[9] 未知

 馬車は止まる。目的地に着いた。

 まずい、ちょっと緊張してきた。イーディスに詳しい話聞かなきゃよかったかも。正直グロリアが私に対してどのような感情を抱いてるかわからない。といってここまで来て対面を避けるわけにもいかない。

 執事に案内された先、イーディスと並んでソファーに座っていたところ彼女は現れた。ウェーブのかかったブラウンの髪の少女はぴんと背筋を伸ばして現れると、私の前に来て静かに頭を下げた。

「ようこそお越しくださいました」

 それだけ告げて私たちの向かい側に腰を下ろす。それらの所作は堂々として威厳に満ちていてその祖母にあたる先々代聖女を想起させた。

 私はこれなら遠慮なんてする必要はないなと思った。過去のことはどうでもいい。彼女は今を強く生き、この場所にいる。私と彼女の関係は面接する者とされる者、それ以上でもそれ以下でもない。


「得意なことはある?」

 ずばり一番聞きたい質問を投げかけた。

「構造解析には自信があります」

「ありがとう。これからよろしくお願いします」

 彼女の答えに私は深々と頭を下げた。

 それにしてもさすがエイダ様だな、こんな娘隠してるとは思わなかった。当初の予定よりずっと私は楽ができそうだ。よかったよかった――なんて思っていたら

「失礼します。今の質問だけでよろしいのでしょうか」

 とグロリアが水を差してきた。


「いいよ。構造解析とかそんなの得意にしてる時点で相当修行つんでる証拠だし。新聖女にぜひとも加わって欲しい即戦力だよ。できれば今すぐにでも働いてほしいぐらい」

 構造解析とはその名との通りに構造物の内部状態を聖魔術を使って把握することだ。実地調査が基本でその時点でずいぶん手間がかかる上、そうして集めたデータをもとに全体の強度、脆い部分を算出する必要がある。

 私もできるしやってるけどできればやりたくないと思ってるやつだ。やんなくちゃいけないけど。決してその面倒なのを彼女に全部押しつけようとしてるわけではない。

 さて思わぬ掘り出し物も見つかったことだし、次に行こうかなと腰を上げようとしたところで、横に座ってるイーディスが無言でつうと涙を流していることに気づいた。

 え、なんでなんで? グロリアの方に視線を向けると彼女もいきなりのことに困惑している。

「ごめんなさい。グロリアのこと認めてもらえたのがうれしくて。昔からよく知ってるので」

 私も彼女とそこそこの付き合いになるがこういう一面があるとは知らなかった。とうのグロリアはと言えばなぜだかひどく赤面していた。


 次の候補者のもとへ向かう。王城地下。話聞いた時点では一番手ごわそうだなと思った相手。都に来て時間がたって多少落ち着いてきただろうということで訪ねていく。

 鉄格子の向こうに少女が一人。年齢は10歳前後。灰色の髪は伸ばし放題、発育もよくなくやせ細っている。こちらの存在に気づいたのか、髪と同じ灰色の瞳を鋭くこちらに向けてきた。

 名前はジーラ、私の妹チェルシーがそう名付けたという。穂先湖周辺の森にて浄化を行っているところ遭遇して保護したそうな。その時点で彼女は一切の記憶を失くしており、また通常持っているとされる社会的常識も身につけてはいなかった。

 そんな少女をチェルシーは聖女候補として送り付けてきた。

 鉄格子ごしにじっくり眺める。護送されてきた当初は環境の変化に戸惑ったのか、ずいぶんと暴れてくれたらしい。そのせいでひとまず空いてる牢にぶちこまれた。さすがに鎖につなげるとかそこまではしなかったが。今のところはすぐに暴れ出しそうな気配はない。それなりに落ち着いている様子。


 さてどうしたものか?

 現時点ではろくに話も通じない。普通なら不採用だ。そもそも何か連絡に行き違いがあったと考えるのが自然だろう。別の目的で送られてきたのがなぜか聖女候補にあげられてたといったような。

 私はその場で判断を下すことにした。

「採用で」

 その決定に対しイーディスは不信感を隠そうともせず言った。

「正気ですか」

「だってチェルシーがよこした娘だし」

「妹びいき?」

「そうでなくて、それもあるけど、あの娘の直感だいたい当たるでしょ」

「まあそうですね」

「今の時期に、チェルシーが見つけて、送り付けてきた――この娘には何かある」


 それがなんであるのかまったくわからないけど。

 私だってチェルシーの姉である、それなりに直感は働く方だ。その直感がこの娘は手元に置いといた方がいいと告げていた。どういう方向かわからないがそれなりに才能があるのは確かなようだし。

 私の意見を聞いてなおイーディスは納得できないようだったが、最終決定権は私にあることだし反論を諦めてくれた。これ以上の説明はしようがないから助かった。

 ジーラに関してはひとまず牢からだして、人間らしい振る舞いができるよう教育を指示しておいた。聖魔術を教えこむのはその後でいい。正直なところ予想してたより優秀な人材が集まったおかげで、彼女を急いで聖女に仕立て上げる必要はない。じっくり時間をかけてやってこう。

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