Day29 名残

 今日はポッタラ氏が出立する日だ。猫になりたいという執着をようやく捨てて、死者の国からあの世へ旅立つ決心がついたのかもしれない。

 ちなみにトラコは既にチェックアウトをしているらしい。

 旅人は心底ほっとするとともに、ホテルのエントランスの前までポッタラ氏を見送りにいくことにした。

「ポッタラさん、私の事情で騒動に巻き込んでしまってすみません。でも、ポッタラさんと釣りとかできたこと、楽しかったです。お気をつけて」

「ありがとう、旅人さん。わざわざお見送りにきてくれるなんて、とても嬉しいわ」

 大きなボストンバッグを抱えたポッタラ氏は満面の笑みを浮かべていた。しかし、その口調に違和感があった。

 旅人の視線は自然とボストンバッグに移る。バッグの表面は妙に凸凹している。

 盛り上がったこの形はなんだろう? ヒトデ……? いや、掌だ。そして、足。目と鼻と口……人の顔の輪郭……。

「古い体はこれから海に捨てちゃうの」

 ポッタラ氏はボストンバッグをひょいと持ち上げて笑う。

「この男の体もまぁまぁね。今までのお古に比べたら使い心地は上々。……本当は旅人さんの体の方が好みだからすごーく名残惜しいけどね〜」

 ポッタラ氏……いや、ポッタラ氏の姿をした何かは、弾むような足取りでホテルを出て行った。

「じゃあね〜旅人さーん!」

 元気よく手を振るそれに向かって、旅人は顔を引き攣らせながらも、なんとか会釈を返した。

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