[10] 祝宴

 仕事が一段落したので飲み会、カッコつけて言えば立食パーティーを開く。面子は新聖女が中心でそれから何かと手伝ってもらった2人、義弟(予定)ダレルと私専属秘書官(永続希望)イーディス。

 私から見れば全員知ってる相手だが、それぞれの関係は親戚あるいは長年の友人だったり、まったく初対面だったり濃淡様々。そういうわけで顔合わせも兼ねている。

 これからいっしょに働くことになるわけだし、できれば円滑にコミュニケーションをとれる状態を作っておきたい。といってもこれは『勝手にそうなってたらいいな』ぐらいのぼんやりした目標であって、がっちがちに考えてそのためだけに動いているわけではない。

 ざっと見渡したところ特に問題はない様子。個人的には数か月ぶりに会った相手もいて、のんびり話でもできればいいぐらいの考え。


「なんでわざわざここを会場にしたの」

 すみっこでぼけっと突っ立ってたら話しかけてきたのはフローラ。例によって例のごとく猫背でじとっとした目をこちらに向けてくる。

「だってここでやんないとあんた参加しないでしょ」

 こことはどこか? フローラの職場であり生活スペースでもある薬草園である。

 彼女を無理矢理引っ張り出すためこの場所を選んだのは確かだが、適度な広さの空間があってこの季節なら色とりどりの草花が並んでおり、パーティーを開くのになかなかいい場所だ。


 フローラは私の答えに口をへの字に曲げて、あからさまにいやそうな顔をしている。

「それはそうだけど……聖女様性格が悪い」

「いや私だけじゃなくて、あんたもここにいる人だいたいが聖女でしょうが」

「あーじゃあなんて呼べば」

「昔の呼び方に戻したら」

「……なんて名前だったっけ」

「親友の名前を忘れるな」

「冗談、今思い出した、アデラ」

 忘れてたんじゃねえか、まあいいけど。


「こんにちは。本日は素敵なパーティーにお招きいただきありがとうございます」

 会話が途切れたところで口を挟んできたのはグロリア。先々代聖女のエイダ様のお孫さんで、ついでにイーディスのいとこにあたる子。振る舞いがお嬢様然としてひとつひとつの所作が綺麗。聖魔術の方も基礎がしっかりしており時間をかけて仕事を丁寧にやってくれる。

 なんでこのタイミングで話しかけてきたんだろうと思ったが、彼女がフローラに視線を送っていることに気づいた。あーそうか。彼女らは初対面だ。両方とも知り合いの私に紹介してくれということだろう。

「こっちはイーディスのいとこで解析得意。こっちは私の友人で薬草園の管理まかせてる」

 正式な場じゃないことだし簡単にざっくり橋渡しする。


 グロリアが優雅に礼をするのに対し、フローラは首だけ動かして会釈を返した。どちらもそれなりの家の生まれでそれなりの教育を受けてるはずなんだけど、どうしてこうも違ってくるのか不思議。

 フローラが人見知り発動して固くなってるところもあるが、いつもはちょいましだ。あとは若いお二人で、なんて年寄りじみたことを考えながら、その場から離れようとしたところでがっと腕をつかまれた。

「待て、投げ出すな、最後までちゃんと面倒みろ」

 追いすがるフローラを振り払って私は別の人のところに歩き出す。グロリアに任せとけば問題ない、多分。


「全体の進捗は」

「40%といったところでしょうか。些末な問題はいくつかあがっていますが、現時点では致命的な問題は報告されていません」

「わかった。この調子ですすめていこう」

「おおよそ形になってきたのであとは急ぐ必要はないですからね。時間をかけてのんびりやってけば」

「それはよかった。無理はさせられない」

 ダレルとイーディス、珍しい組み合わせで話している。

 チェルシーつながりか。その婚約者とその友人。


「パーティーなんだから仕事の話はやめなさーい」

 2人して真剣な顔をしているところに割って入る。

 おそらくもとはチェルシーもいて3人で話していたのだろうが、そのうちにダレルとイーディスが真面目な議論をはじめてつまらなくなったから、チェルシーはどっか別のところに行ったものと思われる。

「すみません。情報交換にちょうどいい機会だったので」

「イーディス、いつも私に働きすぎるなって言ってるくせにだめじゃん」

「そうですね、気をつけます」

 いつも通りに表情筋をほとんど動かさずに答える。パーティーだからぱーっと騒いでほしい、とまでは言わないが、もうちょいリラックスして日々の仕事のことを忘れて欲しいものだ。10分の1ぐらい仕事気分入ってる私もあんまり人のことは言えないけどね。


「……イーディスがアデラ姉の秘書官についてくれてほんとによかったよ」

 そんな様子を見ていたダレルはしみじみといった調子でつぶやいた。

「どういう意味かしら」

「ほどよくブレーキをかけてくれている。また無理して突っ走るんじゃないかと少し心配していたからね」

 さすがに私だって同じようなミスを二度もするわけが――いやうーんどうだろう?

 実は最近ちょっと仕事が楽しくなってきている。聖女が無事増員したおかげで、人と会ってゆっくり話す機会が増えたのがよかったのかもしれない。

 ただ楽しいとテンション上がって一気にぱぱっとやってしまいたくなる。私の今、主にやってる仕事は急がなくてもいいけど、早く終わったら終わったで構わないものだし。

 それを隣で見てていい具合にコントロールしてくれるイーディスはわりと、いやかなりありがたい存在だ。


「……いつもありがとうございます」

「いきなりどうしたんですか」

「いや伝えられる時に感謝の気持ちはきちんと伝えておこうと思って」

 私の言葉にイーディスは大きくため息をついてみせた。

「まだまだはじまったばかりです。仕事はたくさん残ってますよ」

「わかってる。これからもよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 多少酔いが回ってきているのだろうか、王子に見守られながら薬草園の真ん中で、出会って数年になる2人は、今さらながら固い握手を交わした。

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