第十三話 格の違い

十三話目


今日も終わる。


僕はふとそう思った。


もうすぐ寝ないといけない時間。


僕は拓斗がわざわざ家まで運んでくれた自作PCにどっぶりとハマっていた。


(今まではゲーム機でしかやってこなかったからなぁ)


なんだこのモンスター。


最高じゃないか。


PCってこんなに凄かったのか。


僕は小さい頃初めてゲーム機を買ってもらったとき以来に夢中になって、PCをいじっていた。


そりゃあ、触れたことはある。


エトワールのアジトにだってゲーミングPCはある。


でも、あれって部活の備品みたいな感じがして不用意なことがしずらいんだよね。


美澄さんからは好きに使ってといわれてもさ。


そんな遠慮が必要のないゲーミングPC。性能はハイエンドクラスらしい。安定面を最大限に配慮した部品で構成されており、この自作PCを持ってきた拓斗には一晩中使い方のレクチャーを受けた。


でも、あれだね。自分の為にしてくれた事だから、普段なら長い! と思うところも、ニコニコしながら聞けたよ。


そんなこんなでPCゲーム販売最王手のプラットフォーム? のアカウント新しく作った。


拓斗も居たけどアイツすぐにフレンドになったし、毎日沢山のゲームをギフトとして贈ってくる。そのせいで僕は一本も買ってないのに大量のゲームがライブラリにズラリと並ぶ。


何すんねん。とメールを送ったら、これもお礼の一環という。なるほど。ならしょうがない。人の好意を無下には出来ますまい。


ということで最新作の死にゲーのオープンワールドを夢中でプレイしていたらすっかり夜になってしまった。


もう少しと言いたいけど、僕は決まった時間にしか寝れないんだ。この時間に寝ないと普通に起き続けてしまう。お昼寝なんざ幼稚園以来した事ないよ。


だからどんなに夢中になっても、眠気が勝る。そういう意味では健康にいいのかもね。夜更かししなくて済む。


「寝ようかな〜ふぅわぁ〜」


デスクで背伸びしながら欠伸をする。


ピコン!


その時、スマホの画面が点灯しメッセージが表示される。


「誰ですか〜……誰?」


本当に誰だ。知らぬぞ?


だけど僕はメッセージの内容を見て全身から血の気が引いた。


『君の彼女さんがピンチかも!』


そんな一文だけが表示されていた。


普段ならイタズラだろうと切り捨てるけど、今回は何故か胸騒ぎもしてきた。


僕は詳しいことを知るために画面ロックを解除してメッセージの真意を問いただそうとし、そのタイミングでメッセージの主が地図の画面を送ってきた。その地図の中心にピンが刺さっており、それは僕の住む夜栄市内にある公園だった。


「くそっ!」


胸騒ぎは確信に変わる。


僕は上着を羽織って靴下を履きそのまま二階から駆け下りる。


玄関でランニングシューズを履く。


母さんにどこに行くのか聞かれ答える。


「友達を助けに!」


行ってらっしゃいの声を背にして玄関から飛び出た。


(ここから僕の速度で走れば十分ぐらいだ! いや、もっと速く走れる!)


全速力に近い速度で夜の歩道を駆け抜けていく。


伊達に毎日早朝に全国クラスのスパッツ後輩と競っていない。


(冗談抜きで持ってくれよ! 僕の身体!)


メッセージを受けてからもうじき十分。


何とか指定の公園にたどり着いた。


走っている間に神楽道さんに電話を掛けたけど出なかったことで、どうしようもない不安に駆られる。


住宅街から少し離れており、寂れたビルとかが立ち並ぶ立地故か人気がほとんどない。


僕は荒れた息のまま公園に踏み入れる。


そこで僕は神楽道さんを襲うとしている男と、その様子をスマホをかざして見つめている男を見て理性が吹っ飛んだ。


「神楽道さんに何やってんだぁぁ!!!!!」


腹の底から叫び、僕は疲れなど吹っ飛んだ。


気がつけば襲おうとした男を殴り飛ばしていた。


「えぅっ……ひぐっ……ほじじぐぐぅん……っ」


神楽道さんが泣いでいる。


乱れた衣服から何をされそうになったか想像がついた。


僕は上着を脱ぎ、神楽道さんに被せる。


そして安心させるように奴らに向き直り言う。


「そこで待ってて。……直ぐにコイツらをやっつけるから!」


(本当に良かった! 間に合って本当に良かった……っ!!)


