第19話 ふて寝と懐柔



   ◇◇◇◇◇



 ーー王都 自宅



 昨日、ラファエルが足を踏み入れるまで誰も入れることの無かった俺の家に、5人の来客が……。


 事の発端はクレアの一言。


 ーー働きませんか?


 そして動いたのはメイラ。


 ーーなになに? 面白そう!!



 そしてこの地獄が誕生したのだ。


 メイラが「ロエ君の家、出して?」とせがみ、ガジェッドもガジェッドですんなりいう事を聞いた。



 えっ? “逃げられたけど、拠点は潰した”って感じでジジイに言うんじゃなかったのか?


 ……ってか、もう無理じゃん!!


 俺1人なら余裕だけど、孤児院だか暗殺だか知らんが、どう考えてもクレアやシャルルにも被害が出る!!



 なんて考えていた俺を他所に、みんなはゾロゾロと俺の家に入って行った。


 ギルドの連中はガジェッドが“送り”、まだ外でブツブツ言っていたお義兄様はガン無視。


 とりあえずゴミ箱の処理物を見られるわけにはいかない!!と、《掃除》で塵にしていた俺は完璧に出遅れた。



 部屋の中は異様な雰囲気に包まれている。


 カッコつけて黙っているガジェッド。

 ニコニコと2人を観察するメイラ。


 負けずと余裕の笑みを浮かべるクレアと、警戒心マックスで2人の一挙手一投足に集中しているシャルル。


 スヤァア~……とベッドで寝ているラファエルは置いといて、1番の問題は俺だ。



(え、どうする、どうする? な、なんかドキドキするんだが!? 俺、友達が多いヤツみたいじゃない!?)



 初めての経験に狼狽つつも、なにやらソワソワしてドキドキしてしまっている。


 きっとこの部屋で“解散”となる。

 もう2度と交わることはなくなるだろう……。


 なら……、ならさ!!

 ちょっとくらい楽しんでもいい!?

 ちょっとくらい“思い出”いい!?


 だって、こんなの一生に一度だろ?

 誰かと“鎧人形”を動かすの楽しみだったんだ!! 俺の絶技を見て、誰かに「すごい!」って言われてみたかったんだ!!


 って……、なんて言って始めればいいの? どう言えば、遊び始められるの?


 えぇえ!! どうしよ、早くみんなで“仮想社会”で冒険したいんだが!?



 ゴクリッ……



 長い沈黙に頭をフル稼働させる。

 「なんかはしゃいでるな、ロエル」なんてのは恥ずかしい。あくまで自然に。


 “別になんでもいいけどさ感”を存分に出して、仮想世界にダイブをッ!!



「な、なぁ、ちょっと“面白いおもちゃ”があるんだけ、」


「その赤い眼。……“クレアちゃん”だよね? “ヴェルファリス”の」


 なけなしの勇気をメイラに遮られて俺のメンタルは崩壊する。


「き、貴様! クレア様になんて口を、」


「はい。“婚約破棄”されたあのヴェルファリス公爵家の令嬢でございます」


「ク、クレア様……!!」


「アハッ! クレアちゃん、自分で言っちゃうんだぁ!」


「ふふっ、“メイラさん”は気さくなお方ですね」


 メイラもクレアも目の奥は一切笑ってない。


(……も、もういいや)


 俺は初めて満席となったテーブルを後にしてベッドへと向かいドサッと倒れ込んだ。


「……ますたー?」


 スリスリと擦り寄ってくるラファエルに「ふっ」と一つ苦笑してから現実逃避に旅立つ事にする。



 クレアの話も、メイラもガジェッドも、ラファエルも……。


 俺の中ではもう「過去」の産物だ。


 なに。嘆くことはない。

 童貞だからって死ぬわけじゃない。


 はなから諦めてたんだよ。

 同じ日常が続くだけ……。


 『善人に迷惑はかけない』


 それは今もこれからも変わらない。


(ガジェッドに金を借りなきゃな……)


 俺はそんなことを考えながら、


「アンジェリカは今日、出勤だっけ?」


 なんて呟きながら夢の中に逃避した。


 


   ◇◇◇【SIDE:クレア】




「で? さっきの話聞かせてよ」

 


