第12話 れにょ




   ◇◇◇◇◇



 ーーホーリーエンド


 

 グゥゥウキュルルルルッ!!!



 あっ。やばいやばいやばい!!

 死ぬ! コレ、ダメなやつ!!



 薄れゆく意識の中、今まで屠ってきた“悪人たち”の最後の顔が脳裏を掠める。



 自分の死期が近い。これは、猛烈な飢餓に生死を彷徨っている証拠だ。


 スキル《調理》は、刃物を持っていれば、“何でも斬れる”スキル。その反動は死に至るモノなのだ。


 いつも1人だったから、使用後はすぐに“料理”を食べていたし、そこまでが一連の流れだった。



 だが、今回はクレアやシャルルがいた。

 いや、正確には目の前に爆乳があった。


 邪な欲に思考が全振りしてしまった。


 今、俺を殺しかけているのは、俺だ。

 全ては俺の煩悩が招いた結果……。



 あぁ……いい人生だった。



 好き勝手に豪遊して、最後の最後にあんな美女の胸を両手で堪能させて貰ったんだ。


 我が生涯に一片の悔いな……いや、あるわ! ぼけ!! ふざけるな。死ねるか! ここまで来たらもう誰でもいい!



 シャルル!!

 お前を“ちょうだい”する!


 ……ん? あれれ? 目の前が真っ暗だ。

 一瞬見えた俺の腕が枝みたいに枯れていたんだけど……?


 おぉ……。

 こりゃ、ピクリとも動けない。



 トクンッ、トクンッ、トクンッ……



 心音が弱くなってくる。

 ジリジリと死が歩み寄ってくる。



 ジワァア……



「うぅっ、うぅ……じにだぐねぇよぉ……。目玉……目玉を口にぃぃ……。生でいいから……」



 俺がむせび泣くと、一瞬だけポワッと身体が温かくなる。



(め、召される!!)



「ぐぅふっ!! うぅっ、うううう!」



 死にたくない、死にたくない。

 スキルだ!! 女神!! さっさとこの状況に適した“生活技能”を寄越せっ!!



 心の中で絶叫するが待っているのは静寂。



(あっ。マ、マジで……死ぬ?)



 絶望感に包まれ、やっと死ぬことを実感していると……、



 

 ふにゅっ……、れにょ……



 口に生暖かいモノが入って来た。いや、急に口の中に生暖かいモノが現れ、動き始めた。



 ……あれ? なんだろう? 

 気持ちがいい……。


 まさか……魂が抜け出ている……?

 魂が抜け出る時って気持ちいいんだな。


 あぁ。もうダメだこりゃ。

 ……まぁ散々、悪人を屠り散らかして来た結果か……。ふっ、最後は自滅だなんて、本当に俺らしい。


 まぁ、コレでよかったのかもな。

 元からセック○は諦めてたし……。



 さようなら。ロエル・ジュード……。



 死を受け入れ、その時を待つ。

 思考が消える瞬間まで、この魂の抜ける快感に身を委ねるのも悪くない……などとカッコをつけた。



 だが……、



 クチュ、クチュッ……レニョッ……



「んっ、ぁっ……はぁ、んん」



 微かに聞こえるいやらしい声が聞こえ始める。



 クチュッ、クチュッ、レニョンッ……



「“ますた”……。んっ、はぁ、はぁ……。起きて……んんっ」



 その声は徐々に、だが確実にはっきりと俺の鼓膜を揺らしている。



(……ん?)



