが終わってしまう。


「土志田千子さんって知ってる? クラスメイトの」

「はい! 当然ですとも!」


 返事はハキハキと、という幼少期の教えを忠実に守っているのは喜律さんだけだと思う。


「彼女は存在感がありますからね。いや、一見すると日陰に同化してしまいそうな暗いオーラを放っていますけど、美人さんですしスタイルもいいですし、何より良い意味で変人っぽさが際立っています。まだお話したことはないのですが、せっかく同じクラスになったのですから、近いうちに仲良くなりたいと思っています。普通じゃない人の世界感というのは人生において偉大な知見になりうるので」

「まるで自分が変人じゃないみたいな」

「?」


 サキュバスも変人も自覚なし、と。


「で、その土志田さんがどうしましたか?」

「実は……」


 俺は今朝の一件をすべて話した。

 土志田さんがエクソシストだということ、俺がサキュバスの餌であること、そして喜律さんの命が狙われていること。

 すべてを聞き終えた喜律さんはというと……、


「……あわ、あわわわ」


 栗色の髪を真っ白にして唇を震わせていた。

 ああ。可愛そうなサキュバス。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る