第18話 〜“バカロエル”〜



   ◇◇◇【SIDE:ガジェッド】




 ーー王都 裏路地自宅前広場



「……ははっ。やっぱ? そりゃそうだよな。“ジジイ”が俺を売りに出すわけないよな」


 “ロエ”はいつも通り飄々と口を開いた。

 強がってはいるが、隻眼の紫の瞳は諦めを滲ませている。



 メイラは俺をチラリと見てから口を開く。



「“王都の支部”。み~んな、殺されてたよ。10億B(ベル)なんて血塗れ!」


「ま、そうだろうな。俺から金を回収出来ないからって勝手に売るなんて許されるわけねぇ」


「うんうん! ボスはロエ君にご執心だもん! ロエ君がいままで好き勝手できてたのもボスの“お気に入り”だからってだけだし」


「ばぁか! 俺が最強だからに決まってんだろ? ジジイが来ても同じ! いざとなりゃ、ぶっ殺すだけだ」


「またまたぁ~。ロエ君はボスを殺せないよ? 戦闘力の話しじゃなくて、ロエ君は“優しい”からさ」


「ふっ、相変わらず、ズレてんな。優しいもクソもねぇ。俺は“悪人”を殺すのに躊躇しないんだよ」


「はいはい、わかったよ。……でもさぁ~。これから大変だよ?」


「……何が?」


「“ロエルを連れてきたら地位をやる”」


「はっ?」


「ボスはみぃ~んなにそう言ったんだよ? ボスは本気って事だよ? ロエ君……」



 メイラの言葉にロエは「ふっ」と鼻で笑い、空を見上げながら「ふぅ~……」と大きくため息を吐いた。



「ハハッ! よし、お前ら帰ってくれ! 強姦魔の“クズリモ”以外は多分生きてるからちゃんと死体を持って帰らせろよ?」



 ロエは俺をみつめて目を細める。



 昔からこういうヤツだ。

 好き勝手に生きてるようでいて、その分諦める事も多い。


 そうなったのは俺のせいだ。






 ーー俺はオヤジみたいにはならない!



 俺とロエは貧民街で一緒に育ってきた。

 父親に立てなくなるまで殴られても、気が遠くなるような空腹に襲われても、ロエはいつも未来を信じていた。


 5歳の頃に捨てられた俺が今も生きているのはロエのおかげだ。


 ゴミの漁り方も食べられる木の実とかも、動物の捌き方も……、綺麗な水辺も。


 泣いてばかりだった俺に「そんなんじゃここじゃ、すぐ死ぬぞ?」なんてからかっては、笑っていた。


 “友達”ってのが何かは知らないが、そう呼べるのはロエだけだった。


 それは今でも……。



「おい! ガジェッド、俺、お前の事嫌いなんだよ。何回も言わせんな……。さっさと消えろよ」


 ロエはニヤリと口角を吊り上げながら威圧してきやがる。


 ーー弱いヤツは嫌いなんだよ。もう俺に構うな、“泣き虫ガジェッド”……。


 俺の瞳には幼い頃の決別の言葉と光景が蘇る。

 


「俺もお前なんか大っ嫌いだ、ばか」


 嫌いだ。こんなヤツ……。

 大っ嫌いだ、本当に……。


「ハハッ! 気が合うな?」


 “俺、強くなったぞ?”

 “もう自分の身くらい自分で守れる”

 “少しは俺を頼れよ……”


 幼い頃となにも変わらないロエの笑顔にそんな事を口走りそうになる自分が大っ嫌いだ……。



「お前と気が合うなんて、虫唾が走る」


「ふっ……」


「俺が殺すまで生きてろよ、バカロエル」


 俺はそう言ってから、緊張した面持ちの“貴族の女”とその“メイド”を一瞥し、ロエの家に手を向けた。



(《影牢》……)



 ズズズッ……



 ロエの自宅……と言っても元は闇金ギルドの隠れ家を影で飲み込む。



「はっ? お前、何してくれちゃってんの!? ふざけんな、」


「メイラ、帰るぞ」


「テメ、コラ! 聞いてんのか!!」


 ロエは騒ぐが本気で怒っているわけじゃない。俺たちが“手ぶら”で帰る事は許されないのもわかっているんだ。



「ロエ君、じゃあ、またねぇ?」


「おい、メイラ! このバカをちゃんと教育しとけよ、おい!!」



 メイラもロエに感謝している。

 俺たちが素直になる事はできない。


 感謝しているからこそ、踏み込めない。

 コイツが拒絶を求めるなら、そうしてやるだけ。


 俺は“家を奪った”。


 だから……、心配そうにロエを見つめるこの“おかしな令嬢”に任せてみてもいいかもしれない。


 きっと遠ざけようとロエは動くだろうが、そんなもの関係ないとガツガツと踏み込んでやってほしい。



 別に俺じゃなくてもいい。

 ロエがまた誰かと笑って過ごせるなら。


 だから忠告だけは、俺たちから……。



「ロエ。メイラも言ったがボスは本気だ。本当に“悪魔”を連れて帰ってきた……。《契約》で首輪されれば、お前は終わりだ……」


「……ふっ、悪魔ごとぶっ殺してやるよ」


「勘違いすんな、お前がいくら強かろうとボスに“勝てるヤツ”なんてこの世にいねぇ……」


「流石、“負け犬君”。女、人質に取られて尻尾を振ってるお前と一緒にするな、ばぁか」


「……やっぱすぐ殺されろ! クズ!!」



 俺はそう吐き捨ててメイラの腰を抱き、転移魔法とスキルを掛け合わせた《影転移》を展開。


 転がっているヤツらも同時に連れ帰るため複数の魔法陣がポツポツと現れる。



「じゃあな、2人とも」



 ヒラヒラと手を振りながら勝ち誇った笑みを浮かべるロエに、メイラは「ばいばい、ロエ君!!」と笑顔を返すが、俺はそれを無視する。



「……これでよかったの? ガジェ君」


「忠告はした。アイツがどうなろうとあとは知らない」


「一目散に駆けつけてのに?」


「別に? 連れ帰ってもうるさいだろ」


「ふふっ……。あーあ!! あたし、妬けちゃうんだけど?」


「ばか……」



 ズワァア……!!


 影が足から身体を上り始める。


 メイラと至近距離で会話していると、「死ね死ね死ね死ね死ね死ね」と呪いを吐いているヤツがいて、「ふっ」と小さく笑うと、



 パチッ……



 どこぞの令嬢と目が合った。


 真紅の瞳は冷たくどこか探るような……敵意剥き出しの瞳。


 どうやらただの令嬢ではないようだ。


(まぁ、10億も払ってロエを手に入れようとするなんてイカれてるとしか……、)


 また頬を緩めていると、令嬢はズイッと足を踏み出し、



 スッ……



 手を差し出して来た。



「……ウチで働きませんか? ロエル様の右腕として……。もちろん、そちらの奥様もご一緒に……」



 探るような赤い瞳。

 敵意剥き出しの射るような瞳。


 

 ゾクッ……



 “ボス”と同系統の圧に背筋が少し冷えた。


 


 

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