AfterEP. 残されたメモ

「それ、本当にそうなりかねなかったんだよ?」


 私の腕に抱きついていたツナマヨちゃんは、

End Episodeと銘打った、新曲用のエピソードメモをのぞき込んで不満を漏らす。


 メモとは違い、私はすんでの所で難を逃れたのだ。

あの日、鍵を開けると勢いよくドアノブが回転し、そこからの数分間は無限にも感じた。







「上がらせて頂いてもよろしいです?」


 半分開いたドアからおばさんの圧力を感じつつも、ツナマヨちゃんに知らせるために間を置くことにして。


「ちょっと待ってもらえます? 片付けてすぐ戻るので」


 強めにドアを閉め、ふとツナマヨちゃんとのキスプリを飾ってたことを思い出して急いで部屋に戻る。。


 ドタバタで気付かなかったけど、ツナマヨちゃんから電話が来ていた。

ってなにこれ。この短時間で7回も?

何かあったんだろうか。M-LINEを開くと。


『車があった。すぐ逃げて』


『大丈夫?』


『警察呼んだ』


 と、穏やかじゃないメッセージが並び――。視界に足が映った。


「――えっ」



 顔を上げた瞬間、いつの間にか部屋の中に入っていたおじさんと目が合い――。


 何かを振り上げる動作を見て、無意識に横をすり抜けて逃げ――。

背中越しにガラスのテーブルが砕ける音がして。


 振り返ると斧みたいなのが床に刺さり、それを無言で引き抜こうとしていた。

裸足のまま全力で共用廊下に飛び出して――。

おばさんが、人の入りそうなサイズのキャリーバッグを持ち上げるのが見え――。


 手で押しのけてエレベーターの方に走ると、肩をかすめてそれが飛んで来た。


「ッ!」


 摩擦で右肩が焼けるような痛みに襲われ、へたり込んだ私を捕まえようとするおばさんが迫ってきていて。


「ハッ!……ハッ!……ッ!」


 腰が抜けたのか、声が出ず、立つことも出来なくて、這うように逃げ――。


「逃がさねぇからな?」


 あと少しでエレベーターにたどり着けたのに。

後ろからぐっと髪をつかまれ、おばさんのドスの利いた声が頭上から聞こえ。体重が背中に掛かる。


「ぇぐあッ……!」


 だれか助けて!


「ひゅっ……」


 叫んだはずなのに、空気が抜けていくだけで喉が声が出ない。


「ハッ! ヘハッ!……ぁ、ぁ……ヒハッ!」


 どれだけ声を出そうとしても、息が強く口から出ていくだけで、まったく言葉を発せない。


「ぅ……ぅぅ……ぅぁ……」


 視界がゆがみ、涙だけがぽろぽろと出て行く。


 助けて、ナツナ!


「真依!!」


 開いたエレベーターから勢いよく飛び出してきた髪色と、その低い声には覚えがあった。ナツナの青いメッシュ。ナツナの声。


 一歩遅れて、青いぼんやりとした別の誰かが飛び出してきて、私の髪を掴んでいたおばさんに飛びかかり――。

勢いで頭が後ろに持って行かれそうになるけど、すぐ自由になり。


「下ろせ! はよ!」


 エレベーターから遅れて出てきたもう1つの青い塊が、空気を振るわすほどの強い声で叫ぶ。


「確保!」


「真依ッ!」


 ナツナに引き寄せられ、涙を拭って後ろを振り返ると。

おばさんは警察に抑え込まれ、おじさんももう一人の警察に制圧されていた。


「殺人未遂の現行犯! 16時37……」


「真依! エビマヨッ!!」


 怒号が飛び交う中、ナツナの悲痛なエビマヨコールで落ち着きを取り戻すことが出来た。

細い身体を震わせながら、冷たい手で私がうっ血しそうなくらい締め上げてきて。


「大丈夫だよ。私は大丈夫」


 私より泣いてくれていたナツナの涙を指で拭った。







 いやエピソードが強すぎでしょ。


 ツナマヨちゃんの掴む力がきゅっと強くなる。

両親が連行されていくニュースを無表情でじっと見つめていて。


 そして、心底うれしそうな顔でこう言った。


「ざまぁみろ!」


 満足したのかチャンネルを変え、すがすがしい様子で伸びをする。


「落ち着いたらさ、しよっか引っ越し。ワンルームだと手狭だし、この部屋直すのに時間掛かるらしい」


「え、なんで? わたし狭くてもいいよ?」


 ベッドが一つしか無くて、毎晩せがまれるので寝不足になるのですよお姉さんは。


「私が保護者になるんだし、周りを説得するためにもちゃんと部屋を用意しないとなの」


 それっぽい理由でごまかす。


「保護者ってなんかやだな。ね、結婚しようよ」


「それはツナマヨちゃんが18歳になってからね」


 結婚を考えると、渋谷か世田谷か。家賃高そう。

ツナマヨちゃんのことを考えると、さすがにこの辺りにはもう居られない。


「仕事も新しいとこ探すか」


 ぐいっと腕を引っ張られ、つられて横並びでベッドに腰をかける。


「わたしが養ってあげるよ。推しに全部貢いじゃう人の気持ちが分かちゃった」


 頭を抱きかかえられ、ほっぺをスリスリされる。

でっかいネコちゃんだ。


「お金のほとんど宗教団体に寄付しちゃってたんでしょ? 両親」


「それが昨日、地区代表みたいな人と話をしにいったんだけど」


「え、怖! 聞いてないんですけど。ナツナに何かあったらどうするの」


 思わず顔を離してしまったら、1秒もしないうちに強めに抱きつかれる。

あ、ちょっと。背中をフェザータッチで撫でたらスイッチ入っちゃうって。


「マヨつけるルール破った! ……それはないよ。今一番ヤバいのあの団体なんだし」


 ツナマヨちゃんが言うには、団体のトップ次席と団体側の弁護士が、両親が“預けていた”という資金をすべてツナマヨちゃんに返したうえでお見舞い金も付けて払うとか。

代わりに団体のことは口外するな。ということらしい。


「別に悪事をバラすとか興味無いし、エビマヨも仕事辞めて音楽に専念できるでしょ?」


 変なホストとかにハマる前に保護できて良かった。

これは私がしっかりしないといけない。


「ま、その辺は追々話すとして。その……お姉さんさ。そこ撫でられると、お腹の奥がきゅーってなっちゃうからさ」


 しっかりできてませんでした。


「……わたしに、一緒の世界、見せてくれる?」


これは自慢なんだけど、それからとても気持ちいいキスをした。

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これは病みを抱えた少女が居場所を見つけるお話なんだけど 【百合ゲーム作ってるひと】滝井ノアメ @takii_noame

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