第8話 『サキュバス鑑定士』強面の俺に寄ってくる女子はサキュバスしかいない……らしい


「さて。情報の提供は以上だ」


 話に一区切りつけた土志田さん。ふうと息をつく。


「さて、ここからは協力の要請に移ろうと思う」


 協力。土志田さんが今一番知りたい情報。

 俺が付き合っている人物の名前。


「教えてくれるだろ?」

「…………」


 もちろん教える気はない。矢走さんの首に縄をかけるようなマネをするわけがない。


 しかしどうする。まさかこの流れで「いや実は彼女いないんだよねー」とシラを切るのか。そんなことしたら穴という穴に十字架を突っ込まれそう。


 ここはうまいこと誤魔化すしかない。


「ちょっと待てよ。サキュバスが俺にアプローチしてくるのはわかったけど、だからって付き合ってる人がサキュバスとは限らないんじゃないか? 奇跡的に俺のことを好きになってくれた普通の子かもしれないだろ。断定はできないはずだ」


 脳みそを振り絞った結果出てきた言い訳。

 サキュバスは俺を狙う。しかし人間の女子だって俺を狙う可能性がある。ゆえに『俺の彼女=サキュバス』という結論は早計だ。


 が。


「いやいや。それはない」


 半笑いで即否定された。


「だって君、めちゃくちゃ顔怖いじゃないか」

「うっ」

「普通の人なら声をかけることすら躊躇うレベルなのに、どうして好意を寄せる女子がいると思うのかね。荒野のような顔面とは真逆に頭の中はお花畑か? 斬新なギャップ萌えか?」

「うう……」


 悔しいけど正論すぎる。任侠映画のドンみたいな顔の男に誰が恋するものか。これまでの人生を振り返れば明白だ。

 落ち込む俺とは対照的に土志田さんは嬉しそうに声を弾ませる。


「だから君は便利なんだよ。普通の女子には見向きもされないのに、サキュバスだけは涎を垂らして寄ってくる。まさにヒヨコ鑑定士ならぬサキュバス鑑定士だ!」

「なんて不名誉な称号……」

「さあもういいだろ? 彼女さんの名前を言うんだ。大丈夫。誰かに言いふらしたりはしないよ」


 有無を言わさぬ眼力。底なし沼のような黒い瞳が俺の視線を掴んで離さない。

 黙秘権を行使するもジリ貧。「さあ! さあ!」前のめりになる土志田さん。のけぞる俺。


 もうダメだ! これ以上は耐えられない!


「あ! 窓の外に空飛ぶサキュバスが!」

「なんだって? ついに姿を見せたな淫乱悪魔! そのたわわな胸が平らになるまでハンマーで叩き潰したのちにうつ伏せにさせて肋骨が地面に当たる虚無感を存分に味合わせてやる……って、いないじゃないか。見間違いかね番条君……あれ? 番条君?」


 ふう。土志田さんって意外とチョロいんだな。

 それよりも、この情報をはやく矢走さんに知らせないとな。

 トイレの個室に逃げ込んだ俺は危機感を募らせた。







 その日の昼休み。


 俺は矢走さんを連れて屋上にやってきた。


「よし。誰もいないな」


 無人であることを確認してから足を踏み入れる。

 矢走さんとの関係を第三者に知られるわけにはいかない。言伝で土志田さんの耳に入ったら矢走さんが祓われてしまうからな。ここに来るまでもあえて距離をあけて歩いたし。細心の注意を払っている。


「いい天気ですねー」


 後方を歩いていた矢走さんが時間差で入ってきた。小さな体を弾ませて俺のそばまで近寄ると、グッと伸ばして呑気に青空を見上げている。

 こうして当たり前のように矢走さんを呼び出せる関係になったんだと思うと感慨深いなあ。


「それで、どうしてわざわざ屋上に?」


 くるっと振り返って俺の目をまっすぐと見つめてくる。動作のたびに跳ねるショートの髪から女子特有の優しい香りが漂ってきて、思わず口元が綻んでしまう――

 ――って、惚気ている場合じゃない。今は緊急事態なんだから。


 真剣な眼差しを作って向き合う。


「ちょっとした理由があって矢走さんと二人きりで話したくて」

「喜律でいいですよ。仮とはいえ付き合っているわけですから」

「じゃ、じゃあ喜律さん。最初に聞きたいことがあるんだ。昨日の別れ際の『私はサキュバスです』っていうのは事実なのか?」


 本題の前に再確認。ここで「なんのことですか?」と首をひねってくれたらすべて終わる話なんだけど。


 しかし喜律さんは眉をハの字にして「……その話ですか」と暗い声。続けて、


「はい。そうです。私は正真正銘サキュバスです」


 はっきりと言い切った。


「いきなりこのようなファンタジーの話を持ち出されたら困惑してしまうでしょう。疑う気持ちは十分に理解できます。しかし嘘偽りない真実なのです。信じてもらえないかもしれませんが、物的証拠が提示できない以上、こうして名乗るしかないのです。不束なサキュバスで申し訳ない」

「頭を下げなくても大丈夫だから。信じるよ」


 清々しいほどの真摯な対応はいかにも喜律さんらしい。


 彼女の誠実な言葉を聞いてスッキリした。これでもう疑う余地はない。実は土志田さんの話を訊いた時点ではまだかすかに猜疑心が残っていたけど、完全に取り払われた。

 喜律さんが言うのだから間違いない。彼女は正真正銘サキュバスなんだ。


 だからといって別れようなどとは思わない。だってなにも変わらないじゃないか。たとえサキュバスだったとしても喜律さんは喜律さん。明るくて優しくて誠実な、俺の天使なんだから。


 そう天使のよう。


 ……。


 ……あれ? 喜律さんってサキュバスっぽくなくない?

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