3.主従の間に打ち込む楔

「何故かぁ!!」


 王允の屋敷の前。飛将軍呂布が正門から出てきた王允に飛びかかり。

 ベアハッグをかけて締め上げる!!


「うぶ!! うごぶはっ!! 呂、呂将軍!! ギブギブギブ!! 何をなさるっ!!」

「この狸めっ!! 先日、この呂布にあの貂蝉を献上すると申しておいて!! 貴様は董卓閣下に与えてしまいよったな?! この俺に大恥をかかせおって!! もう、美姫と結婚するのだと友人連中には手紙を送り!! 挙式の準備を屋敷を挙げて始めてしまったのだぞ!!」

「た、狸とは?!」

「董閣下とこの呂を!! 秤にかけていたのだろう!! そして、董閣下の方が良しと見た貴様は、俺との約束を反故にして、董閣下に貂蝉を献じた!! さあ、どういい抜ける?! 貴様のような文官の首、この儂には容易くねじ切れるのだぞ!!」

「お、お。落ち着きあれ、呂将軍!!」

「これが落ち着いていられるかぁっ!!」

「それでも落ち着きあれっ!!」


 王允は、声を張り上げた。何やら不思議な響きを持つ声で、ひょっとしたら神でも宿っていたかもしれぬ声だった。


「……そうだな。落ち着こう。言い訳があるならなせ」


 不思議な声を放った王允の話を聞く気には、呂布はなったようだが。

 それでも不満の色は激しく表れていた。


「実は……。董閣下は情報が早くございましてな。この王允が呂将軍に貂蝉を嫁がせることを知ったのが、えらく早くございまして。この前、突然我が家に僅かな身の回りの者を連れて、内々に訪れたのです」

「? 董閣下は、貂蝉が俺に嫁ぐという事を知っていた?」

「左様にございます。いやはや、どこから洩れたのやら……。相国府の情報網は怖ろしゅうございますな」

「それで? 董閣下はどう仰せになったのだ?」

「はあ。とにかくもまず、その貂蝉を見せてみよ。奉先はわしの最も愛する臣であり、その愛臣に滅多な女が付かれては困る。そう仰せになりましてな」

「ははあ?」

「それで、まあ。私は貂蝉をお目に掛けたのですが」

「うむ……。それで、董閣下の好き心が兆してしまったと?」

「貴方は……。親子の契りを交わしたという、董閣下を何だと思っているのか……。そのような事は、董閣下はなさいませぬよ。貂蝉の容色や血色。それに衣装や化粧を見られましてな」

「うむ? 何故にそのような事を?」

「はい。董閣下の言われるには、貂蝉は呂将軍に嫁ぐには足る器ではある物の。良い食良い衣装、よい化粧で。もっと華を大輪に咲かせて、呂将軍の婚姻の宴に出すべきだ、と申されまして」

「うむむ……? まさか、董閣下は?!」

「はい、お分かりになられたと思われますが。貂蝉を一度召し上げ、磨きに磨き抜いて、呂将軍に下賜するつもりである。そのように申されておりました」

「おお!! 俺は何と馬鹿なのだ!! 董閣下は、わが父ではないか!! その父が、息子のわしの艶の宴に、更なる艶を注いでくれようと憎い為し様をしてくれようとしていたのに!! 恨むような馬鹿なことを為すとは!! 何といって父に詫びるべきか!!」


 呂布は、王允の言い抜けた込み入った言い訳を真に受け、呂布から取り上げたとは知らずに貂蝉を持ち帰り。おそらくは今頃は相国府の寝床の中で貂蝉と睦み合っているであろう董卓に、詫びの気持ちを叫びまくったのであった。


(ふふふふふ。信頼の気持ちというものは。それが大きければ大きいほど。裏切られたときの恨みも憎みも。大きくなるものですぞ、呂将軍)


