第10話 “ますた”


   ◇◇◇◇◇


 ーー聖地「ホーリーエンド」



 ガシッ……



 俺は目をグルグルと回して、後ろに倒れそうになったシャルルを支えた。



 柔らかく細い腰。

 フワリと香った甘い匂い。


 とてつもなく抱き心地が良い意識のないシャルルが、俺に“追い討ち”をかける。



(お、女……女ッ!! 近っ! 女、近ッ! ……ぉ、おっぱ、おっぱ、乙杯、おぱい、大ッパ、おっぱ、おっぱいぃい!)



 じんわりと残って消えてくれないクレアの胸の感触。自分で触れて揉むのは、先程とは比べ物にならない。



 そして、今掴んでいる腰……。

 肉が薄く筋肉質でも柔らかさを同居させるシャルルの腰……。


 俺はドレスの上からではあるがクレアの胸を触ったのだ。メイド服の上からではあるが、シャルルの腰を抱いているのだ。



「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」



 もう鼻息が留まることを知らない。




 先程、地面に堕ちる瞬間に《戸締り》を発動させて着地をすると、焦ったようなクレアが駆け寄って来た。



 その心配そうなクレアを利用しない俺ではない。



 ーー死ぬ前に……“賭け”……。



 俺は秒で嘘を吐いた。


 もちろん、無傷でピンピンしている。

 多少、魔力切れを起こしていて身体が重たいので、そんな自分すらも利用した。



 ーー“おぱい”……。



 俺の一言にクレアはブワッと頬を真っ赤にした。



 ーーさ、触るだけですよ……?



 ポツリと呟いては更に顔を赤くして、瞳を潤ませるクレアは死ぬほど可愛かったが、問答無用で震える両手を伸ばした。


 


 フニュンッ……




 

 ……“正義”だった。



 死んでも守らなければならないものだった。「1人に一つ、いや、“1セット”配布すれば、争いなんてものはなくなるんじゃないか?」と本気で思った。



 そして今、「うぅ」と少しうなされているシャルルの腰を抱いて気がついた。



 “正義”とは、すなわち、“美女”なのだと……。結局、美女を愛し、愛される事が全てなのだと……。



「……ロ、ロエル様……。ふ、服……を……。そ、その……、シャルに当たりそうですので……」



 クレアの声かけにハッと我に帰る。


 俺は半裸で、“おっき”してて、腰を抱いている美女は意識が混濁しているのだ。



「……ぅ、うん。ちょ……、変わって?」


「……はぃ」


「それと……、は、恥ずかしいからあんま見ないで……?」


「ぇっ、あ、申し訳ありません」


 クレアは耳まで真っ赤にしてシャルルを支えて俺に背を向けた。


 当初の目的は達せられたが、なんだろうか、この羞恥は……。



 って、違う、違う! 



「べ、別に意識を失ってるシャルルに欲情したわけじゃないぞ!? さ、さすがに無理矢理なんて事はしないからな!」


「……わかっております」


「ゎ、わかってるならいいんだけど」


「……ちなみに、わたくしの胸はいかがでしたか? “触る”という賭けを“揉む”に変更したようですが……」


「ぇっ、あっ……いや……、ごめん!! えっと、最高で、つい……!!」


「……そぅ、ですか」



 クレアはうなじまで赤くなると、シャルルをゆっくりと寝かせ、



「シャル。頭、上げるよ?」



 俺に背を向けたままシャルルを膝枕をした。



 スカートビリビリのメイドが、めちゃくちゃ豪華なドレスの主(あるじ)に膝枕されている。



(………………んだよ!! シャルル、ズルッ!! なんもしてないくせにっ!)



 心の中で悪態を吐くが、手には腰とおっぱいの感触が……ふふっ。


 それに……この光景……。


 なんかエロくて、2人がイチャイチャしているところを妄想を開始してしまう。



 ムクムクッ……



 完全体になってしまった俺は、日用品を入れている《エコバッグ》を発動させ、中からローブを取り出した。


 都合よく下着や肌着を用意しているはずもなく、半裸にローブを羽織っただけという、なかなかスゥースゥーする仕上がりだが……、“おっき”は収まらない。


 声を大にして言いたいが、この服装に興奮してるわけじゃない。


 収めようと頑張ってはいるが、頭の中のクレアとシャルルが裸で乱れまくってて、もう止まらなくて、すごい事になってて……。



 ぁあ!! ダ、ダメだ。2人の後ろ姿を見てるからだ!! 一回、俺も背を向けて落ち着かせないと!!



 クルッ……



「……ん?」



 振り返ると、そこには1人の幼女。



 淡く透き通るのサラサラの金髪。

 パッチリおめめの綺麗な金色の瞳。



 背中には純白の大きな羽が4つ?

 ガリガリの素っ裸に、キョトンとした無表情。左手には……“白い魔導書”?


 ……ん? とりあえず、めちゃくちゃ可愛い幼女……いや、例えでもなく天使だが……?


 ちなみに、敵意や危険を予防する《いそじん》には反応がない。


 幼女は俺の“おっき”したものを無表情で観察しながら首を傾げて……いる?



