第11話 〜終わりと始まり〜



  ◇◇◇【SIDE:クレア】



 ーー王都 ヴェルファリス公爵家 




 ポワァア……



 わたくしは慣れ親しんだ部屋をグルリと見渡し、目についた白いブランケットを手に取る。



 あの“金色の天使”には白が似合うという勝手な判断ですが、



「うっ、ううううう!!!!」



 わたくしは我慢する事ができず、白いブランケットに顔を埋めて悶絶し、顔の熱を発散させた。



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 心臓がうるさい。

 息が苦しい。



「“今世”は死ねませんね……」



 でも、もう、幸せすぎて死んでしまいそうだ。


 ロエル様はなんて罪深いのでしょう。

 キラキラと輝く紫の瞳に射抜かれたら、心臓が止まってしまいそうです。



 誰にも言えない、わたくしの秘密。何度も『今』を生きているわたくしの秘密。



 “俺を買ったのは俺か?”


 まさか初日で疑われるとは思ってもいませんでしたが……、


 ーー買えるもんなら買ってみろよ。あの頃の俺なんて、胸の一つでも触らせれば余裕でメロメロにできるぞ?


 “数十年前”の言葉をやっと果たした。

 


 メロメロにできている気は一切しませんが……、もう大丈夫ですかね?


 わたくしは、もう何十回も繰り返した。

 

 『建国』の準備は整っている。



「それなのに……、う、うううううっ!」



 ドサッとベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めて足をパタパタさせる。



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 触れられた胸。

 まだ身体の奥がジンジンする。



(ロ、ロエル様が若いッ!! 瞳がキラッキラなんてズルいッ!!)



 わたくしは、どうしようもなく『恋』している。




   ※※※※※





 ーーお前を殺しに来た。



 『隻眼の死神』との邂逅。

 それは、もう100年以上も前の事になる。


 ボサボサの黒髪。

 光のない濁った紫の隻眼。

 穴だらけの真っ黒のローブ。


 “今”から10年後のロエル様は「死神」の名に相応しい見た目だった。


 お察しの通り、わたくしは「生」を繰り返している。命を終えた瞬間に、5歳の「鑑定式」の教会に『死に戻り』するのだ。



 天職【渡航者(トラベラー)】の“究極技能(エクストラスキル)”《原点回帰》。



 もう何度、死んだのかわからない。


 処刑台に送られた事も、戦地で散った事も、魔物に食い散らかされた事も、自ら命を絶った事も……、もちろん、“暗殺”された事も……。



 わたくしは“死の運命”からは逃れられない。必死に抗っても、どこに逃げても、30歳を迎えることがない。



 幼い頃から「魔女の末裔」と侮蔑され、「婚約破棄」が人生を狂わせ、どこを目指しても「死」が待っている。


 

 生きる事を諦め、“死ねない”事に絶望した。



 ついには、神を呪い始めたわたくしの前に、1人の男性が現れたのだ。


 “ロエル・ジュード”。


 『隻眼の死神』の異名を持つ“世界最強の暗殺者”と呼ばれ始めた“30歳”のロエル様だ。



 ーーふっ……、どうせ死ぬなら抱かせてくれない?



 衝撃的な第二声にわたくしは「好きになさい」と鼻で笑った。ロエル様は「じゃあ、遠慮なく」と呟き、犯されそうになったわたくしを見つめ、



 ーーふっ、もう死んでるじゃん。



 光のない冷たい瞳でわたくしを射抜いた。


 眉を顰めたわたくしに、「“死人”で『初めて』なんて笑えねぇよ」と問答無用で“殺された”のが“1回目”。



 最悪の第一印象。

 でも、“もう死んでるじゃん”という言葉は残り続けた。



 2回目は、目の前で自害して差し上げた。


 慌てた様子で隻眼を揺らし、わたくしを助けようと治癒系のスキルを使用している姿は笑えたが、「助けようとするのに、なぜ暗殺などしているのか?」と首を傾げた。


 3回目、4回目、5回目……。


 全てに絶望したわたくしにとって、「生」を終わらせにくる『世界最強の暗殺者』の事ばかりを考える人生が始まった。


 ロエル様との価値観の違いに驚嘆し、絶望していたわたくしの世界は一変した。


 わたくしはいつの間にか、ロエル・ジュードという人間への、“答え合わせ”が楽しみになっていった。



 ロエル様と死の間際で語らう事がわたくしの希望となり、少しずつ縮まっていく距離に一喜一憂した。



 ーーふっ、変な令嬢だな……。



 おどけていても、実は優しい事を知っている。わたくしを殺す時、「悪いな……」と顔を歪める事も知っている。



 “善人”を殺す事に苦しみながらも、必死に『一人娘』を守って来たのを知っている。



 わたくしは、闇金ギルドに“人質”を取られ、“仕事”をするしかなくなったロエル・ジュードを知っている。



 わたくしには、自分よりも大切な人ができた。

 


