[8] 面談
マニュアル作りと並行して新聖女候補に会いに行く。
100人1000人いるわけじゃないんだから直接私が話をつけにいった方が簡単だ。だいたい聖女あるいは聖女候補なんて人並みから多少外れた奇人だらけで一括対応が難しい。そのためケースバイケースで個別に伝達してった方が確実と言える。
もちろん聖女付臨時秘書官のイーディスを連れて。なんかこうぴしっとしたできる女を連れていると、自分も一端の存在になれた気がしてくる。気がしてくるだけかもしれないが。
「具体的にだれを採用するか決まってるんですか?」
「ぼんやりぐらいには何人か浮かんでるよ。あと知り合いにいい人いるなら紹介してって頼んでる」
手近なところから片付けようということで、大教会付属の薬草園へ足を向けた。特に約束はしてないが彼女ならいつもそこにいるはずだ。
いた。結構身長は高いのに猫背のせいでそうは見えない。伸ばしっぱなしの黒髪が生い茂る木々の間でふらふら揺れている。
「フローラ、おはよう」
声をかければゆっくりとこちらを振り向く。いつだってどんよりとした瞳と目が合った。
「おはよう、聖女様。こんなところになんか用?」
聖女様とは呼んでいるがそれ以外特に敬語は使ってこない。私が聖女に就任する前からの友人で呼び名だけ変わって今のようになった。私もそれを許しているので特に問題ない。
お互い気をつかう必要はないので早速本題に入る。
「近々聖女増やす予定なんだけどね」
「へー。いーんじゃない。あんた働きすぎだったし」
「そうそう。でね、あんたもその新聖女に内定してるから」
私の言葉にフローラはいぶかしげな顔をして宙を睨んでから、端的に「は?」と声を漏らした。
「そういうことでよろしくねー」
「ちょっと待て。なんで私?」
言いたいことを言って帰ろうとする私をフローラは引き留めれば理由を聞いてくる。普通そうか。
「薬草育てるのめっちゃうまいでしょ。だから」
「そんな理由で……給料上がる?」
「多少は」
「そういうことならまあ」
「正式に決まったらまた連絡するから、じゃあねー」
用はすんだので今度こそ足早に去る。フローラと話してるとだらだらきりがなくなる恐れがある。次の予定がある時はすっぱり切ってしまうのが肝心だ。
「フローラ先輩、ここで働いてたんですね」
後ろをついてくるイーディスが話しかけてくる。2人は知り合い、というか私通じて交友があった。教会で働いてたことも知らなかったから近頃は疎遠になってたようだけど。
「私が引っ張ってきた。役に立つから」
「半端なく能力に偏りある人ですけど」
その通りだと思う。
フローラははっきり言って植物を上手に育てる以外は何もできないダメ人間だ。逆になんで植物育成にだけ力を発揮するのか全然わからない。そっちの方をきちんと研究したいぐらいだ。いや時間ができたらほんとに調べてみるのも悪くない。他の人に応用できる技術が見つかる可能性がある。
ひとまず今日のところはそんなことをやってるヒマはない。次の相手はきちんとアポをとっている、時間にうるさい人物らしい。用意していた馬車に乗って貴族街へと向かった。
グロリア。チェルシー、イーディスと同い年。推薦者は他でもない、先々代聖女のエイダ様。残念ながら名前は聞いたことがない。聖女なんて狭い界隈だ。それなりの力を持ってる人物なら私の耳に入ってくるはずなのに。
エイダ様が嫌がらせでなにもできない人間を推薦してきた? いやあの人はそういう回りくどい手は使ってこない。だいたい裏で邪魔してきて万が一計画がとん挫したら、表で承認していたのに立場がなくなる。誇り高く生きることが彼女の信条であり、その点については私も尊敬してる。
正面に座っているイーディスに書類を手渡した。
「知ってる?」
「いとこですね」
非常にシンプル極まりない答えが返ってきた。初めから思い悩まずイーディスに聞けばよかった。
「申し訳ないけど私、名前聞いたことなかったんだけど」
「でしょうね。長らく領地に引きこもってましたから。私もここ数年彼女とは会ってません」
何か複雑な事情でもあるのだろうか? イーディスの表情からそのあたりをうかがうのは難しい。
ゆっくりと馬車は進んでいく。しばらくたって私に聞かれるでもなく、彼女は再び口を開いた。
「グロリアは幼いころ、聖女を目ざしてたんですよ。けれども彼女はそれを諦めた」
「どうして?」
私の質問にイーディスは眉を寄せて困ったような笑みを浮かべた。
「同年代に圧倒的な力を持った、聖女にふさわしい方がいたからです」
あー……私のことか。
自分で言うのもなんだけれど私は昔から優秀だった。10歳になる前にはすでに次期聖女確定みたいな空気になってた覚えがある。
「その現実を前にして彼女は王都から姿を消しました。けれども決して夢を捨てたわけではなかったんですね。一人で力を磨きつづけた。おばあ様は身内びいきで人を推薦するような人ではありませんから」
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