小さな館暮らし

喧嘩(敗北)

 目が覚めると、ボクの異世界生活は二日目に突入した。

 お腹が減って、食卓に来いと言われたので、ボクは仕方なく起き上がることにした。


「くそ。あのアマ」


 昨日、叩かれた場所が気になる。

 起き上がって周りを見ると、ボクの寝ていた部屋は、ずいぶんと殺風景な部屋だ。


 飾りなんてなくて、窓は鉄格子の付いた小窓が一つ。

 四畳半の物置みたいな部屋だ。

 布団はなく、ボクに被せられていたのは、寝袋を広げたやつ。


 ドンドン。


「おーきーろ!」

「うっせぇな! 今行くよ!」

「なに、こいつ。超生意気」


 イオさんに下手な口を聞いてはいけないが、もう一人は違う。

 妹だったか。

 あの銀髪。


 あいつだけは、駄目だ。

 恐怖より殺意を覚えてくるのだ。


 ドン、ドドドドドド、ドン。


 こうしている間にも、あのバカは扉を連続パンチでノックしてくるため、ゆっくりしていられなかった。


「はいはい。今、行きますよ、っと」


 扉を開けようと、ドアノブに手をかける。

 いや、掛けようとした。


「あ? ん?」


 扉には、ノブがなかった。

 ツルツルで、木製の板が張り付けられているだけ。


「あはっ、どうしたんだよぉ! 出て来いよぉ! イジメてやるからぁ!」

「待って! 出られない!」

「はあ?」

「ノブが付いてないんだよ!」


 ここが近未来風の世界だって事は気づいている。

 だが、ドアにノブがないというのは、いくら何でも意味の分からない発展を遂げすぎだ。


「タッチすればいいじゃん!」

「どこを⁉」

「適当に」


 言われるがままに、ドアをポンと叩く。

 すると、空気の抜ける音と共に、ドアが自動的にスライドした。


 ドアの向こうには、黒と白の制服を着たアホ女。

 腕を組んで偉そうな態度で、ボクを迎えた。


「よっ」


 顎を持ち上げ、挨拶をしてくる。

 ボクは肩を竦め、脇を通り過ぎた。


「どこ行くのよ」

「決まってるだろ。朝食だ。今朝のディナーは?」

「ディナーって……」


 ボクは階段を下りて、真っ直ぐ玄関に向かう。

 靴が収納された壁を思いっきり叩くと、やはり昨日見た時と同じで、収納ボックスが現れる。


 だが、ボックスにボクの靴がなかった。


「ふう……」


 頭を抱え、仕方ないので玄関の扉を叩く。

 扉が独りでに半開きの状態となるのを確認すると、ボクは「朝食っと」なんて言いながら、外に出た。


 ドスっ。


 だが、ボクの行く手を阻む者がいた。


「なに、さりげなく出ていこうとしてんの?」


 名も知らぬアホ女だ。

 いきなり背中を蹴り飛ばしてきたので、ボクは力の限り吠えた。


「朝食は外で食べるものだろ! 早く外食に連れて行けよ!」

「こいつ……」


 アホ女と睨み合っていると、階段の上。――角部屋からは、恐るべき巨女が姿を現した。


「おい。うるさいぞ」

「あ、お姉ちゃん。聞いて。こいつ――」


 アホ女の腕を引いて、「バカ。おい、バカ」と、必死に止めた。

 殺される。

 あいつはヤバイ。


 イオさんはボサボサの髪をぐしゃぐしゃと掻き、一言だけいった。


「殴れ」


 ボクはイオさんに憎しみの炎を抱いた。

 だけど、ボクの目の前にいるアホ女は、ニヤッとして、相変わらずイラつく顔をしている。


 勝てない相手には喧嘩を売らない。

 でも、こいつになら、……あるいは。


 昨日の敗北を忘れ、ボクは目の前のデカい尻に突進をかました。


「うおおおお!」


 両腕は腹に回し、顔は尻に埋める。

 こうすることで、倒れこんだ時にクッション代わりとなり、ボクはノーダメージ。


「い、って!」


 膝を打ったボクは、すぐに離れて、足を押さえた。

 いきなり倒されたことでムッとしたアホ女は、「あんたね」と、近づいてくる。


「ま、待った! 自己紹介!」

「こ、の」


 相変わらず、ゴリラとのサラブレッド並みに強い力で掴みかかってきて、ボクは押し倒された。


「自己紹介!」

「ご主人様って呼べ!」

「名前知らないと不便だろ!」

「あんたから名乗りなさいよ!」

「三内丸山と申します」


 べちっ。


「昨日聞いた名前と違うじゃない!」

「いいから、名乗れや!」


 すると、ギリギリとボクの手を締め付けながら、アホ女は言った。


「フロリアーヌ。覚えておきなさい。バカ」


 フロリアーヌ?

 待てよ。

 最後に、『ヌ』が付いているということは、こいつフランス人か。


 こんな感じで短絡的な思考を巡らせた。

 だが、ボクは名推理だと自負している。


「じゃあ、親しみを込めて、ロリかな」


 べちんっ。


「ってえな!」

「人の名前勝手に略すんな!」

「仲良くしないとダメだろ!」

「いい? あんたは、奴隷。わたしが、死ねって言ったら死ぬの。従順な下僕。分かった?」

「……なんで、死ぬの? ちょっと傷つくんだけど」


 ボクが相手に死ねというのは、全面的に許す。

 だけど、ボクはボクに対して死ねという言葉を吐く者を絶対に許さない。


 だって、モラルがないじゃないか。


 両手を上から押さえつけ、フロリアーヌアホは、感情をたっぷり込めて言った。


「死ね」

「っせえよ、ブス」

「……この」


 拝啓、父さん、母さん。

 ボクは異世界に奴隷として売られましたが、日本男児として、ゴキブリ並みにしぶとく生きてます。


 できれば、創作物で見かけるようなエッチな女の子に囲まれて、イチャラブ生活を送りたかったな、と夢見てます。


「はぁ、はぁ、こ、殺してやるよ」

「やってみなさいよ! オラぁ!」

「ぐっ、……つえぇ」


 今朝も勝てなかった。

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