第十四話 本心

その後、警察が公園まで来て、二人を拘束。そして事情聴取として僕と神楽道さんをパトカーに乗せて警察署に向かった。


警察により僕の両親、神楽道さんの祖父母、野枝と坂本の親を交えて警察署で話し合いが行われた。


被害者の神楽道さんと彼女を助けた僕が、野枝と坂本両名のご両親に土下座で謝られた。


「僕は被害者ではありませんので、許すもなにもありません」


そう告げ、神楽道さんの祖父母に任せて帰ることになった。


その時に凄く神楽道さんの祖父母に感謝された。


やはり神楽道さんの体質というかトラウマを知っていて、お二人とも孫を抱きしめてあげられないことを悲しみつつ、加害者を強く睨みつけていた。


「私たちも君と同じ意見だよ。このことは、ここのが決めることだと思う。でも、やはり私たちには彼らを許すことは出来ないと思う」

「あの子だけがずっと酷い目にあっているの……最近は笑顔も増えてね。あなたのおかげだって今なら分かるわ。ありがとうね」


お二人に手をぎゅっと握られて少し胸が暖かくなった。


神楽道さんは終始何も喋ったりせずに、静かに目を閉じている。


それが僕が見た彼女の最後の姿だった。


両親と共に家に帰る着くころには日が明けていた。


さすがに今日は学校を休むことになるだろう。


父さんと母さんには沢山褒めちぎられた。


女の子のピンチを助けるなんてさすがはウチの子だ。


照れくさかったけど、僕も少しだけ誇らしい。


「でも、桃菜ちゃんは?」


母さんの一言になんとも言えなくなった。


母さんはすっかり美澄さんのことが気に入ったみたいだ。


色々誤魔化しつつ、自室に戻りペットに横たわる。


でも寝れないだろうな。


僕はしょうがないと諦めつつ目を閉じた。



気がつけば夕暮れときなんですがなにか?


目を閉じて寝るふりでもしようと考えてたら、寝ていたみたい。寝れるんだ。驚きだ。


よっぽど疲れていたみたいだ。


シャワーだけ浴びて、リビングのソファで寛いでいると、神楽道さんからメールが届いた。


『話し合いが終わって家に帰ってきたよ。これから会えるかな? 少し付き合って欲しい場所があるんだ。でも、おじいちゃんとおばあちゃんが心配性で付き添いが居ないと外に出してくれない(>_<) その付き添いが星雫君なら良いっていうから。気に入られたね』


良かった。無事に終わったみたい。


僕はすぐにメールを返して身支度を整えた。


『無事におわったようでなによりだよ( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )ホッ すぐに迎えに行くよ(˶' ᵕ ' ˶) 良い人達だよね! さすがは神楽道さんのおじいちゃんおばあちゃんだよ(*´ω`*)』


迎えに行ったら家に上がっていかないか? と誘われたけど、神楽道さんがやんわりと代わりに断って、僕と一緒に家を出た。


「どこに向かうの?」

「昨日の公園」

「……大丈夫?」

「もち」


だそうです。


未遂とはいて、女の子ならトラウマになるようなことを体験した場所に間もおかずに行こうとする神楽道さんの強さに感服する。


徒歩十五分程度でたどり着いた公園は、夜中に見た時と違って雰囲気の良い物静かな場所だった。


「ここ私のお気に入りなんだ」


神楽道さんはボソリと言うけど、確実に僕に話しかけていた。


「一人がキツイならいつでも付き合うよ」


好きな場所が嫌いな場所にならないように。


「ねぇ……話し合いの結果聞く?」


彼女は少し顔を伏せたまま僕の方に向き直る。


「聞かせてくれるなら」


それによっては、今後の野枝と坂本の運命が決まるから。


「そっかぁ……うん」


彼女は何かを決意するように一つ頷き、表情をほころばせる。


まるで恋する女の子のように顔を赤く染め、目を暗い明かりで輝かせる。


あたし・・・は許さないって言ってやったよ!」


その一言に彼女の本心が集約されているように感じた。


更に口角を吊り上げ満面の笑みで言う。


「だって見たかったんだもん。アイツらが絶望に堕ちる顔がさ〜ぷっ」


そこで堪えきれなくなったのか、お腹を抱えて神楽道さんは笑い出す。


「あはははっ! アイツら謝り倒せばあたしが許すと思っててさ〜一言も発しないあたしに示談金を持ちかけてきやがったよ。だからその時、その為だけに黙っていたあたしは言ってやったの! お断りします! ってね! さいっこう〜だった! 君にも見せてやりたかったよ!! アイツらはあたしが大人しい女の子に見えたんだろうね。だけど残念! あたしは自分にされたことは根に持つし絶対に許さない。だから、野枝君にも坂本君にも入ってもらうことにしたよ、少年院にね! あはははっ! ざまぁ〜ねぇーな! 自分たちがやらかしたことに今更青ざめて、あたしに必死に懇願してやんの! 助けて〜悪かった〜もうしないなら〜……ウッザ! 許さねぇーって言ってんの! はいさいなら〜ってね! あ〜人生で一番スッキリした瞬間だよ〜これっていわゆるざまぁってやつだよね!」