あのメッセージの主が誰なのかは知らないし、今はどうでもいい。でも、本当に感謝をしたい。


僕は危うく大切な彼女が傷つけられている事を知らずに寝るところだった。


「てっめぇ〜!!」


殴られた男が立ち上がる。その声には怒りが滲んでいた。


「お前……この前のいじめの主犯」


声と体格、そして身動ぎで誰なのか分かった。


「なら……アイツは……っ! なんでだよ!! 神楽道さんはお前を助けようとしただろ!! 答えろ!! ……坂本君っ!!」


スマホをかざしていたのはいじめられていた坂本君だった。


疑問が僕の怒りを抑える。


(ちょうどいい……少し息を整えよう)


全速力で走ってきたから少し足が鉛のように重い。


怒りに任せて殴り込むには、コンディションが最悪だ。


僕ひとりの判断ミスならいい。でも、僕が負ければ今度は神楽道さんに被害が出る。


(僅かな敗因すら残すものかっ!)


脳内でいじめの主犯の動きをとにかく想像し予測する。


少しでも動きを見せたら即座に対応出来るように。


体格が良いから、かなりタフだろう。筋肉量もそれなりだ。掴まれたら不味い。


師匠と僕の戦いはヒットアンドアウェイの応酬に近かった。


今回の相手はパワーとタフネスを兼ね備えていると考えられる。万全ならまだしも、息も切れ切れの僕では、思い通りに動けないかもしれない。


僕はチラッと神楽道さんを見ると、彼らにバレないように上着の下でスマホを使って警察に通報しようとしていた。


正直、警察が来るのは時間が掛かるだろう。


何せ夜栄市は犯罪率が群を抜いて高い。


常に警察は駆り出されており、通報しても現場まで来るのに余裕で十分以上かかるのだ。


僕の質問に坂本君……坂本は空いた片手で首元や頭をボリボリかく。


「どう、して? どうしてだと!?」


発狂したように目を血走らせ僕を睨みつける。


「そんなもん! 裏切られたからだ! あの女はオレに媚びを売って誘ってきたくせに! お前なんかを彼氏にしやがった! オレはモテ遊ぼれたんだ!! なら、これは当然の報いだろ!? オレは悪くない!! オレはいじめられていて、オレは被害者だ!! だから、必ずお前らを破滅に追いやってやる!! お前らがオレを傷つけたからいけないんだ!!」


何一つ心には届きはしない。


その理論は容認できない。


被害者と定義するには、あまりにも度が過ぎるおこないだ。


「本当に自分を被害者と思うなら哀れだ……その程度のことで人恨んでんじゃねぇーぞ!」


僕は他人より不幸な人がいるという理論は好きじゃない。だって、それが真実だからって辛い目にあっている人が救われるわけじゃないからだ。


「少し頑張れば……あるいは逃げれば、そうすれば突破口はあったはずだ! 少なくとも神楽道さんを逆恨みしてこんな選択肢を選びとったお前が被害者ヅラするな!!」


僕は坂本のことを全く知らない。もしかしら壮絶な過去があるかもしれないし、いじめもエグいのかもしれない。


でも、僕は知っている。


神楽道さんは他人の為に時間を使わないことを。彼女は自分の為に時間を使う人だと。


いじめを行うのは本人のストレス発散も有るだろうが、神楽道さんはその選択はしない。


だって彼女は人に触れられないのだから。


男性と女性でかなり差はあるけど、それでも同性に触れるだけで腕が少し震えていた。異性との接触を徹底して避けていることから、男性との接触は彼女にとって、もっとも避けなければならないことであることは推察できる。


そんな日常生活を彼女は平然と過ごして見せた。


僕とて確証を持てないぐらいは徹底して隠していた。そんなハンデを背負って彼女は人に愛されるような人を目指し努力をした。


だからこそ、坂本の言い分は納得がいかない。


沢山言いたいことはある。でも、これだけ言おう。


僕は息を吸い込み、思いっきり叫ぶ。


「彼女に好かれる努力もしてない奴が好き勝手してんじゃねぇー!!」


本当に好きならこんなことに原動力を使うな。


彼女が好きなら好かれるために努力すれば良かったのだ。


少なくとも、神楽道さんに庇われて、それで彼女が口撃されてた時に端っこで黙り込んでたやつが文句言う資格などない!


