Day11 飴色

「私たちも行くんですか?」

「イガタさんが言うには、僕たち全員らしい」

「ホテルはどうするんですか?」

「もちろん、ホテルの営業は続けるよ」

 カイエダの言葉にユメは怪訝な顔をした。

 盗まれた旅人のいのちを探す旅に出るのはイガタだけなのかと思ったら、ユメもカイエダも、料理長のミヤマまで一緒に行かなくてはならないようなのだ。そうすると、ホテルは休業にせざるを得ないと思うのだが……。

「ホテルごと旅に出るんだよ」

 どうしても納得できないように顰めっ面で考え込んでいるユメに、カイエダは笑いかけた。

「こっちに来てみてごらん」

 カイエダはラウンジに繋がるテラスに歩み出る。ユメもカイエダに続いた。二人並んで海を見下ろす。

「さぁ、そろそろ出発だ」

 カイエダの言葉が合図となったように、突然、ぐらり、と地面が揺れた。

 次の瞬間には、体がふわりと浮き上がる感覚がして、ユメは思わず「あ!」と叫び、カイエダの腕にしがみついた。

 周りの景色は揺らぎ、天に向かって流れる。

 ばしゃあん……!

 盛大に水飛沫が上がった。

 気がつけば、ユメもカイエダもテラスごと……いや、ホテルトコヨごと海の上に浮いていた。

 ユメは慌てて周りの景色をキョロキョロと見回す。

 ホテルが建っていたはずの岬が目に入ったが、そこにはもう何も見当たらない。

「ホテルが……自分から海に飛び込んだんですか?」

「うん、まぁそんなところ。あはは……」

 カイエダは楽しそうに笑う。

「これからは、世にも珍しい海上ホテルとして営業するってわけさ」

「………」

 ユメがこのホテルに勤めるようになってからは、毎日のように不思議なことが起きている。だから、もうこれ以上何があっても驚かないつもりでいたが、流石にこれには唖然とせざるを得ない。

 ホテルトコヨはうねる波に抗いながらも、海の上を滑るように動き始めた。海面からも少し浮いた状態で進んでいるのか、揺れはほとんどない。

 ユメは呆然としたまま大海原を眺める。

 行く手の遥か彼方、水平線には今まさに太陽が沈もうとしているところだった。

 夕陽の輝きを受けて、海も、ホテルの漆喰壁も、そして、カイエダの横顔も飴色に色付いている。

 ユメ、ふと、自分がまだカイエダの腕を掴んだままであったことに気がついた。

 彼女は慌てて手を離し「夕食の準備をしなくては」とわざと大きく声に出す。

 急いでラウンジの中に入っていくユメの後ろ姿を、カイエダは微笑みながら見送った。

 

 

 

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