Day30 握手
「そういえば、旅人様、色が戻りましたね」
フロントに部屋の鍵を返してチェックアウトする時にカイエダに言われた。
赤銅色の髪、琥珀色の瞳、小麦色の肌、紺色のシャツに黒いスラックス。
確かに、今まで特に気にしていなかったが、トワと再会したことで、ニジイロカサモドキに食べられて白黒となってしまっていた体に色が戻ったようだった。
「やっぱり美しいですね、旅人様の色は……。元に戻って良かったですね。これで新しい気持ちで旅立てますね」
カイエダはにっこりと微笑む。まるで自分のことのように嬉しそうにしてくれている。
「旅人様、いってらっしゃいませ」
「お気をつけて……寂しくなりますね」
「……」
イガタとユメとミヤマも旅人を見送りにやってきた。
ミヤマは相変わらず一言も喋らないが、背筋を伸ばして、旅人に向かってすっと敬礼してくれた。
「長い間、本当にお世話になりました。ありがとう、皆さん」
旅人は彼らに向かって手を差し出した。
イガタ、ユメ、ミヤマ、カイエダの順にしっかりと握手をする。
「それでは、行ってまいります。またいずれお会いしましょう」
「はい。いつでもお待ち申し上げております」
四人に見送られて、旅人はエントランスのドアを開けた。
カラン、カラン……。
涼やかなベルの音が響く。
暖かな陽の光に照らされて、旅人は目を細めた。
「あれ……?」
行手に誰かが佇んでいることに気がつく。
黒い髪、黒い瞳、真っ白な肌、黒いスラックス、灰色のシャツ、そして、桃色の唇。
色を取り戻す前の自分自身がそこにはいた。
「そうか……」
旅人は何かを納得したように頷くと、白黒の自分自身に向かってゆっくりと歩いていく。白黒の自分は微動だにしない。ただ、口元に静かな微笑みを浮かべている。
旅人は白黒の自分の前に立つと、右手を差し出した。白黒の自分も同じように右手を差し出す。
掌と掌が触れ合う。握手をした。
伝わってくる温かな体温とともに、自分自身の姿は眩しい陽光の中にスゥッと消えていく。
「さようなら……」
旅人は誰もいない空間に向かって声をかけた。
これでもう何も思い残すことなく、新しい旅に出かけることができそうだ。
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