[4] 会議

「――といった理由で聖女の数を増やしたいと考えています」

 王城内大会議室にて。午後3時の休憩が終わってさあ難しい話に取り組んでいくかという時間帯。王族、貴族、教会のお偉方相手に私は大演説をぶちまけた。

 王子ダレルの権力をフルに活用して、直近の会議の重要課題に無理矢理ねじ込んだ。その立役者のダレルは今、私の隣に座って口をぴったり閉じなんとも難しそうな顔をしている。表情から察するに形勢判断はだいたい私と同じといったところか。


 ちなみに妹チェルシーは穂先湖周辺で緊急性の高い問題が発生したためそっちに向かってもらった。事態の収拾にはほんとはダレルもついてったほうがよかったのだが、とうのチェルシーに

「ダレルはお姉ちゃん手伝ってあげて。絶対に言い分通させるのよ」

 と強めに言われて残ることになった。ふとしたところで2人の力関係を垣間見る。そういう感じだったのか。近くにいても知らないことは多い。いやまあこういうことに関して私はわりと節穴か。


 話を戻す。

 長口舌を披露したはいいが正直言って第一感はよくない。あまり手ごたえはなかったと言っていい。だがこれからだ。これからいくらでもひっくり返せる。私はダレルほどに状況を悲観してはいない。

 聖女を増やすか否か?

 この議題、説得するべきなのは最初から1人しかいない。他の連中はどんなにえらい人間だろうが、その1人の顔色を窺って旗幟を鮮明にしてないだけの話だ。彼女をこちら側に引き込むだけであとはどうとでもなる。


 先々代聖女のエイダ様。

 年は60をすでに超えたはずだがまだまだ元気。聖女引退後、在任中に築いた人脈をもとに、ありとあらゆる手段を駆使して、ついには公爵の地位まで上り詰めた。黄金の髪に濃紺の瞳をぎらぎらと輝かせ、強くあたりにエネルギーを放つ、王都を表からも裏からも支配する女傑。

(ついでに先代聖女様はどうされてるかというと、現在田舎に引っ込まれて絶賛スローライフを満喫中だ。というのは表向きの話で、実際は南部山脈地帯の安定に努めてくださってる。ほんと感謝)


 エイダ様は円卓を挟んで私の正面に悠然と腰を下ろしている。

 何というかこの人は昔からそうだ。初めて会ったのは私がまだ5歳か6歳の頃。私を見下ろすその姿にはっきり怖いと思った。対面するだけでプレッシャーを覚える。パワーがすごい。今なんて全盛期ほどの力はすでにないはずなのに、気を抜くと圧倒されそうになる。

「具体的には――」

 彼女もまた私と同じ構図を共有しているのあろう、生気にあふれる赤い唇をゆらり開いた。自分が何よりも強く気高い存在であると彼女は理解している。すべての振る舞いをその信念のもとに構築する。またそうすることで自らの強靭さを保っている、そういう人だ。

「何人の増員を考えている?」


 ただの疑問を投げかけてきただけ。まだ勝負は始まってもいない。いや始まっている? 互いに間合いを測り合っているような段階。気圧されるな。踏みとどまれ。

 私はまっすぐに対立する人物から目をそらさずその問いに答える。時には退くこともいい。だが今この場所は退く時ではない。

「現時点での聖女にまつわる業務量から推察するに、将来的には10人前後まで増員することを予定しています」

「財源はどうするつもり」

「今も聖女に準じる業務を行っている方々はいらっしゃいます。その方々を聖女に格上げすることで、円滑化を進めることがメインになってくるため、給与その他については大きな変更はありません。また、今の聖女の――まあ私のことなんですけど――給与は過大です。そこを減らせば新たな聖女たちへの給与をアップさせることもできるでしょう」


 エイダ様は私の話を聞いて目を閉じた。その言葉を咀嚼し自分の中で再構築している。あるいはその振りをして間をとっている。こちらに最大の一撃を加えようとその隙を探る。

 しばしの沈黙を経て彼女はかっと目を見開いた。

「つまりは今のような聖女を増やす、のではなく現在聖女に準じる扱いをされているものたちに、聖女としての権限を拡大するということね。なるほど。そうすれば確かに聖女に集中しがちだった各種業務を分割最適化することができるでしょう」

「ご理解いただきありがとうございます」

「けれども――」


 逆接の接続詞。それだけ述べて言葉を区切る。相手を威圧するため。

 そう、わかりきっていたことだ。彼女がすんなりと私の言い分を受け入れてくれるような人ではないことぐらい。ここが正念場だ。朗々と紡ぎ出されるその反論を正面から受け止めてみせよう。

「私を含め、歴代の聖女たちはたった1人で、その業務をこなしてきたのです。それが300年つづく伝統というもの。あなたが処理しきれないからといって、伝統を破壊しようというのは、いささか身勝手ではないでしょうか?」

 くそばばあが、めんどくせえな!

 頭に浮かんだその言葉をそのまま口に出さなかった私はまったく理性的で素晴らしい人間なんだなと深く心の奥底で思った。

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