「…………お、おい。何して、」



 ギュッ……



「ァハウッ!!」



 変な声を出してしまった俺はドクドクと顔に熱が湧き上がる。幼女に握られて変な声を出すとか……、いやいや、何してんの、このガキ天使!!



「やめ、」


「ロエル様?」



 俺の言葉を遮ったクレア。



 カツッ、カツッ、カツッ……



 どうやらこちらに歩いて来ているようだ。




 ゾワゾワッ……



 俺の背筋に悪寒が走る。


 お、終わる。

 この光景を見られたら全てが終わる。


 童貞が……せっかくおっぱいまで関係を進めたのに、俺の悲願が……!



「なっ、何してんだよ!! だ、だだだ、誰だ、お前!! きゅ、急に、変なとこ触ってきやがって!!」



 俺はめちゃくちゃ腰を引きながら叫び、スッとフェードアウトして、クレアに幼女を視認させる事で俺への意識を逸らす。



「……!」


 大きく目を見開いたクレアに作戦成功を確認すると共に、


(……ジジイ、ジジイ、ジジイ、ジジイ)


 闇金ギルドの頭目の顔を思い浮かべて、必死で落ち着かせ始めた。



「……?」



 無表情で小首を傾げる幼女にクレアは優しく微笑む。



「……どこからいらしたのですか?」


「……」


「ご自身のお名前はわかりますか?」


「……」


「わたくしの言葉を理解できますか?」


「……」


「人間の言葉を話すことは可能ですか?」


「……」



 クレアはガキ天使の無反応に少しキョトンと首を傾げ、ようやく落ち着いて来た俺へと視線を向ける。



「ロエル様……この子は“天使”ですよね?」


「……そぅだな」


「……“空想上の種族”ですよね?」


「……ん? それは知らないが……」


「……封印されていたのでしょうか?」


「ここ、封印されすぎじゃね?」


「ふふっ、確かにその通りですね。……では、この子がクリスタルドラゴンだったのでしょうか?」


「……いや、とりあえず危険な存在ではないみたいだぞ?」


「……とても可愛らしい女の子ですね」


「まぁ、そうだが。……ふっ。もしかしたら、神からの“討伐褒賞”じゃね?」


「……? そのようなことは聞いた事がありま……。いえ、そぅ……かもしれませんね」


「……クレア?」


「なるほど……。そういう事ですか……」


「……“なるほど”? ってか、連れて帰るのか?」


「……えぇ。新設する孤児院で保護します」


「……お、置いて帰ろうぜ? めんど、」


「ふふっ、ロエル様はこの子のパパですね?」



 またいたずらっ子のようなクレアの笑顔にゴクリと息を呑むが、遅れて言葉の意味を理解した俺は顔を引き攣らせる。



「……は、はぁあっ?」


「とりあえず、この子の服を用意しなければなりません」


「え、いやいや、なんで俺がコイツのパパ、」


「で、では、行って来ます! 《転移》“王都ロメリア”……」


「ちょ、おい! 俺、ガキ苦手なんだけどッ!」



 ポワァア……



「いいえ。ロエル様は面倒見がいいですよ?」


 

 クレアは光に包まれると、そう言い残して去って行った。



 シィーン……



 静まり返る湖のほとり。

 裸の幼女と意識のないメイドと半裸の俺。


 はちゃめちゃな気まずさの中、俺は裸の幼女天使に見つめられている。



 ……む、無表情すぎだろ。

 ってか、なんで俺を見つめてくんの?


 ク、クレアも何を考えてんだ?

 こんな裸の幼女と俺を2人きりにしやがって……あ、シャルルもいるか……。ってか起きたら言い訳のしようがなくね……?


 そもそも……、“面倒見がいい”だと?

 俺の仮説が正しかったとしても、どの世界線の俺だよ!!


 んなわけないだろ……。

 ただでさえガキは苦手なのに、よりによってこんな何考えてんのかわかんないガキ……。



 視線を向けると、ちょこちょことガキ天使は俺の方に歩いてくる。



「……な、なんだよ」


 吸い込まれそうな金色の瞳に真っ直ぐ見つめられる。ピクリともしない無表情の裸の天使は、俺の足元まで来ると、



 スッ……



 俺の顔を指刺して、ポツリと呟いた。



「……“ますた”」



 反射的に眉間に皺を寄せるが、ガキ天使は俺の腰にギュッと抱きついてくる。



「……え、あっ」



 パチッ……



 無表情の上目遣いと目が合う。



「“らふぁ”の、“ますた”……」



 ガキ天使はポツリと呟き、また俺の腹に顔を埋めた。


「ラ、“ラファノ・マスタ”……?」


 俺は顔を引き攣らせて首を傾げたが、ギュッと縋りつくように抱きしめられ、経験した事のない胸のホワホワに目の前がクラクラする。



(か、“可愛い”も正義かよ!!)



 心の中で悶絶すると、



 グゥゥウウウウキュルルルルッ!!



 俺は《調理》の副作用で猛烈な飢餓に襲われ、白目を剥いてドサッと倒れた。



 


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