 可愛らしい見た目に反して、異様な圧を放つメイラさんにゴクリと息を呑む。



「わたくしは辺境都市“ヴェール”を統治することになりますので、よろしければお力添え下さればと……」


「……“ヴェール”かぁ。ふふっ、療養には向かないんじゃないの?」



 メイラさんの言葉はその通りと言う他ない。ヴェールは「貧民街」の目と鼻の先にある都市。治安は悪く、整備もされていない。


 手付かずの“掃き溜め”。


 だからこそ、わたくしの革命を始めやすい場所。王国は貧民街を軽視する。身分という無意味なものに囚われ、「宝の山」に気づかない。


 身分制を取り払い、「人間」の生活を保証することができれば、貧民街は人材の宝庫。


 皆が生き延びるために必死に考える事を強制されている。


 「自分で考える事ができる」


 それこそがわたくしの思う優秀な人材。


 婚約破棄され、傷心の令嬢が向かう場所ではないというメイラさんの意見はもっともですが、わたくしは傷ついてなどいない。


 これらを説明したところで「甘い考えのお嬢様」というレッテルは覆されない。


 下手に偽ったところで、メイラさんのような方には逆効果のように感じる。


 ここは無駄な会話をするべきではない。



「……メイラさん。わたくしを理解しようとしても無駄ですよ?」


「……え?」


「あなた方の選択肢は2つ。わたくしたちと共にヴェールに向かうのか向かわないのか……」


「いやいや、クレアちゃんはボスに逆らえって言ってんだよ? それが何を意味するかわかって言って、」


「わたくしは、ロエル様に賭けるか賭けないかを聞いているのです」


「……」



 メイラさんは少し目を見開く。

 先程の問答を見ていたわたくしには、このお二人がロエル様の元を訪れたのはロエル様のためのように感じた。


 だからこそ、道を提示した。


 このお二人は“初対面”。ですが、ロエル様の味方であるのなら、絶対的味方であるわたくしにとっても味方のはず。



「……て、ってかさ。何でクレアちゃんはロエ君を買ったわけ? 言っちゃなんだけど、ロエ君とお嬢様って合わないんじゃない?」


「……」


「どう考えてもおかしいよ。交わるはずがないじゃん! ロエ君は無茶苦茶なんだよ?! 本当に理解できてるの!?」


「……わたくしからお話しできる事はもうございませんね……」



 わたくしがニッコリと微笑むと、メイラさんはグッと唇を噛み締めた。


 存分に頭を回転させればいい。

 わたくしがロエル様を買った事実とその意図に悩めばいい。


 メイラさんはきっと聡明な方だ。公爵令嬢であるわたくしの行動の意味を考えている。 


 でも、わたくしにあるのは“ロエル様を愛してやまない”というなんの打算もない純粋な真理。


 聡明であればあるほど、答えの出てくるはずのない“計算”を繰り返すしかない。


 わたくしはいま値踏みされている。


 ですが、値踏みをしているのはわたくしの方……。

 


「……一つ聞かせろ」


 ずっと沈黙を貫いていたガジェットさんがポツリと口を開く。


 何を考えているのかわからない無表情にわたくしは笑顔をキープしたまま小首を傾げる。



「ロエを何に使う?」



 メイラさんのように周りから埋めていくタイプではなく、直球。


 おそらくこの問いかけの答えで2人は結論を出すのでしょう……。



 うぅーん……そうですね。



「答えになっているかは分かりかねますが……、ロエル様には“大切なもの”を作って頂きます」


「「…………」」


 わたくしの回答に2人は絶句し、顔を引き攣らせて苦い顔をする。



「さぁ、決めて下さい。乗るのか乗らないのか……」


「む、無理だよ!! 無理に決まってる! 結局、アンタはロエ君の事、一つも理解出来てないって、」



 ガタッ!!



 捲し立てるメイラさんにシャルが立ち上がり、そのシャルの首元にガジェットさんが短剣を添える。


「ガ、ガジェ君……」


 バツが悪そうに押し黙るメイラさん。ガジェットさんはシャルの首に短剣を添えたままわたくしを観察している。



「どうしますか? ガジェットさん。『わたくしの元で』働きますか? 働きませんか?」


 わたくしは殺気には敏感だ。

 何度も殺されて来た産物として……。


 ガジェットさんがシャルを屠ることはない。だからこそ、問いかけた。まさに今、この瞬間、わたくしには一切の動揺が許されない。


 この瞬間に「甘い考えの公爵令嬢」というレッテルを剥がさせる……。



「ふっ。面白い……。眉一つ動かないなんてな……」



 ガジェットさんは小さく呟き、ソファに座り直す。ギリギリと歯軋りをして、拳から血を流しているシャルも何も言わずにソファに座る。



「「「「…………」」」」



 しばしの沈黙に口を開いたのはガジェットさん。



「……ロエの右腕か。ふっ……、隙を見てボスの前に連れていくのもアリだな」



 ガジェットさんの言葉に、メイラさんは「ふふっ」と笑い、言葉とは対照的な穏やかな口調に、わたくしも頬を緩める。



「よろしくお願い致します、メイラさん。ガジェットさん」



 手を差し出したわたくしに「よろしくね?」とメイラさんは握ってくれたが、ガジェットさんはそっぽを向いた。



 わたくしの知らない世界線。

 戦力は多いに越した事はない。



 チラリとベッドの上を見やると、ラファエルさんを抱きしめながらスヤスヤと気持ちそうに寝ているロエル様。


 なんだか口を尖らせてしまいそうで、シャルの淹れた紅茶を啜った。

 

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