 ポワァア……



 全身の感覚が徐々に蘇ってくる。


 それと同時に、口の中を動く“柔らかいモノ”に無意識下で自分の舌を絡ませている事を理解する。



「はぁ、はぁ、んっ……んんっ」



 口元や頬に息がかかるのを感覚。顔にかかるサラサラの何かが少しくすぐったい。



 パチッ……



 目を開けると、そこは金色の世界。



「んんんんっ!!」



 俺が叫ぶと、クチュッといやらしい音を立てて舌を抜かれる。バッと上体を起こした俺の横には、


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 小さな唇を濡らして頬を真っ赤に染めた無表情の天使が……、素っ裸のまま長く金色のまつ毛を涙で濡らしていた。



「ふぇ?」



 俺は情けない声を出した。


 空腹感は消えている。

 俺は自分が生きている事を確認する。




 ドサッ……




 後方から聞こえた音にクルリと振り返ると、ピクピクと顔を引き攣らせて苦笑を浮かべるクレアが立っていた。



 足元には白い布と数着のドレス。



 しかし、状況を飲み込めていない俺は、再度天使に視線を向ける。



「“マスター”……!!」



 ガバッ!!



 無表情で涙を浮かべる天使が俺の胸に飛び込んできて、背中を純白の羽に包まれた。



(ぁっ……。あったかぁーい……)



 何とも言えない安心感に心の中で馬鹿げた感想を呟いた俺は、



「な、なにをしているのですか……?」



 クレアの声に自分が現実逃避をしている事に気がついた。


 

 


   ※※※※※



 ーー王都



 ドサッ……



 俺はベッドに倒れ込んだ。

 白夜鳥(ビャクヤチョウ)の羽毛で仕上げたお手製の最高級のベッドだ。



 俺は自宅に帰って来た。



 幼女天使との熱烈なキスを目撃したクレアは、激しい沈黙の後、俺の言い訳を聞くのを拒否して、「素材の回収をどうぞ。王都に帰還致します」と無表情で呟いた。



 俺はチラチラとクレアの様子を伺いながらクリスタルドラゴンの残りかすをちまちまと回収してなんか墓穴を掘る気しかしなかったから、モジモジした。


 クレアはそんな俺とは一切目を合わせる事なく《転移》で王都に戻った。




 ーーロエル様。とりあえず、身支度を済ませて来てください。明日、迎えに参ります。



 俺と一切目を合わせる事なくクレアは馬車で明け方の道を去っていった。


 頭の上に疑問符をいくつも浮かべていたシャルルも「次は何をしたのだ?」とでも言いたげな様子で俺を睨みながらクレアと消えた。



 ポツンッ……



 王都の裏路地に取り残された俺と天使。



 トボトボと自宅に戻りはじめた俺に、“幼女天使”は聞いてもいない事をツラツラと喋り始め、俺の家に初めての“不法侵入者”が足を踏み入れた。




「マスター。ラファ、何をすればいいです?」



 無表情で小首を傾げた“天使”に俺は頭を抱える。


 コイツの名前は“ラファエル”。


 世界に“4体”しかいない『四天使』の1人だと言う。



 《治癒》を司る天使らしいが、飢餓状態の俺はどうしようもなく、固有スキル《神託》を使用して「体液を譲渡することで俺が救われる」と聞き、それを実行に移したらしい。


 スキル《調理》の反動は、クリスタルドラゴンを食べないと収まらないはずだが、どうやらコイツの唾液を飲む事で復活できたようだ。



 広い意味で言えば、クリスタルドラゴンを《調理》した結果、天使という「料理」を食べたって解釈だろう。



 ちなみに、自宅に戻るまでラファエルと一言も言葉を交わしていない。


 当たり前のように俺の後ろを歩き、2人きりになった途端にツラツラと饒舌に語り、何の躊躇もなく家に侵入して来た。



 コイツは俺の命の恩人と言える。



 だが、声を大にして言いたい。



「……俺のファーストキスを返せ!! この“淫乱天使”め!!」



 俺は半泣きだった。


 頭にあるのは焦燥と絶望だ。


 つまり、『もうクレアに会う事はない』と言う事だ。


 あの今にも泣き出しそうなクレアの顔。


 “裸の幼女に無理矢理キスさせたに決まってます……。なんて悍ましい!!”


