[5] 論戦

「お言葉ですが――」

 エイダ様のマネをして私は間を空けてみる。一種の挑発行為。小手先の技が通用する相手ではないとわかっているが、そんなんでも多少相手の精神を乱せるならやって損はない。

「現在聖女が担っている業務はエイダ様の時代と比べ、非常に複雑化しておりその範囲は多岐にわたります。当時と同じように考えられては正確な現状の把握は難しいでしょう」

 わかりやすく訳すと『ばばあが古い知識でいちゃもんつけてんじゃねえよ』ぐらいの意味だ。論戦を行うにしたって聖女である、表面上は綺麗に装わなくてはいけない。


 対してエイダ様は皮肉気に笑ってみせた。

「過去は過去で大変だった。私も朝から晩まで休みなく働いたものだ。その程度で根をあげるとは聖女の地位も軽くなりましたね。私たちの教育が甘かったせいか」

 同じく訳せば『黙れ小娘が。おとなしく死ぬ寸前まで働いてりゃいいんだよ』といったところ。あくまで私訳であって正しいかどうかは保証しない。


「業務の過度の集中という問題もあります。私がなんらかの形で業務を進められなくなった場合、教会およびその周辺に大きな混乱を招くことになります。特定の個人に過度に依存することのない組織作りが必要です」『私1人の問題じゃねえんだよ。わかれ』

「さすがはここ100年でもっともすばらしいとされる力を持った聖女様のお言葉です。私たちとは別の世界をご覧になっているのでしょう。自らがかわりのきかないかけがえのない存在だと勘違いされていらっしゃるのでしょうか」『かえなんていくらでもいるんだよ。てめえこそ退け』

「お褒めの言葉をいただきありがとうございます。先々代の聖女様にそう言ってもらえるとこちらもはげみになるというものです。まだまだ未熟な身ではありますが誠心誠意、自分のするべき仕事というものを進めていきたいと思います」『話通じてますか? とっとくたばっちまえ』


 まずい、建前と本音が近づいてきてる。このまま行くとガチの汚いののしり合いになりそうだ。それは非常によろしくない。私にとっても彼女にとっても。

 仕方がないけど最終手段を使おう。にやりと威嚇するように私はわざとらしく笑顔を作った。エイダ様はぴくりと目の端を震わせる。しめた、わずかでも隙は作れた、そこからねじ込む。


「エイダ様にはお孫さんがいらっしゃいましたね。確か私の4つ下で名前は――」

「イーディスよ。それが何か?」

「そう、イーディス、とても優秀な娘でした。私もはっきりと記憶しています。今日付けで彼女を私のもとで働かせることにします」

「いきなり何を言って」

「あなたのかわいいお孫さんを聖女直属にして、たくさんの経験をさせてあげますね。きっと彼女はすばらしい人間になるでしょう。激務に耐えられないなどという心配は必要ありません。なんせエイダ様の血を引いていらっしゃるのですから」


 エイダ様以外の他の人たちはみんな、まるで悪の首領が現れたみたいな目で私を見ている。いやその人たちはまだいい。なんで隣に座ってるダレルまでドン引きみたいな雰囲気を出しているのか、これがわからない。

 場を沈黙が支配する。こっちの手は出し尽くした。あとはエイダ様次第。折れてくれなかったら、うーん、イーディスには普通にうちで働いてもらおう。

 ちゃんと優秀な娘だから。事務作業とかめっちゃ得意だったような気がする。今回の件関係なしに手伝ってほしいなあ。本人に頼めばなんとかならんだろうか、知らん仲じゃないことだし。


「……なるほど。聖女の在り方について見直す時期が来ているのかもしれませんね」

 大勢は決した。最後はちょーっとだけ脅しみたいな手を使ったような気がしないでもないが、結果が出るならそこはこだわらなくていいところだ。勝った者こそが勝った者なのだから。

 残りの進行はダレルに全部任せたが私の望んだ方向にすんなり話が進んでいった。具体的な計画については次回までに詰めてくるということでその日の会合は解散になった。


 会議室に最後まで残っていたのは私とダレルとそれからエイダ様。口をへの字に曲げてなんとも不機嫌そうな顔をしてこちらを見ている。

 私は立ち上がると深く頭を下げた。

「今日は本当にありがとうございました」

「何のことかしら。私はあなたを助けたつもりなど毛頭ないのだけれど」

「エイダ様が論敵としてわかりやすく対立してくださったおかげで、議論の形を単純化できました。それがなければこうも簡単に決着がつくことはなかったでしょう」


 エイダ様はふんと鼻を鳴らすと席を立ち私に背を向けた。

「さすがは優等生といったところね。せいぜいがんばりなさい」

 言いたいことだけ言ってしまうと彼女はあくまで優雅に去っていった。

 昔から思ってたけど、今でも思ってるけど、面倒な性格をしている。それはそれとしていい人だ。聖女だったからではない。いい人だからいい人なのだ。

 将来的に私もああいう人になりたいかと言われたら――それはちょっと違うかもしれないけど。

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