第17話 ボスが手放すわけねぇだろ




   ◇◇◇◇◇



 ーー王都 裏路地自宅前広場



 ダークブルーの髪に黒い瞳。

 久しぶりの幼馴染はやっぱりイケメンで気に入らない。


 ラファエルを忘れてたのは誤算だが、別に大きな問題でもない。


「……相変わらず、黒マスクなんかしてんの? カッコつけてて笑えるな」


「メイラから離れろ」


「なになに? 人質が同価値だと思ってる? 俺はソイツを殺されても“あーあ、ミスったな”ってくらいだけど?」


 俺はグッと腕に力を入れて、メイラの首を軽く締める。


「ぅっ、う!!」


 メイラがうめき声をあげると、



 ズワァアッ!!



 ガジェッドの禍々しい殺気が頬をピリピリと刺激する。


 それと共にラファエルを拘束している《影糸》も締まっているが、ラファエルはキョトン顔で小首を傾げているだけだ。


 ラファエルが“善人”なのかどうかは正直微妙だが、“可愛い”と“美人”は正義だ。



 俺が原因で殺させるわけにはいかない。



「……ハハッ。立場がわかってねぇな」



 俺は《掃除》を発動させ、左手にブラックホールを作り、メイラの顔へと持っていきながら耳打ちする。


「メイラ。助けを求めろ」


「ガ、“ガジェ君”!! 助けて!! 臭い! ロエ君、臭い!! メイラ、死んじゃう!!」


 ガジェッドはギリギリと歯を食いしばりながら、ポイッとラファエルを離すと、


「おい、お前も早く離せッ!!」


 理解不能の事を叫んだ。


 精神的ダメージはちょっとあるが、ここでそんな態度を取るわけにもいかない。


 ここからは、コイツらが来た理由を探らないといけない。


 だが……、


「……はっ? なんで? 誰も交換するなんて言ってねぇだろ? はぁ?」


 俺はなかなかにメンタルが弱い。


「ふざけんな! メイラが“臭くて死ぬ”って泣いてんだよ! さっさと離れろ! このゴミクズ!!」


「はぁ? な、なに? はぁあ? そんなん知らねえし、はぁ?」


「お前は昔っから臭いんだよ!」


「はぁ? なに? はぁあ? ちゃんと風呂入ってるし! はぁ?」


「死臭が纏わりついてんだよ!!」


「……なっ……何しに来やがった!? わざわざ、俺の悪口言うためにここまで来たんじゃねぇだろぅなぁ!!」


「メイラを離せって言ってんだろ、バカロエル!!」


「じゃあ、さっさとここに来た理由を言えって言ってんだよ、“泣き虫ガジェッド”」


「その呼び方はやめろって言って、」



「ぷっ、アハハハハッ!!」



 ガジェッドの言葉を遮ったのは、俺が人質に取っているメイラだ。



「ガジェ君、今回はもうみんな意識無くなってるし、“作戦失敗”でいいでしょ?」


「えっ……、俺だけでも余裕、」


「あたしを人質に取られてても?」


「……そ、そりゃ無理だ。自分で言うな、バカ……」


「ふふっ、じゃあ今回は失敗ね?」


「……ぁぁ」



 ガジェッドは照れたように顔を赤くして、納得してない雰囲気で口を尖らせた。


 イケメン死ね、マジで!

 可愛くないんだよ、クソ!


 俺が心の中で悪態を吐いていると、



 ツンツン……



 首に回している腕を突かれる。



「ロエ君? もう離してくれない?」


(か、可愛い! ……ヤバい。なんか離したくない……)


「臭いんだけど?」


「…………く、臭くねぇし!!」



 俺はガジェッドの方へとメイラを突き飛ばして、その場に座り込んで膝を抱えた。


「なに泣いてんだ、このバカは……」


「ふふっ。でも、ほんと久しぶりだよね? 2人の掛け合いも久しぶりに聞けて楽しかったよ」


「……な、なんだよ。ロエが好きなのか?」


「ばかなの? なんでそうなるのよ?」


「……だって、そんなに笑ってるメイラ久しぶりに見た、」


「ガジェ君が“素”になるの、ロエ君の前だけでしょ? いっつも怖い顔しててさぁ。そうやってムキになってるガジェ君が見れて嬉しいんだよ?」


「……そ、そんなんじゃねぇし」


 メイラはイタズラに笑い、ガジェッドは黒マスクをしててもわかるくらい顔を赤くした。



 ……お、俺は何を見せられている?

 ……もうアレだ……。

 コ、コイツらは“悪人”だろ?


 モテない俺の目の前で美男美女がイチャコライチャコラ……。



 俺は盗み見てしまった事を後悔して激昂する。



「い、いい加減にしろよ!! ぶっ殺すぞ、このイカれバカップルが!」



 俺が叫ぶと、すぐ横でビクッとした者が1人。メイラなんか比べ物にならない絶世の美女。俺が“初めて”を捧げると誓った女。



「……クレア」


「ロエル様、これは一体、」


「う、うぅ……、コ、コイツら、見せつけてくる!」


「……?」


「コイツら俺に見せつけるために来たんだ! 嫌がらせのためにッ! ひどい!! あんまりだ! クソぉぉ……!!」


「な、泣かないで下さい、ロエル様」


「な、泣いてなんかねぇし!」


「ロ、ロエル様には……、わ、わたくしが……、あの……います……よ?」



 クレアは俺から目を逸らし、顔を引き攣らせるが、



 ポーッ……


 めちゃくちゃ頬を染めているクレア。

 俺の心臓はバクンバクンだ。


 (も、もうチューくらいしても……)なんて考えても身体がピクリとも動かない。


 “下手を打って嫌われたら?”


 そう考えただけで吐きそうだ。


 ってか……、



「クレアが来たって事は、俺は捨てられてないって事だよな……?」



 この状況はどうして生まれたんだ?



「……わたくしがロエル様を手放す事はあり得ませんよ?」



 クレアは少し口を尖らせて「心外だ!」とでも言いたげだ。


 俺が小首を傾げてガジェッドとメイラを見上げるが、ガジェッドはそっぽを向き、メイラはクレアを見つめてポーっとしている。



「……こ、この者たちは何者なのですか? 全員、気配が全くありませんが……?」



 不意に後ろから声が聞こえると、そこにはナイフを持っているシャルルが緊張した面持ちで立っている。


 『裏』では必須の“視線誘導”と“気配を殺す”技術。スキルもあるにはあるが、裏では、本来人間に備わった技術を駆使している。



 関わりがなければ出会う事もない。



(……ふっ、シャルルにクレアの護衛は任せておけんな)



 俺がそう思ってしまうのも仕方がない。


 まざまざと実感する。

 『表』と『裏』を……。


 辺りには無力化された“有象無象”と、ブツブツと何かを唱えている“騎士”、我関せずとスヤスヤと眠っている“天使”。




「……で? お前ら、マジで何しに来たんだ?」



 俺は“話が通じる”2人に声をかけた。



「ふふっ。そんなのロエ君を殺しに!」

「“ボス”がお前を手放すはずねぇだろ」



 ニッコリと笑ったメイラとそっぽを向いて吐き捨てたガジェッド。


 俺は2人の幼馴染の言葉にふぅ~っと長く息を吐いた。




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