次女との決闘(敗北)

 ボクが連れてこられたのは、小さな館だった。

 みんながイメージする洋館を二回り小さくした感じだ。

 二階建てで、壁は白塗り。

 館の前には門があり、周囲は木やら蔦やら花やらで埋め尽くされている。


「う、わ。鬱蒼としてるなぁ」


 ホラーゲームに出てくる場所みたいなので、ボクはドン引きした。

 イオさんの大きな尻を追いかけて、周りをキョロキョロと見回す。

 すると、ボクはあることに気づいた。


 なんか、木の茂みの中に光るものがある。


 ――カメラだった。


「何してる。早く来い」

「あ、はい」


 玄関の扉を半分だけ開け、ボクを待っているイオさん。

 慌てて、ボクも続き、中へ入っていく。

 小さな館の中は、思いのほか広々としていた。


 入ると目の前に階段があり、二階の通路は吹き抜け。

 階段を上がった先には、部屋の扉が並んでいる。

 横を見ればソファが置いてあり、くつろぐスペース。

 ホテルのロビーみたいな感じか。


「あの」

「何だ?」

「靴って、……どこで脱げば?」

「は?」


 靴棚が見当たらないのだ。


「そこにあるだろう」


 指した方には、壁しかない。

 白い壁。

 模様は花を象っているようだった。


 うん。だから、なんだ?


 戸惑ったボクはイオさんに振り返る。


「あー、そうだったな」


 面倒くさそうに壁に近づく。

 そして、何を思ったのか、『ドンッ』といきなり壁ドンを始めたのだ。

 イオさんって、情緒不安定なお姉さまなんだろうか。


 そんなことを考えていると、今度は白い壁が紫色に点滅を繰り返した。


「ん?」


 壁が発光したのだ。

 真っ平らな白い壁は、空気の抜ける音と共に隙間が生まれ、部分的に手前へ傾いてきた。ダストシュートみたいに、物を入れるスペースが中にある。


「え、何すかこれ⁉」

「靴の収納ボックス。お前の世界にはないだろう」

「ないっすねぇ」


 イオさんが脱いだ靴をダルそうに投げ込んだ。

 ボクはてっきり、そういう感じにすればいいのかな、と思ったので、脱いだスニーカーを「おらよ」と、箱の中に入れた。


 ――胸倉を掴まれた。


「何すか! 何なんすか⁉」

「立場分かってるのか、お前」

「ええ⁉」


 乱暴に箱の中へ入れるから、ボクも真似ただけだ。

 何がおかしかったんだ。


 両足が浮くほどの力で持ち上げられ、ぐいぐいと揺さぶられる。

 ボクは必死に肺に空気を取り込もうとする。

 同時に、「ギブ! ギブ!」と敗北宣言をした。


「おかえりー」


 ボクが決死の覚悟で巨女と戦っていると、離れた場所からは間抜けな声が聞こえた。


 何が間抜けか、って声のトーンがアホっぽいというか、へらへらした感じなのだ。


「そいつ、買ってきたの?」

「ああ。お前がどうしても欲しいっていうから。だが、どうだろうな。処分するかもしれない」


 その一言に、ボクは必死に食らいついた。


「ふざけんなよ! こっちはお姉さまに従うつってんだろうが! 靴だって舐めさせてくれない! 靴よりは尻の方がいい! な~んにもさせてくれないじゃん! ふ~ざ~けん――ごふっ!」


 強烈な腹パンを食らい、ボクは膝を突いた。


 女の子の握りこぶしなんて、せいぜい溶けかけた餅のようなものだ。

 実際、ボクがセクハラ紛いにさりげなくクラスメートの手を触った時は、ふにふにとしていて、羽毛のようだった。


 だが、今のボクの頭にあるのは、過去の苦い思い出。

 鉄棒で「うぇーい」と遊んでいたら、ツルっと滑って、角の所に腹部をぶつけたことがある。


 あれだ。


 イオさんの拳は、鉄棒の角と同等の硬さだった。


「くっ。やっべ。……息が……」


 イオさんのつま先を睨み、絶対に復讐してやると誓う。

 その視界を遮る者がいた。


「顔は可愛いじゃん」

「顔の問題じゃない。これなら、犬の方が利口だぞ」


 イオさんは絶対に許さない。

 復讐だ。

 ボクの大好きな異世界追放者だって、必ず復讐してたもの。


 必ず、無理やり押し倒して、「オラァン!」とメスであることを分からせ、ボクだけの性奴隷にするのだ。――と、憎しみの炎を燃やしていると、いきなり頬を引っ張られた。


「いででで!」

「調教セットは買ってないの?」

「何だ、それ?」

「ほら。猿ぐつわと、鞭。こいつ、邪悪な気配がするから。買った方がいいと思うんだけど」


 物騒な事を言いやがったのは、すぐ目の前の女だった。


 肩まで伸びた銀色の髪の毛。

 肌はイオさんより白くて、身長はボクのオデコ一つ分くらい高い。

 160cmくらいかな。


 目じりが少しだけツンと尖っているので、黙っているとキツそうな性格が予想されるが、喋るとアホっぽさが滲み出る。


 あと、名前も知らないアホっぽい女は、シャツとタイトスカートというラフな格好なのだけど、一点だけ目の留まる部分があった。


 服の上からでも分かる、見事な乳房。

 ムッチリと実った大きな胸は、屈むことで形を変形させていた。


 見れば、太ももやら、尻やら、色々とムチムチした体型。


 なるほどね。

 ボクの人生のヒロインは、こいつかな。


 性奴隷候補に選んだボクは、気を取り直して、手を差し出す。


「どうも。坂田アタリです」

「うっせぇ、バーカ」

「は?」


 笑顔で悪態を吐かれ、ボクはピキっときた。

 眼前の女は立ち上がると、偉そうに腕を組み、ニヤニヤとして見下ろしてくる。


「今日から、わたしがご主人様なんだから。敬意を払いなさいよ」

「……へえ」


 こいつ、イラつくな。

 イオさんとか、どうでもよくなるくらいイラっときた。


 イオさんは明らかに鍛え抜かれた極上ボディ。

 つまり、肉弾戦では勝てない。


 だが、目の前のこいつは、ムッチリ感があるので、筋肉質な所は見当たらない。――なら、勝てる。


 ボクはファイティングポーズを取り、日本男児代表として、外国籍の女に決闘を挑んだ。


「何、こいつ。お姉ちゃん、やっていい?」

「好きにしろ」


 イオさんは肩を竦め、さっさと階段を上がっていく。

 邪魔は消えた。

 妨害はない。


 すぐさまボクは大きな胸に握った拳を叩きつける。

 たぷ、と揺れた柔らかいお餅は、見た目通りの感触。


「い、ってぇな!」


 べちぃっ。


 容赦ない暴力がボクの頬を打ち抜いた。

 揺れる視界。

 混濁する意識。


「な、……つ、つえぇ」


 見た目からは想像できない腕力だった。

 頬が痺れて、動けなくなったボクは見下ろしてくるアホ女を睨み、暗闇に落ちていった。

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