[6] 茶会
「その後エイダ様どう?」
「めっちゃ上機嫌ですね。『さすが私の孫弟子、あの娘ならきっと旧弊を打ち破って新時代を築き上げてくれるでしょう』とよくおっしゃています」
調子いいこと言っちゃってくれちゃって! あの人は昔からそうだ。私の前では私のことを褒めてくれない。私のいないところで私のことを褒めてくれる。
はじめて浄化に成功した時もそうだった。その場ですぐに『汚染が隅に残っている、まだまだ完璧には程遠い』と厳しく指導された。が後になって『すでに本質を掴んでいる、天才ね』と評価していたと伝え聞いた。
陰口の逆みたいなやつ。大抵は人伝に私の耳に入ることになって、それはそれで照れる。まあ先代がアホほどやさしい人で、些細なことで褒めてくる人だったから、それでバランスはとれていた、のか?
茶会の名目でイーディスを呼び出す。いつもの私の執務室で私の入れた茶を2人で飲むだけで、まっとうな茶会からはかけ離れた代物だが。そこで交わされる会話の性質上、あんまりおおっぴらにできないので仕方がない。まあこのぐらいこじんまりしてた方が気楽でいい。
イーディスは先々代聖女エイダ様の孫で私の4つ下の後輩、とても優秀。青髪ショート眼鏡きりっとした顔立ち、雰囲気からしてできる感じをただよわせている。今は官僚として王城勤めだが、私の権力をもってすればその仕事中に教会に来てもらうぐらいはわけないことだ。
「私もそれなりに忙しいんですが――」
久しぶりに顔をあわせたというのに、この後輩はろくに世間話もしてくれない。
つれないなあと思う反面、全然変わってなくて安心する。例えばエイダ様みたいに何もかも計算ずくで動くような性格になってたら成長したとは思うものの、少し寂しく感じることだろう。まあそんな事態は当分訪れそうにないが。
「だから先輩、感慨にふけってないで用件を!」
怒られた。だが彼女の意見は実にもっともだ。互いのんびりとしてはいられない身。とっとと本題に入るとしよう。
「ごめんごめん。今の教会が抱える問題については聞いてる?」
「おおよそのところは把握しています。聖女を増員されるそうで」
「そうそう。それともうひとつ考えてることがあって、私がいきなりいなくなっても、きちんと機能するようにしておきたいの」
「……そういう予定でもあるんですか」
「ないけどね。私に限らず個人の技能に頼りすぎた状態でそれが突然に失われた時、組織全体が機能不全に陥る可能性がある。できればその事態は避けたいし、機能が低下したとしても最小限にとどめたい」
前に思いついたもうひとつの目標。こっちは全然進んでなかったので、空いた時間に一人で考えていたのだけれど、全然まとまる気配がなくて、しょうがないから誰かに話を聞いてほしくなった。
別にその人にすべてゆだねようというわけではなくて、自分以外の人間に説明していることで考えがまとまるというのはよくあることだ。だったらその相手は誰でもいいのかというとそういうことはなくて、ちゃんとその話を受け止めてくれる人でないとこちらもまともに話す気になれない。
チェルシーは浄化に出かけたきり戻ってきていない。こちらから呼び戻さない限り、帰ってこないだろう。会議のために残っていたダレルも案件が一応軌道に乗ったとみるや、チェルシーを追って王都を離れていった。向こうが危機的状況だったのか、それともただ婚約者に会いたかったのか、不明。多分後者。
教会内部の知り合いはどうだろうかと一人一人その顔を思い浮かべてみたが、どうもしっくりこない。こういう相談事にちょっと向かない。困った、他にいい感じの誰かがいないだろうかと考えた時、頭の中に鮮烈にイメージを結んだのがイーディスだった。
彼女は私の話を聞いて少しの間考えてから、
「要するに後継を育てておきたい――教育の問題というわけですね」
と言った。
そうか、私のやりたいことというのはそういうことだったのか。イーディスと話していると自分の頭がよくなった気がしてくる。話しているうちにごちゃごちゃしてた考えがまとまってくるというか。やっぱりうちに欲しいなあ。せめて新体制が整うまで手伝ってくれないだろうか。
「チェルシーにこの話は?」
イーディスは鋭く質問を投げかけてきた。この間のとり方、エイダ様に似てる。相手の不意をつくのがうまい。生来のものなんだろう。会話の呼吸を読むのに長けている。
「話してない。心配するから」
「仮に今すぐに先輩がいなくなった場合、その仕事を引き継ぐのはチェルシーですよ」
イーディスとチェルシーは同い年だ。性格は正反対だがどういうわけか昔から仲がいい。
2人だけで話が成立するのか私は常々疑問に思っているが、姉がそこまでくちばしを突っ込むのはうざいだろうから言わない。言わないけどずっと気になっている。
ふと思い当たった。思い当たったそれをそのまま口に出した。
「――だからこそ私は急いでシステムを作り直したいのかもしれない」
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