[7] 助言

「どういう意味でしょう?」

 私のその場の思いつき発言に、怪訝な顔をしてイーディスが聞き返してくる。

「これはほとんど表に出してないことなんだけど、最近1度、私過労で起き上がれないことがあったの」

「それ私が聞いても――」

「あなたにだから話してる。もし私がそのまま死んでしまったらあとのことは全部チェルシーまかせになって――それってこの国やばくねって思ったのよ」

「……言いにくいけどそうですね」

 ちょっとだけ逡巡してからイーディスは同意してくれる。

 チェルシーに聖女をまかせるとまずい、というのはこの場における共通見解だが、決して彼女が無能なわけではない。ただできることとできないことの差が激しすぎるだけだ。聖女に求められる業務のうち、私よりうまくできるものもあれば、全然できないものもある、といったような。


「だから私がいつ引退してもいいように、聖女の枠組みをしっかり固め直して置きたいってわけ!」

 それでも私がいなくなった場合、彼女が聖女に選ばれるのはほぼほぼ間違いない。格だとか力だとかその他もろもろ総合的に判断して。彼女自身の意志に関係なく。というかいやだと思ってても頼られたら引き受けちゃう性格だと思う、妹は。

 私の話を聞いてイーディスは眉間にしわを寄せて黙っている。当初の予定ではここまで突っ込んだ話をするつもりはなかった。もっとさらっと概要だけ伝えて、ちょっとしたアドバイスでももらえればといった感じだった。

 だがあらためて考えてみるとイーディスという人物は打ち明けるのにぴったりの相手だ。私のことをよく知っているが状況としては部外者。ついでに聖女の特殊性についても肌感覚で理解している。なにしろその祖母が先々代聖女で生まれた時から周辺にはその関係者がいたから。


 私は無言でお茶を飲んだ。今更ながらイーディスにはなんか悪いことしたなあ。お茶会ついでに軽い相談を受ける、ぐらいのノリで来てくれたかもしれないのに。こんな重いのぶちこまれるなんて。

 正式に謝礼とか出した方がいいだろうか。いやでも友情から助けてくれるんだとしたら、逆にそういうの失礼にあたるかもしれない。そもそもイーディスがお金に困っているなんてことありえないだろうし。それ以外にも大概の問題はエイダ様がその剛腕でもって解決してると思う。

 もし将来的にイーディスがなんか困ることがあったら、その時は全力で助けてあげることにしよう。多分それでいいはずだ、私たちの関係性なら。


「マニュアルを作りましょう」

 そんなことをつらつらと考えていたところだったから、イーディスがいきなり言ったそれに私はすぐに対応できなかった。マニュアル? 何の話をしてる?

「それですべてが伝えられるわけではありません。がしかしそのマニュアルの範囲内でできる仕事もあるでしょうし、最終的には実務の流れの中で覚えるしかないものであってもマニュアルというたたき台があれば学習速度は向上します。神秘性の確保のため今まで行われてきませんでしたが、システムの効率化を目指すとなれば必要なことでしょう」


 イーディスの追加の説明を聞いてようやく私の頭が働いてくる。その発想はなかった。なんだかんだ私も聖女らしく外部から形態を秘匿する方向で考えていた。

 とりあえず私は正直に思ったことを言っておく。

「それできたら便利だけど、作るまでがすっごく面倒じゃない?」

「面倒ですよ。聖女というのは言ってみれば職人の一種です。職人にとって感覚を言語化するのって非常にわずらわしいことなんですよね。職人の間ではわざわざそんなことしなくても通じることですから。弟子の方もある程度学べば勝手にわかることですし。というかそもそもみんながみんなその微妙なものを言語化できるわけじゃないです。才能によるものなのか努力によるものなのかはっきりしませんけど、言語化自体が特殊な技能ですよ。職人的感覚を持ち合わせているからと言ってだれにでもできることじゃありません」


「その面倒なのを私にやれ、と」

「そうです。でも先輩はそういうの向いてる方だと思いますよ。おばあ様も以前おっしゃっていました。『あの娘は突出した才能こそがないがすべての技能が高い水準でまとまっている。部分ではなく全体を見渡しそのまま把握するのに長けている』、私も同意見ですね」

 楽をしたいなとはじめたことがこんなにたいへんなことになるとは思ってなかった。しかしそれも楽をするためなのだから仕方がない。楽をするのも楽じゃないということか。

 というか体制を大きく変えるのだ、一時的に仕事が増えて当然だ。なーんで私はすぐに楽ができるなんていたのか。甘い、甘すぎる。


 ――腹は決まった。カップを置いてまっすぐにイーディスに視線をあわせた。

「数日中に正式に通達しますがあなたには聖女側近として新体制立ち上げを手伝ってもらいます」

「了解しました。よろしくお願いします」

 双方頭を下げる。

 結局イーディスまでがっつり巻き込んでしまった。エイダ様にばれたら、というか秘密になんてしておけないんだけど、絶対にねちねち嫌味言われるんだろうなあ。正しいとか正しくないとか関係ない。かわいい孫娘を余計なことに巻き込んだわけだから。

 しいて言えばイーディスが優秀なのが悪い。そういうことになる。


 なるべく早く仕事を終わらせるようにしよう。しかしそれでまた過労で倒れることになったら本末転倒だ。

 急がずゆっくりできる範囲できびきび進めよう。

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