 おそらくはそんな事を考えていたはずだ。


 言い訳しようにも、このラファエル……、俺と2人の時にしか喋りやがらない。


 やっと見つけた夢だった。

 クレアに“初めて”を捧げると心に決めていた。


 気がつけば、「ど変態クズ男」の完成だ。


 迎えに来るはずがない。

 今頃、「やっぱなしで」と闇金ギルドから金を回収している事だろう……。



 半泣きの俺は、白々しくキョトンとしているラファエルを睨む。


「俺の『初めて』を返せって言ってんだよ」


「……? もう一度すればいいです?」

 

「ふざけんなよ、この“ガキ天使”め……」


「マスター? ラファの名前は“ラファエル”です」


「……助けてくれた事には礼を言う。でも、お前のせいでクレアにドン引かれたんだ! お前のせいで俺は一生、童貞なんだ! こんな事なら死んだ方がマシなんだよ!!」


「……ラファは生殖能力があるです」


「……はっ?」


「ラファはマスターのモノです。この身体も力もマスターの好きにできるです」


「……む、む、むむ、無表情で何言ってんの? そ、そそ、そんなの無理に決まってんだろ……! 俺には12歳前後の幼女を犯す趣味はない!」


「“無理”……です? ラファがラファを自覚したのは数千年前です。マスターより歳を重ねているです」


「……」


「それに、ラファは何も食べなくても生きていけるですけど、食事をくれたら成長もできるです」


「…………」


「ラファとマスターが生殖行為をするのは、“無理”じゃないです。別に。今すぐにでも……?」



 パサッ……



 ラファエルは無表情のまま、クレアにグルグル巻きにされた綺麗な布を脱ぎ捨て小首を傾げた。


 この天使が成長した姿を想像してしまう俺は、ついに「ど畜生」という称号まで手にしたということだろうか?


 クレアに負けずとも劣らない、想像上の“ラファエルさん”……。



 ゴクッ……



 ぶっちゃけ、たまらん。

 しかも、“了承”まで頂いている。

 


 ふしだらな天使が……ふふっ……。



「マスター?」


 ラファエルの声にハッと妄想から帰ってくると、目の前には幼児体系のラファエル。


「……い、今はいいや。もうちょっと大きくなってからで」


「……確かにこの幼体だと、先程確認したマスターのは受け入れきれないです」


 ポワッと頬を染めるラファエルの目線は俺の息子へと向かっている。


「……はっ? なんて、」


「先程、握って確認した、」


「やめなさい。忘れなさい」


「……はいです」


「ってか、布を巻いとけ」


「はいです」



 ラファエルはそそくさと脱ぎ捨てた白い布をクルクルと巻こうとしているが、羽が邪魔でうまくできない事を理解すると秒で諦めた。



 俺はもう面倒くさくて、背中を向けてスッと目を閉じる。実はと言うと、ふて寝も俺の得意技なのだ。



「マスター、ラファ、何をすればいいです?」


「……ん? 別に何もしなくていい。お前も寝たら? ってか、帰れば? ……俺には関係ない」


「……ますた」


「ってか、なんで俺がマスター……?」


「それは、マスターがラファを顕現したからです……。ラファは……」



 ラファエルの声が遠くなって行く。


 濃密な夜の終わり。

 

 まるで夢の中の出来事だった。

 きっと目が覚めた頃には“いつも通り”の日常が始まるんだ。


 魔力切れの重たい身体。


 回らない頭の中、



 ーー面白れぇガキだなぁ……。



 しゃがれ声でニヤリと笑った闇金ギルドの頭目(ジジイ)の顔が蘇ってきた。


 頭のどこかでは、あのジジイが俺を手放すはずがないと思っていた証拠だ。


「んだよ……。ふざけん……な……」


 薄れゆく意識の中。

 小さく呟いた俺は信じられないほど容易く意識を手放した。


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