第10話 エクソシストに狙われている。それでも俺たちは仮デートを続ける。

 エクソシストの土志田さんがサキュバスを探していることを知らせると、矢走さんは顔を真っ青にして、


「ど、どうしましょう! 私、祓われてしまいます」

「落ち着いて。まだ特定されたわけじゃないから」

「しかし聞いた限りですと成仁さんに近寄ってくる女子を徹底的にマークしているそうじゃないですか。一か月限定デートをしていると必然的に疑われてしまいます。私は嘘をつくのが大変へたくそですから、問い詰められたらすべてを白状してしまうでしょう」

「最悪な状況だよな……」


 付き合うか否かを決める重要なデートが始まったばかりだというのに、土志田さんにバレたらすべてが終わる。


 さてどうするべきか。

 ふたりして難しい顔で腕を組む。


 春の緩やかな風の音さえも聞こえてきそうな沈黙のなかで、俺は神を恨んだ。


 なんで俺ばっかりこんな不幸な目に遭うんだ。顔のせいでつらかった中学時代を抜け出し、ようやくまともな高校生活を手にして、さらに喜律さんと恋人(仮)になることができた。初めて訪れた幸せの絶頂期じゃないか。


 それがどうして彼女がサキュバスで、しかもエクソシストが同級生にいるんだよ。嫌がらせにもほどがあるだろ。神様は俺に恨みでもあるのか? ふざけるな! ふつうの恋愛させろよ!


 ……なんて愚痴っても空しいだけ。

 それよりも考えなければならないのは、最愛の彼女の命。


 だから、嫌だけど、苦肉の策を提案するしかない。本当は最初から思いついていたんだけど、ぎりぎりまで言い出せなかった。言い出したくなかった。


 俺はうつむいて、重苦しく口を開く。


「……告白、取り消してもいいかな」

「え?」

「要は俺と一緒にいなければ疑われないんだろ。だったら簡単な話だ。付き合うのをやめてしまえばいい」


 昨日俺は喜律さんを屋上に呼び出さなかったし、気持ちを伝えることもなかった。何もなかった。


「明日からはただのクラスメイトだ。そうすれば安全は保障される」


 喜律さんは一瞬言葉に詰まってから、熱っぽく語る。


「しかし好きな人に好を伝えるという行為は並大抵ではない勇気が必要だと認識しています。もし断られたらもう二度と好意を抱くことが許されない、それどころか二度と会話できないかもしれない。そんな覚悟を決めて私に告白してくれました。にもかかわらず、それを無かったことにするというのはあまりに殺生。許されません」

「でもそれ以外に道はない」

「そうだ! 土志田さんにすべてを打ち明けるというのはどうでしょう? 私が無害なサキュバスだと知ってくれれば矛をおさめてくれるやもしれません」

「無理だと思う。土志田さんはサキュバスに私怨があるみたいだし」


 主に体型面で。


「ならばデートを延期しましょう。釣り堀が冷めるまで」

「ほとぼりのことを言ってるんだろうけど、それっていつ? 土志田さんは卒業するまで同じ校舎にいるんだぞ」

「卒業まで待てばいいのです」

「ダメだ。二年は長すぎる」


 なんて否定したけど、俺自身はたかが二年くらい待ってもいいと思っているけどね。喜律さんのためなら二年どころか二十年だって待てる。


 それでも首を縦に振れなかったのは、俺のせいで喜律さんの貴重な青春をドブに捨てることになると思うと、どうしても納得できなかったから。


 喜律さんは提案を二度棄却され「ぐぬぬ……」と唸ったあと、最後の提案を口にする。


「ならばならば。デートを隠れてするというのはどうでしょう」

「隠れて?」

「隠密デートです。誰にも悟られぬよう他人を装いながらこっそりとお付き合いするのです」


 生徒と教師の禁断の恋みたいな感じか。教室では素っ気ないフリをして、人気のない場所に行くと「さっきは叱ってすまなかった」「だったら慰めてよ」「しょうがないなあ」みたいなエロ漫画的展開。

 たしかにそれなら俺の想いと彼女の命を両立できるかもしれない。


「でもバレたら終わりなんだぞ? いいのか?」

「はい! 成仁さんが魂のかけた告白をしてくれたのですから! 我が命をもって応えますとも!」


 胸に手を置いて決意表明。戦地の赴く兵士のような志だ。


「喜律さん……」


 あの喜律さんが俺のために命を貼ってくれるなんて……涙出てきた。

 ここまで覚悟を見せられて怖気づいたら男が廃る。

 このピンチ、ともに乗り越えようではないか!


「わかった! 頑張ろう喜律さん!」「もちろんです! 成仁さん!」


 えいえいおー。天に拳を突き上げた。

 背後から低い声がしたのは、ちょうどその時だった。


「ずいぶんと楽しそうだね。番条君」

 ピタリと時が止まった。時間停止ものは九十九パーセントウソだと思っていたけど、ち少しだけ信じたくなるくらいには時が止まった。というか止まってほしかった。そうすれば彼女の脇を通り抜けて逃げ出せたのに。


 ギギギ。ロボットのように振り返る。


「こんなところで会うなんて奇遇だね」


 黒い髪を風になびかせて屋上の出入り口に佇んでいる彼女。もう午後だというのに寝起きのように血色が悪い彼女。制服の上に黒パーカーを羽織った彼女。


 この場に最も来てほしくない人物、土志田千子だった。

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