申立人の妹・藁山琴

 面接室って、こんななんですね。

 ええと。


 ソファセットのあるような部屋かと思ってて。

 今日の話、は分かってます。

 お父さんがいなくなったこと、についてですよね。お姉ちゃんからも、聞いてますから。

 相続のこととか、全部お姉ちゃんに任せてるし、この先もそうなので、別に、説明は要らないです。

 私は、聞かれたことだけ話して帰ります。

 話し合い、は、してます。その結果、全部お姉ちゃんに任せた方がいい、って決めました。

 でも、私にも話を聞いて、手続きを進めることになったって、お姉ちゃんに聞いたので、それに従います。

 そうです。

 お姉ちゃんは、たったひとりの家族ですから。


 お父さんがいなくなったこと、っていっても、私は大分小さかったので。お姉ちゃんよりは覚えていないと思います。

 音楽会の日。それが確かかどうかも、覚えてません。ただ、何か、お父さんが迎えに来てくれるはずだったのに、来てくれなかった、ようなことがあったとは思います。

 お母さんは、お父さんがいなくなったのを知らなかったし、わけが分からない、みたいな。そんな様子だったと思います。

 仕事が好きなんですよね。仕事なのか、職場なのか、お給料なのか分かんないです。お母さんは、たぶん、お父さんに興味はなかった。し、私にも興味はなかったかな。お姉ちゃんだけ。

 お母さんが捜索願を出してたのかどうかは、分かりません。小さい頃も、大きくなってからも、そんな、お母さんが警察に行ったなんて話を聞いた覚えはないです。行ってたら絶対話しますもん。

 お姉ちゃんが実家を出たのは、お母さんがそういう人だったからです。自分のことだけたくさん話す。こどもの言うことはちっとも聞いていない。普通に、それなりに、愛はあったんだと思いますよ。ただ、情はなかった。お母さんは、自分に何かあったら平気でお姉ちゃんや私を切り捨てるし、切り捨てたことを分からなかった。分かろうともしなかった、気付こうともしなかった。

 お姉ちゃんが実家に帰ってきたことはなかったです。自分の借りたマンションで暮らしてました。

 私がそこに住み始めた、のは、私が高校生の半ば頃です。通ってた高校にお姉ちゃんの家の方が近かったのと、ちょっと、寂しくなっちゃったので。

 私はときどき実家には帰ってました。私とか、お姉ちゃん宛の郵便物が、実家に届くこともあったし。帰ったら帰ったで、食料品を持たせてくれたりもしましたし。お母さんに届いた郵便を私が仕分けることもありました。その中で、お父さんに関わるようなものを見た覚えはないです。はい。お父さん宛の郵便も、届いたのを見たことはありません。

 お父さんが実家に帰ってきたことも、ないと思います。たぶん。私は会っていない、はずです。

 会っていないはずなんです。


 お母さんに聞いてもそんなことはなかったと言うので。


 実家の玄関にお父さんが立っている。靴を履いたまま。動こうとしないで、ただそこに居る。


 そんな様子を見たことが、何度かはあった。

 私はそう覚えているんですけど。お母さんはそんなことはなかったと言うし。そう言われたら、夢だったような気もしてくるし。よく、分からないです。

 でも、それも中学生頃まででしたから。確か、中学二年の夏休み頃。七年以上前ですよね。だから、それまでに私がお父さんに会っていても、失踪宣告には影響がない、そうですよね。


 なるほど。

 失踪した日時とか、最後の住所に、疑問が生じると。


 だったら、私がそういう夢を見たということにしておいてください。私以外にそんな話をする人は居ないはずですから。それでも問題ないでしょう。

 おかたいなあ。

 だから役所って苦手。

 じゃあ、会ったかもしれない、そうしておいてください。でも、それは確実に七年以上前だと。小学六年生のとき、ぐらいでいいんじゃないですか。


 相続をどうするのか。

 お姉ちゃんが全部。

 それでいいです。

 私は何も要りません。

 お姉ちゃんが実家を相続したら、私もそこに一緒に住みますから。それで充分です。別に、どこでもいいんですけどね、ほんとは。でも、ほら。お父さんが居なくなって、お姉ちゃんも居なくなって、私も居なくなって、お母さんも居なくなって、建物も可哀想かな、みたいな。いえ、お姉ちゃんがどう思っているかは分からないですけど。

 貯金とかもそれなりにあるんですよね。そういうのも、お姉ちゃんが持っててくれる方が安心。

 私が持ってたらダメなんです。

 んー。

 ふふ。

 なんでもないです。

 とりあえず、お姉ちゃんでいいんです。私は何も要らなくて、全部お姉ちゃんが持ってればいい。そういうのって、何か、手続き要るんですか。

 えっと。相続放棄、の申述。それって、ここで出来ますか。

 ダメなんですね、分かりました。じゃあ、帰りにその、管轄の裁判所とやらに、寄っていきます。


 え。

 この痣ですか。


 ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ、痣なんてほっとけば消えますから。

 いつものことだから。大丈夫です。

 大丈夫。

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