2.手強い相国

「貂蝉と申すか。……悪うは、無いな」


 酒を飲みながら。王允様の秘蔵の酒壺から注がれた、クソ高い蜜酒を飲みながら。

 スーパー肉脂豊重の相国野郎は横目で私を見て、そんな生意気千万なセリフを吐いた!!


「董卓様……。お気に召しませぬでしたか? されば……」


 おい待て王允、ここまで策略敷いて、今更引く気か?

 そんなことしたら、この貂蝉様は。

 あの粗暴な呂布の嫁にならんとあかんやろが!!


 さて、あの日。呂布が帰ってからの王允様の次の手の打ち方は早かった。

 いま、相国董卓が飲んでいる長寿の蜜酒。その壺を開封するから、是非今宵は我が邸宅にいらっしゃいませ。

 そのような親交の文を董卓に送ったの。

 董卓は、相国という今の漢王朝の人臣の位の中ではほぼ最高の所にいるけど……。


 実に、王允様の官位も司徒となかなか高く。その上に王允様は、成り上りの董卓とは違って、もう重臣高官の位にあって久しく、その人脈は大きい力を誇る。

 まあ、そんなわけで、今を時めく相国董卓としても、王允様が自ら親交を求めるならば、その手を払ういわれは無いという事らしいのよ。


 そんなわけで、いま。

 王允様の屋敷に董卓は来ていて、その場に私は呼び出されて。

 引き合わされたわけだけど。


(手強い……。この男手強い!!)


 女としての直感が、ビリビリ告げる。コイツは、アレね。

 遊びまくりの女知りまくりの、なおかつ人の心を読める上に。

 その上で尚且つ、我欲を押し通す一番厄介なタイプの男!!


 あの呂布のような筋肉単細胞とは桁の違う難物。さて、どう落としたものか……。

 まあ、まずは。

 音で攻めるかね、お酒も入っていることだし。


「王允様。貂蝉は、磨いた管楽弦楽の技を相国様に披露したくございます♡」


 ここは、ギャルっぽく。ぷりぷりブリブリのぶりっ子で攻める。

 呂布の馬鹿は、清楚系が好きだったけど。

 この董卓は、若さに歓喜するタイプと見定めた!


「おお、そうか。では、侍女どもに用意させよう」


 王允様は、後ろを振り向いて、接待の為に控えている侍女たちに指示を飛ばした。

 すぐに出てくる、管楽、弦楽の道具。

 わたしは、今日は五弦の琴を選んだの。


「……王允殿の秘蔵の舞妓とはいえ。弦楽で以って、漢の相国、この董卓の耳を満たせるかな?」


 董卓は、甘くない。ニヤリと笑うと、凄むでもなく私の目を見た。

 ふふふふふ。甘くないのならば上等。私の奏でるスィートコード&メロディーで。

 甘々モードにしてくれる。


 ポロン、ポロン、シャラン。


 さて、勝負だ貂蝉さん。天女たるもの、こんな所でケチをやらかすわけには行かないわよ!


「……ほぅ?」


 董卓が面白そうな顔をする。

 よっしゃ来た!! 弦楽とは、音に乗せて人間の色気を振りまくもの。

 私の若い肢体から放たれる、魅惑の波動は。

 琴の音に乗って、董卓を捉えつつある!!


「如何でしょうか? 相国様?」


 王允様が、少し不安げに聞くけど。


「司徒殿。静かに。いいところだぞ」


 董卓はそのように言って、目を瞑って弦の音を楽しんでいる様子。


 さて、技巧を凝らして、心を込めて!!

 色と情熱と精巧の音を奏でるのよ、私!!


 そして……。曲を、五曲弾き終えたところで。


「やるな、貂蝉。気に入った。宮仕えの楽士でも、ここまで弾けるものは少ない。見事だ、この董卓の心を捉えたぞ、お前の弦楽は」


 といって、董卓が私に拍手を送ってきた。

 私は、淑やかに、気品を持って。

 それでも従順に頭を下げる。


「酌をせい。良く見れば、ひどく見目麗しいではないか。まだ若いと言うのに、随分と磨かれているものだ」


 董卓は、楽で心を開き、私に対して随分な好印象を持っている様子。


「仰せのままに。貂蝉は嬉しゅうございます、相国様のような強いお方にお酌をできて♡」


 語尾のハートは欠かせない。

 次は話術で勝負のフェイズ!!


「董卓様、相国様♡ 王允様は、常々申しておりますわ。漢王朝はすでに衰退し、その基は旧式と成り果てた。この際は、新しき基を築く英雄が必要となる。それはだれか、わかるか? 貂蝉。そのようにお問いになられるのです」

「なんだと? 司徒の王允殿までが、今の漢王朝に疑問を持っているのか……。まあ確かに、あの十常侍の乱は酷かったからのう。その後に、この儂が劉協皇帝を擁しているというのに、あの曹操、袁紹、袁術、孫堅、公孫瓚の乱。もはや、漢王朝は求心力を失っていると。王允殿ですら思われるのか……」


 おお、入った!! 王允様は、ガチの皇帝劉協尊崇派で。相国様、貴方の事を除きたいと必死で思っているのだけれど。

 この貂蝉の舌一枚挟めば、こんなものよ。男ってバカね。


「それで? 次代の英雄とは、誰の事かね? 王允殿は何と言っている?」


 董卓は、期待含みの視線を私にぶつける。


「官位の上から見て。当然その筆頭は相国様。貴方であると申しております♡」

「ふむ……。されどもだ、貂蝉。若き英雄ども。袁紹はあの累代三公を排出する袁家の出。また、その従兄弟袁術もその血に連なるもの。才気だけの軽薄漢とはいえ、あの曹操も経験を積めばどうなるか。公孫瓚にはさしたる注意は必要ではないが。また江東の虎孫堅は劉表の部下呂公に討ち取られたが、息子の孫策は若年ながら袁術の元で育ちつつあるらしい。その者共が、今後どうなるか。儂が抑えきれるか。実に難しい所なのだ」

「今どきの青書生たちに。董卓様を倒す力など、産まれはしませんわ。男は、整った世で育てば有能なように見えますが。実際のところ強いのは、勇猛な敵の多い西涼郡の治安に粉骨砕身の若き頃を送っていた、董卓様。貴方のような実地で実力を磨いてきたお方です♡」


 うふふふ。効いたわね。私のこの一言に、西涼の蛮種と呼ばれていたという董卓は、涙をこぼしそうな顔をした。


「貂蝉……! 何という事だ、お前のような、洗練の極の都女が。この西涼の蛮族のようであった儂の事を、そこまで理解してくれているとは……!!」


 凄い喜色を浮かべる、董卓。突かれて嬉しい所を、突いてあげたんだもん。

 そりゃまあ、狙い通りよね。


   * * *


「衣装や、楽器の類は。後で送り届けるぞ」


 さて、呂布に対する言葉と正反対の事を言って。


 この場の感傷が冷めないうちに、私を董卓の邸宅に送り出す、王允様。

 ああ、もうこの屋敷に。

 帰ってくることはないのかぁ……。


 これからは、董卓の屋敷で過ごすことになる。

 董卓の住まう、相国府で。


 そして、董卓の身を身近で守る呂布に巧い事粉掛けて。


 董卓を害させれば、ミッションコンプリートね!!

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