第十二話 逆恨み

ここのは公園に足を踏み入れる。


(ん? 気のせいかなぁ)


少し視線のようなものを感じて腕をさする。


七月に突入し、もう時期夏休み。


夜中とは言えジメッとした空気にうんざりしつつ、ここのはベンチに腰を下ろす。


「うんっしょ」


一息ついたようにダラっと力を抜く。


少し空を見上げてドロンとした目でボーッとする。


(相変わらず星一つ見えねぇー)


自分の彼氏が何かと星にまつわる名前やあだ名だから、不意にそんなことを思ってしまった。


「シリウスって一番星で一番眩しいんだっけ?」


聞きかじった知識を思い出す。


「なら私は一番星の何になるんだろう?」


一番暗いやつ? それとも、マイナーなやつ?


詳しくないからか、織姫や彦星にまつわる一等星の名前はなんだっけ? と暇つぶしの思考が脳内を埋める。


「どうせならシリウスの次に眩しいやつとかどうよ?」


少し自惚れすぎか? と苦笑する。


(お似合いのカップルかぁ……そんなこと全然ないんだけどなぁ〜)


最近よく言われる言葉に、否定をしたくなる。


すごい才能を持つ青音と、見てくれだけ良い凡人の自分では釣り合いなど取れはしない。ここのはそう考えた。


(いやだいやだ……食べよー)


変な方向に思考が傾きそうだと気づき、気分転換にクリームドーナツの封を開け、頬張る。


(美味しっ!)


カロリーに見合う味にここのはご満悦に貪る。


しばらくして食べ終わったここのはクリームドーナツの袋を折りたたみ、ジャージのポケットに入れる。


「さてっと……帰ろ〜」


ある程度気持ちの整理を済ませベンチから立ち上がる。


そしてここのは公園の出口に向かう。いつも通り。


だが今日は違っていた。


(えっ……人?)


暗い公園の出口付近に人が立っていた。


ここのは後ずさり、そして反対側に歩こうとし振り向き息が止まった。


「な、なに? な、なんか用ですか?」


自分とそう離れていない距離にフードを被った人が一人立っていたのだ。


左右を挟まされた形でここのは身を固くする。


近くに居た人は自分とそう変わらない背格好。


公園の出口からコチラに歩いてくる人はガタイが良く、背が高い。


「俺の事忘れたのか? このクソビッチがよぉ?」

「えっ……」


ガタイの良い方が声を掛けてきて、直ぐに誰なのか分かった。


「野枝……君?」


それはつい最近、青音に言い負かされ不登校中のいじめの主犯格、野枝であった。


「へぇ〜さすがはビッチだな。男の名前ならみんな覚えてるわけだ?」


暗がりでも分かるニヤけた顔で歩み寄ってくる。


「な、なにか用があるの? 出来れば後日改めてくれると嬉しいかな?」


恐怖に震えそうになりつつ、打開する方法を模索するが、二人してここのを挟んでいる状況かつ、野枝は運動部だったことから走って逃げ切れる気がしない。


絶望しそうに震えるここのは何とか場を穏便に済ませようと喋り続けた。


「この前はごめんね。やり過ぎたって思っているよ。反省してます。だから、何かお詫びが出来るならさせて欲しい。でも、ほら、今日はもう暗いし、家族がし、しんぱい……してる……からっ」


後半につれて徐々に恐怖で泣きそうになり、言葉が詰まる。


怯えるここのに気分が良くなったのか、野枝は最悪のことを言う。


「お詫びならさぁ〜一発ヤラせろよ」

「……へぇ?」

「どうせもうヤリまくりだろ? なら、良いじゃねぇーか。ヤラせろよ〜」

「うっ……ぷっぅ」


あまりもの気持ち悪さとおぞましさに、胃液が喉まで込み上げてくる。


口を手で押さえる。


だが、ここのの絶望はそこで終わりでは無かった。


「野枝。ヤッてもいいけど、約束は守れよ!」


そう発言したのはフードを被った男。


その声にここのは聞き覚えがあった。


「……坂本……君?」


それはありえない人物だった。


何故なら、坂本は野枝に虐められていた人物なのだから。


「な、なん、で?」


頭の中がぐちゃぐちゃになる。


ここのはもはやまともな思考ができなくなっていた。


「あ? なんで? ……なんでだと!? お前がオレをうらぎったからだろぉぉお!!!?」


坂本は叫ぶ。ここのが憎くて憎くて仕方ないように、その目は血走っていた。


フードが下ろされ、ボサボサの頭が姿を現す。


坂本は首周りをボリボリかく。


今のここのには気づかないが、かなり臭いもキツくなっていた。


「おーい、坂本〜。近所迷惑だぞー」


ニタニタと笑いながら野枝は坂本を注意する。


「……ちっ。お、お前がオ、オレに愛想振りまいていたから……だ、だから! オ、オレはお、お前を好きになったのにっ! なったのに! 恋人をぉ! 恋人をぉ!! 作りやがってぇぇぇーー!!!」