嵐のように畳み掛ける彼女の瞳は、いつか見た闇が宿っていた。


僕はそんな彼女に魅入られていた。


全てを吐き出した神楽道さんは、少し呼吸を整えてから、先程までの快活な様子を消し、無表情に僕に向き直る。


「どう? これがあたしだよ? 失望した?」


両手を広げ少し寂しそうに彼女は笑う。


(ああ……黙っていたから勘違い・・・させちゃったみたい)


僕はどうしても言いたい一言を言うことにした。


いいね・・・! 凄くいいよ・・・最高・・だよ!」


僕は嬉しさのあまり、ニヤけが止まらない。


「…………えっ? な、なんで嬉しそうなの!? だってあたし最低じゃん! 許してって言っている同級生を許さないんだよ!? 少年院にぶち込んだんだよ!?」


彼女は必死に自分の異常性を説くけど、僕は首を傾げる。


「なんで? 普通じゃない? だって君は被害者・・・なんだよ? この世界で唯一、加害者に正当な悪意を持つことが許されたのは被害者・・・だけなんだよ? 好きにしていいんだよ? アイツらに怒りも憎しみも恨みも怨みも憎悪も嫌悪も侮蔑も差別も殺意も何もかも! 君の持つ感情は全て正しい・・・んだよ! ……だって、君は被害者・・・なんだから!」


僕の考えをできるだけ伝えた。


彼女は困惑するように胸を押え、俯く。


「だって普通は許す……でしょ?」


上目遣いで僕に恐る恐る尋ねるけど、お生憎様僕にはその普通は知らない。


「それってさ、被害者になったことの無い人達の詭弁でしょ? 本当の被害者なら、絶対に許さないと思う。僕とて被害者になったことはないから、どれほど君の気持ちを理解出来るか分からないけど、もし……もしも、世界中が君に危害を加えた奴らを許せと言っても、僕は君にこう言うよ……許さなくてもいいんだよって」


許して欲しいなら犯罪なんか犯すな馬鹿が。


それが僕の答えだ。


誰かを傷つけた時点で、許すも許さないも被害者だけが決めていいことで、それ以外の外野も国も法律もメディアも勝手に加害者を許すな。


「それに初めて君の本心を知れたような気がして凄く嬉しいんだ! 君も持ってたんだね! 普通じゃ満たされない空っぽの器を! 僕と美澄さんみたいに! ……ああ、これは運命なのかな〜? こんな広い世界でこんな小さな街一つに二人もの同胞に逢えるなんて!」


もしかしたらみんな持っているけど、気づいていないだけなのかもしれない。


その中で、気づいてしまった者たちはその乾きにも似た感覚を感じながら知らんぷりしなければならない。


「ねぇ! 僕と一緒に探そうよ! この空っぽの器を満たす方法! 今回の一件で君は気づいたはずだよ? この器は無視できないって……自覚したら気になってしょうがないって!」


僕は彼女を欲した。


彼女をエトワールに入れたい。一緒に探していきたい。


僕の滾る情熱を向けるべきものはなんなのか? 美澄さんの探し求める生きがいとはなんなのか? そして、神楽道さんの抱く感情はどんな願望を孕んでいるのか。


「僕はねぇ……今の君が凄く好みだよ。凄く好きだよ。堪らなく欲してしまったよ! だから、一緒に居ようよ! 僕も君もその器を満たせる方法を見つけるまで!」


僕は熱に浮かされた気分でどんでもないことを言っている気がするけど、どうでもいいや。


彼女が僕と一緒に居てくれるなら、瑣末なことだよ。


僕は触れられないと分かりながら、手を差し伸べる。


神楽道さんは俯いたまま震える。


「どうしたの?」


もしかして、色々言ったから混乱したのかも。


「あ、エトワールって言う組織を美澄さんが立ち上げたんだ。僕や神楽道さんみたいに普通の生活じゃ見つけられない空っぽの器の満たし方を模索するための組織でね、アジトもあるんだよ! きっと気に入るよ!」


危ない危ない。肝心な情報が抜けてた。


これで一安心だ。


そして神楽道さんは震えながら顔を上げる。


その顔は真っ赤に染まっていて、目が潤んでいた。


「神楽道さん?」

「ばーか! ばーか! だれが自分の彼女を闇堕ちさせようとするんだよーっ!! このばーーかーーぁ!」

「ちょっ!? 違うよ! 闇堕ちじゃないよ! って、どこに行くの!?」

「うちに帰るんだよっ!!」

「道中になんかあったら危ないよ! 送っていくよ!」


決して速くはない速度で彼女が駆ける。


僕は一応は護衛みたいなものだ。


勝手に責務放棄したら彼女の祖父母に申し訳がない。


僕は少し背後を余裕を持って追尾する。


彼女は耳まで真っ赤になりながら、叫ぶ。


「君がこんなに変な奴なんて知らなかったよっ! 悩んでたあたしがバカみたいじゃん! この変人! すっとこどっこい! 着いてくんなぁーー!!」


公園に彼女の元気な悲鳴がコダマする。

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