 ロエル様を幸せにする。

 ロエル様に幸せにしてもらう。



 そのためにすべき事はわかっている。

 もう何度も自ら命を絶っては繰り返し、シュミレーションしたのだ。



 “今世”は死ねない。

 今世はわたくしの全てを使って『生』をまっとうする。



 わたくしはロエル様を買った……。

 わたくしを『8回に渡って終わらせた』暗殺者……“ロエル・ジュード”を手に入れたのだ。




 準備はおおむね整った。



 わたくしは“人の権利が平等な国”を『建国』する。



 ただ1人のための、革命はここから……。




   ※※※※※


 


「ふぅ……、顔が緩んで仕方ありませんね」



 ウキウキばかりしてはいられない。

 やらなければならない事は無数にある。



 優先すべきはロエル様に『初めて』を捧げない事……。程よい距離で、ロエル様を側に置き続ける。


 身体を捧げるのは最後の手段だ。


 ロエル様の根本的な夢は、「女性と関係を持つ事」。夢が叶ってしまえば、フラフラと消えてしまう可能性は充分に考えられる。


 それまでにロエル様に“離れられない理由”を増やさなければと、孤児院をお任せした。


 わたくしの知っているロエル様は誰よりも子煩悩。“娘”のために全てを捧げたロエル様しか知らない。


 

 ロエル様曰く、

 「死ぬほど可愛い俺の娘」。

 「上手に育てて“食べる”絶世の美女」。

 「俺の『初めて』を捧げる女」。


 つい先程、ある仮説が頭を掠める。


 世界一の絶景は、“クリスタルドラゴンが顕現する時”とロエル様にお聞きし、見てみたいと半ば強引に“ホーリーエンド”へ向かった。



 でも討伐後、現れた可愛らしい天使こそが“一人娘”なのではないか? という仮説だ。



 ーーサラサラの金髪でパッチリした目が綺麗で……、



 嫉妬してしまう対象を自らの手で呼び起こしてしまったと、動転して《転移》で逃げて来た。


 だって……、まさかクリスタルドラゴンを討伐する事で顕現する存在だとは思わないじゃない……。



 ーーちゃんと成長させて好き勝手するんだ。



 そんな事を言いつつも、その瞳は愛情に満ちていた。ロエル様の孤独の中に咲いた一輪の華。



 それが、あの“天使”……。



 でも……、ロエル様の『初めて』を誰かに譲る気などさらさらない。



 というのも……、



「わたくしも早くロエル様と一つになりたい」

 


 ドレスの上から触れられただけで、うずうずしてしまっている。


 ロエル様の“ロエル様”に恐怖を覚えつつも、全身で包み込んで差し上げたいとも考えてしまっている。


 頭で理解していても、心と身体はロエル様を求めて仕方がない……。


 でも、それくらい許して欲しい。


 やっと交わった“今世”を、“前前前前前前前世”から待ち侘びていたの。



 なんて、重い女……。

 なんて、はしたない女……。



「こんな事なら、“一つになってから”、行動に移せばよかった……」



 身体の疼きが止まない。



 ゴクッ……



 ロエル様に触れられた胸に自ら手を伸ばす。



「んっ……はぁ、はぁ……」



 ロエル様の“聖剣”を反芻し、疼く身体を自ら慰める。声が漏れ出ないように唇を噛み締め、『初めての時』を待ち侘びながら自らを愛でる。



「ん、ぁっ……んん、ん、ィ、ッ……」



 ビクビクッ……



「んんっ! ……はぁ、はぁ、はぁ……」



 身体に電気が走り、身体を震わせる。



「はぁ、はぁ……ロエル様……」



 こんな変態をロエル様は許してくれるのだろうか? こんな下品なわたくしを受け入れて下さるのだろうか……?



「はぁ、はぁ、はぁ……。想定外です」



 ロエル様の一人娘を呼び起こしてしまった事はもちろん、それ以外でも……。


 30歳のロエル様はワイルドで近寄りがたくてカッコイイのに、19歳のロエル様は無邪気で人懐っこくて可愛らしいなんて……。



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



「心臓が持ちませんよ、まったく……」



 少しだるい身体に鞭を入れ、ベッドから立ち上がる。目についたドレスも数着手に取り、シャルルのメイド服も家の者にバレないようにこっそりと調達。



 「ふぅ~」と息を吐き、スッと目を閉じる。



「《転移》“ホーリーエンド”……」



 ポワァア……



 光に包まれながら、ゴクリと息を呑む。



(平常心、平常心、平常心……)



 わたくしは自ら慰めて熱を発散させた事を悟られないように、何度も何度も心の中で呟いた。



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