Day31 遠くまで

「我々は次はどこに行くのでしょうかねぇ」

 ラウンジの窓の外に広がる大海原を眺めながら何気ない調子でイガタが呟いた。

 ホテルトコヨは、今、死者の国の浜辺を離れ、再び海上を漂流している。

「えっ元の岬に戻るんじゃないんですか?」

 ユメが目を丸くした。

「戻らないと思いますよ。ホテルは、元の住所である潮干山しおひやま町とは別の方角に向かっていますから」

 イガタはテーブルの上に置かれた地図とコンパスをちらりと見て言った。

「思います、て……イガタさんにもどこに行くか分からないんですか?」

 ユメは絶句する。

「心配はいりませんよ、ユメさん。このホテル自体、意思を持ったひとつの生き物のようなものなんです。死者の国を離れたのもホテルの意思ですし、今回の行き先はホテルが行きたいと思った場所なんだと思いますよ」

 カイエダがフォローのようで実質何のフォローにもなっていないようなことを言う。

「でも、ホテルの住所が不定って……お客様が来なくなっちゃうんじゃないですか?」

 ユメは当然の疑問をおそるおそる口にした。

「大丈夫、このホテルは自らお客様を呼ぶのです」

「え……? それってどういう……」

「来るべき人の前には自ずからホテルトコヨに繋がる道が現れる、ということです。たとえ、海の上であっても、ホテルがどんなに遠くまで移動したとしても……ね」

 そう言うと、イガタはラウンジに集っているユメ、カイエダ、そして、ミヤマの顔を順に見渡した。

「……さて、そういうことですので、休憩はこれくらいにして。新しいお客様をお迎えする準備を始めましょう」

「はい!」

「わ、分かりました」

「……」

 カイエダとユメが返事をし、ミヤマがこくりと頷いた、ちょうどその時……。


 カラン、カラン、カラン……。


 ベルの音が鳴った。

 エントランスの扉がゆっくりと開く。

 四人は顔を見合わせ、クスリと微笑みを交わした。

 そして、すぐに姿勢を正す。

「いらっしゃいませ」

「ようこそホテルトコヨへ!」

 ホテルスタッフ達の明るい声が、さっそく新しい宿泊客を出迎えたのだった。


(了)

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ある旅人のホテルトコヨ滞在記 三谷銀屋 @mitsuyaginnya

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