 うす暗い笑みを浮かべて。

 一人笑う狸親父王允の事は、既に呂布の眼中にはなくなっていた。


「こうしては居れん!! わしは今日は、董閣下の身辺警備の予定が入っているのだ。遅れてなるものか、参りますぞ!! 愛しき父上!!」


 そう叫んで、名駿赤兎馬を巧みに操り。

 飛ぶように、この長安の相国府に向かう呂布であった。


「ふん……。軽いものよ、あのような単細胞をさばくのは。後は貂蝉、頼むぞ」


 王允はそう言って、趣味のいい着物についた埃を払って。

 呂布に言い訳をするためにだけ出てきた正門から、屋敷の中に戻るのであった。


   * * *


「貂蝉……。汝は素晴らしい……」


 さて、場所は相国府で。

 董卓は、ここ幾晩も処女だった私との睦み合いを繰り返していたけど、ようやく満足をしたらしく。

 その一言を漏らすと、眠りについたの。


「あたたた……。転生するたびに思うんだけど……。処女喪失はやっぱいつも痛いわ……」


 私が。ジンジンする下腹部を押えて。まあ、起きないといけないから、女官服に着換えてたんだけど。

 がたんっ!! って音がして。この董卓の寝室に巨漢が入ってきた。


「……貂蝉、居るではないか!!」


 なんだよもう来たのかよ、はえーよ呂布奉先!!


「呂布将軍、お静かに。董閣下が眠られておりますわ」


 私はそう言ったんだけど……。もちろん、涙を演技でこぼしながら。


「? ……なんだ貂蝉、その涙は?!」

「お静……か、に……」

「お前、お前、貂蝉?! まさかっ!!」

「なりません、呂布将軍。こうなってしまった以上、貴方とわたくしは。もう結ばれることはありませぬ。お割り切り下さい……。よよよ……」

「か、か、か。そ、そ、そ、そ? そんな事ってあるのか?!」


 さて、私は呂布に対して。状況説明は一切していないんだけど。

 まあ要するに、一武将である呂布が、幾ら踏ん張ったところで。

 相国の董卓の女にさせられた私には、もう手が出せないってことを。


 涙、涙の名演技で、言外に伝えたってわけ。


「お……おのれ……。若者から女を略奪するとは……っ!! なんたる老害っぷり……かっ!!」


 さあ、呂布。怒りには満ちているけれど、流石にこの董卓の寝室で、ご自慢の方天画戟は振り回さない。

 いいのに。早めにやっちゃってよ。

 そしたらご褒美に、私はあんたの嫁にくらい。

 なってあげるのに。


「貂蝉……。いま、わしは董卓を殺すわけにはいかぬ。こんな所で暴れたら、お前もろともわしも、董卓の近衛の者に殺害されるわ」


 いいじゃんそれでも。私は天女だから。空飛んで逃げられるし。

 死ぬのは、董卓と呂布。アンタらだけよ。


 とは思いつつも、そんなこと言うわけにはいかず。


「董卓閣下をお殺しになられる……? ですって?!」


 わたしは、血の気の引いた表情を作る。


「そんな、怖ろしい事を……。申すのも憚られます……」


 そして、ガクガクと震える演技。


「怯えるな。あの男はすでに老人だ。この若い力漲る飛将軍呂布の敵ではない。ただ、今はいささか、状況が悪いのだ……。今は、これだけしかできぬが……!」


 と言いつつ、私の肩を抱き。

 ディープキスをかましてきた呂布!!

 やーべー。気持ちワリー。そう思ったので、私は。

 董卓の寝ている寝床の衝立に、手を付いた。


 ガタンと倒れる衝立。跳ね起きる董卓。そしてばっちり目に映る。

 自分の新しい寵姫である私に手を出す、愛臣呂布!!


「きっ!! 貴様呂布!! 何をしておるかぁ!! その貂蝉は、王允殿の秘蔵の舞妓!! 儂を見込んで、王允殿が託した儂にとっての新しい宝だ!! 貴様如き武骨者が触れて良いモノと思うかぁっ!!」


 おおおお!! 超激怒した董卓。


 うむ。上手く行ってきた。この調子で二人の仲を、違えまくってやる!!

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