僕は吐き出し、手をぶらりと脱力させる。


姿勢は低く、つま先だけが地面に触れる。


息は整った。あとは来るのを待つ。


時間が経てば経つほど僕たちが有利になる。


いくら人気がない場所でも、こんなに叫ぶような声が何度もすれば誰かしら勘づいてくれる。


人が集まれば僕たちの勝ちだし、警察が来ても安全は確保される。


だから僕はコイツら二人の相手をしなければならない。時間稼ぎ? 違う。思いっきりぶちのめす。


(警察や人が集まるまでにぶっ潰す!)


もう我慢の限界だ。


「やれぇー! 野枝ぁ!!」

「言わねぇでも分かってらぁ!」


自信に満ち溢れたいじめの主犯の名前は野枝と言うらしい。


肩を鳴らしながら恵まれた体格と身長差から僕を見下ろす。


「あの時は世話になったなぁ? ぶっ殺してやるよ!」


踏み込んでくる野枝の動きはスローモーションであった。


予測し続けて、既に動きの先は読み切っていた。


だから僕は脅すように大振りの殴りを少し顔を傾けるだけで避ける。


「ちっ!」


舌打ちした野枝が今度はアッパーをしようとする。


「もうおしまいだ」

「あ!? ……っ!?!?」


何も力に力で対抗する必要は無い。


僕は手でアッパーしようとした腕の初動を潰し、もう一つの手で野枝の脇腹を思いっきりつねっただけだ。


あまりもの痛みに野枝が跪き悶絶する。


「〜〜てめぇ!」


僕は跪き顔を上げる野枝に言う。


「ようやく見下ろせたよ……クズ野郎」


僕は引いた拳を強く握りしめる。


「や、やめ……っ!」

「報いだ……ふっ!!」

「ぐがぁぁ!!!?」


思いっきり顔に叩き込んだ。


その勢いのまま地面に頭を叩きつける。


ビクッ! と少しの痙攣の後に、白目を剥き野枝は気絶した。


「今更学生風情に苦戦するわけないわな」


鍛え直す前の、喧嘩をしたことの無い僕ならまだしも、大魔王じみた強さの師匠とやり合っているのだ。


手をグーパーして感触を確かめる。


「多分、フィジカルもパワーも僕の方が上だったな」

「な……っ……なにが……」


頼もしい用心棒だったのだろう。


そんな奴を呆気なく倒したことが信じられないようだ。


「こんなもんだよ……お前が怯えてた人間なんて」


僕は一歩づつ坂本に近づく。


「来るな!」


僕は足を止めた。


何故なら坂本は包丁を持っていたからだ。


「ポケットに入れてたの? 危ないじゃないか」


僕はまた歩き出す。


「さ、刺すぞ!? 本気だっ!」

「あっそ……ふっ!」


僕はひと息に踏み込む。


「ひ、ひぃ!?」


振り回そうとした手首を思いっきり握りしめる。


「あっぐっ!?」


手放した包丁を僕は遠くに投げた。


野枝が復帰して、取りに行こうとしても僕の方が早く取れる位置だ。


「知ってるかい? ハンドボールって握力が大事なんだぜ? 絶対に離さないためにね?」

「あ……あぁ……」


坂本は崩れ落ちるようにその場に腰を落とした。


しばらくしてサイレンの音が近づいてきた。


「呆気なく終わったね」

「……」


反応を示さない坂本からはもはや抵抗の意思を感じない。


でも手放さない。


油断なんかしてやらない。


だって、僕はお前らを許しはしないのだから。

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