一度押さえたものの、結局は吠えるように怒鳴り散らす。


「ひっ……そ、そんな……わ、わたしそんな、つもりじゃ……」


あまりもの剣幕にここのは膝が笑ってしまう。


ここのにとって、誰に対しても優しく接したつもりだった。


坂本もその一人でしかない。


坂本や他の数人の男子に告白される気配を察したここのは、ちょうど青音の問題もあり、青音と付き合うことで、できるだけ誰も傷つかない選択をしたつもりだった。


でも失敗した。決定的に失敗した。


ここのは甘く見ていた。


恋してしまうほどの感情が裏返ったらどうなるのか。


恋をしたことも、人を好きになったこともないここのには知る由もなかった。


「だっく! テメェは声がデケェーよ! 少しは大人しくしろ! ヤレねぇーだろうが!」

「ぐっ……わ、分かった……サッサとヤレよ」


そう言い、坂本はスマホを取り出し構える。


「な、なにを、してるの?」


ゾクリと背中を虫が走ったような怖気がここのを襲う。


「それでは〜今から神楽道ここのとヤリまくりたいと思いま〜す」


まるで動画配信者のような挨拶をし、野枝がここのに詰め寄る。


「いやっ!!」


無意識にここのは駆け出すが、一瞬で距離を詰めてきた野枝に腕を掴まれてしまう。


「あ、……あぁ……ああああああああぁぁぁ!?」


その瞬間、ここのはトラウマが蘇り全身から力が抜ける。


その場に座り込むここのの腕を掴んだまま、野枝は舌なめずりする。


「へぇ〜? 抵抗しなくなったなぁ? なに、意外と神楽道も乗り気だった? なんだよ〜そうならそう言えよ〜」


見当違いの結論に至った野枝は満更でもなさそうにニヤける。


(なんだ? 本当にヤリまくりのクソビッチだったのか?)


録画モードにした坂本はそう疑問に思いつつもどうでもいいと直ぐに思考から切り捨てた。


(まあ、いい。お前らがヤッている動画をネットに上げてやる。そうすればお前らはまとめて破滅だ!)


坂本は裏切られた気持ちから、そんな最低の復讐を企てた。


(もしもその前に警察が来ても、オレはイジメられていたから、それを訴えればいい)


穴だらけの安全策が坂本の背中を押して、このような計画を実行に移した。


前から、ここのにバレないようにストーキングし、たまに夜中に抜け出してたことを突き止めていた。


そして、裏切ったここのをどん底までたたき落とす為に、野枝を利用することに決めた。


『神楽道とヤラセてやるから手伝え』


そう言って、街をぶらついていた野枝を勧誘したのだ。


野枝は坂本が動画で、野枝だけにモザイクをかけるからと言う嘘にすっかり騙された。


(そんなわけねぇーだろ! お前だってオレをイジメてたゴミだ! まとめて処分してやるよ!!)


野枝からしたら、坂本をイジメていたことで恨まれているなど微塵も考えていたかった。


だから、坂本の口車に乗せられてしまった。


野枝はすっかり興奮し、ここのにおお被さるようにここのを地面に寝かせる。


「あっ……ぐっぅ……」


地面に打ち付けられるように寝かされたここのは一瞬だけ理性を取り戻す。


(ああ……そうか……私、犯されるんだ)


まるで他人事のようにここのは思った。


もう逃げられない。助からない。


(ははっ……こんなことなら、星雫君にあげれば良かったなぁ〜無理なんだけどさ)


ありえない可能性に心の中で苦笑する。


ここのは幼少期に両親に虐待を受けたことで、人に触れられることがトラウマの引き金になる。


そして虐待を受ける自分がどれほど助けを求めても手を差し伸べてくれた人は居なかった。


運良く今の祖父母が両親に放置され、家に軟禁されていたここのを見つけてくれたからこそ、助かったがその頃にはここのはすっかり心を閉ざしていた。


自分のジャージを脱がそうとする野枝を濁った瞳で見つめつつ、ここのは涙を流す。


(そっか……私……星雫君に期待してたんだ)


今になってようやく理解した。


ここのは青音に期待していたのだ。


自分をトラウマや絶望から救い出してくれることを。


気付かされた。気づいてしまった。


叶わないと知って、ここのは声に出す。


「たすけて……たすけてよぉ……ほしずくくぅん」

「ぎゃはは! 来るわけねぇーだろ! こんな真夜中によぉ! 夢見すぎだろ! 白馬の王子様でも夢見ているのか? クソビッチのくせによぉ!」


野枝の下品な笑い声がこだまする。


(星雫……次はアイツの番だ!)


坂本はこれで終わらせるつもりなんて無かった。


次はここのを自分から奪った青音にすら復讐するつもりだった。


だが、彼らの望む未来は今この瞬間消え失せた。




「神楽道さんに何やってんだぁぁ!!!!!」


その声は公園中にこだまする。


その声の主は、風のような速度でここのに覆いかぶさった野枝に迫る。


そして……


「なっ!? ぐぼぉっ!!?」


思いっきり野枝の顔を殴り飛ばした。


その光景をここのは空を見上げた形で見て、青い流星のように感じた。


そして、涙が溢れた。


「えぅっ……ひぐっ……ほじじぐぐぅん……っ」


涙をジャージの袖で拭うも止まらない。


何故ならそれは、ここのにとっての生まれて初めての嬉し泣きだったから。


乱れたジャージ姿のここのを見て、青音は素早く上着を脱ぎ、彼女に被せる。


「そこで待ってて。……直ぐにコイツらをやっつけるから!」


ここのを庇うように青音は背中を向けて顔を押さえて立ち上がる怒りの形相な野枝と、唖然としつつもポケットに手を突っ込んだ坂本を視野に入れる。


(本当に良かった! 間に合って本当に良かった……っ!!)


ここのの無事をかみ締め、そして彼女を傷つけた野枝と坂本に激しい怒りを抱く。


ここのは青音の後ろ姿をじっと見つめる。


自分とそう変わらない背格好の青音の背中はとてつもなく大きく感じた。


何故青音はここに来たのか?


それは少し時を遡る。

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